2016年10月01日 (土) | Edit |
ラマナ・マハリシ著 山尾三省訳「ラマナ・マハリシの教え」めるくまーる社より(6)


19 無執着とはどういうことでしょうか?

想いが起こったとき、その想いの根をあますところなく
完璧に消滅させてしまうこと、それが無執着である。

真珠採りは腰に石をしばりつけて
海の底に潜り、そこで真珠を採る。

私たちは無執着とともに自分自身の内に潜り、
自己という真珠を手に入れなければならない。

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2016年09月15日 (木) | Edit |
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(4)



瞑想は きびしい作業です

それには

もっとも高度な規律がもとめられます

ただし それは

順応することでも

模倣することでも

服従することでもありません


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2016年09月01日 (木) | Edit |
ラマナ・マハリシ著 山尾三省訳「ラマナ・マハリシの教え」めるくまーる社より(5)


16 自己(アートマン)の本性は何でしょうか?

真理の内に存在するものは自己のみである。

世界や個々人の人格、そして神は、真珠母貝の
銀色の輝きのように、自己の内に現れるものである。
これら三つは、同時に現れ同時に消えてゆく。

自己は「私」という想いが絶対にないところにあるものである。
それは「沈黙」と呼ばれている。

自己そのものが世界であり、自己そのものが「私」であり、
自己そのものが神である。すべてはシヴァであり、自己である。


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2016年08月15日 (月) | Edit |
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(3)



瞑想がおこっているかどうかは

頭が完全に静まっているかどうかでわかります

そのとき 頭はいっさいの活動をやめ

どんな体験もうまなくなります

しかしそれは

力づくでひきおこせるものではありません

力づくで頭を静めようとする その瞬間に

あなたは 二つに分裂してしまうからです


nami 01


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テーマ:哲学/倫理学
ジャンル:学問・文化・芸術
2016年08月01日 (月) | Edit |
ラマナ・マハリシ著 山尾三省訳「ラマナ・マハリシの教え」めるくまーる社より(4)


13 対象物から刻みこまれた印象(想い)が、
まるで海の波のように限りなく立ち現れてきます。
それらのすべてがぬぐい去られるのはいつのことでしょうか?

自己への瞑想が高く高くなるとき、
それらの想いは打ち破られるだろう。


14 いわば始まりのない時の彼方からやってくる、
対象物によって刻みこまれた印象が溶解し、
その後に人が純粋な自己としてとどまるというようなことが
ありうるのでしょうか?

ありうるかありえないかと思いはかることをやめて、
自己への瞑想を持続すべきである。

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2016年07月15日 (金) | Edit |
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(2)


瞑想は

生のなかで もっとも偉大な芸術のひとつです

おそらく最高に偉大なものでしょう

それは ほかの誰かから学べるものではありません

それが 瞑想の美しさです

瞑想には どんな技法もありません

それゆえ 瞑想には権威者などいないのです


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テーマ:哲学/倫理学
ジャンル:学問・文化・芸術
2016年07月01日 (金) | Edit |

ラマナ・マハリシ著 山尾三省訳「ラマナ・マハリシの教え」めるくまーる社より(3)


11 「私は誰か」という想いをつねに持ちつづけるには、
どうしたらいいでしょうか?

他の想いが起こってきたときに、その思いを追いかけることをやめ
「その想いは誰に起こってきたのか」と尋ねるべきである。

どんな想いが起ころうとかまいはしない。
想いが起こるたびに「その想いは誰に起こってきたのか」
と勤勉に問いつづければよい。

その問いに対する回答は「私に」であるに決まっている。
そこで、その「私は誰か」と問えば、心は源へ引き戻され、
現れ出た想いは静かになるだろう。

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2016年06月15日 (水) | Edit |
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(1)



瞑想のなかにある心(マインド)は静かです

それは 思考でとらえられる静けさではありません

おだやかな夕ぐれどきの静寂ともちがいます

それは思考が

その表象 言葉 知覚のすべてとともに

すっかりやんでしまうときにおとずれる静けさです



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2016年06月01日 (水) | Edit |
ラマナ・マハリシ著 山尾三省訳「ラマナ・マハリシの教え」めるくまーる社より(2)


7 見られている対象物である世界は、
いつ消えてゆくのでしょうか?

すべての認識作用と、
すべての行動の源である心が静かになったときに、
世界は消えてゆくだろう。


8 心の本性とは何でしょうか?

いわゆる「心」と呼ばれているものは、
自己の内に住んでいる驚くべき力である。
心はすべての想いが起こってくる源である。

想いを離れて心はない。
それゆえ、想いが心の本性である。

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2016年05月15日 (日) | Edit |
養老孟司著「無思想の発見」ちくま新書より(19)


これでやっと空の説明ができる。

意識が立てるのは、根本的には秩序である。
ところが秩序はかならずゴミを出す。

だから全体としてみれば、
「何か起こったようでいて」、
じつは「なにも起こっていない」。

ゴミを含めた全世界のトータルは、
つねにゼロだからである。


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