2008年09月15日 (月) | Edit |
宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (66)


そのとき、あっと思ったのは、重態におちいったときの、
あのいやな気持だと思って、すぐ上の一枚だけ畳の上に
敷いて、そこへ寝ていたら、女中がはいって来て、

「まァどうしたんでございますか、」
というからね、
「いや、せっかくだけれども、
嫌ェなんだから、かんべんしてくれ、」

「どなたでも、これがとても寝心地がいいと
おっしゃいますけど。」


「ああ、寝心地のいい奴にしてやれ。俺はご免こうむるから。」

ふわッとしている。そんな気持なんですよ。
重態になるってェと。ふわあッといってもわからないでしょう。
霞か雲に乗ったようです。

そうして、脊髄のお尻のところまで、尾てい骨まで、まっ直ぐに
いっている脊髄が、ブルッ、ブルッ、しょっちゅう震えている。
こんにゃく屋になったようです。そのまた、気持のよくないこと、
いやなこと、気持の悪いこと、それは、もう、ね。それがのべつ
です。

そうして、その上に神経がとんがらがっていますから、脈がとき
どき、トコトコ、トコッ、トコッと切れるのがわかるんです。
そのときの、ググッ、ググッと心臓がいまにも止まりそうな、
いやな気持が、これが連続しているでしょう。

そうして、熱が午後になってくるってェと、九度五分ぐらい、
平気で出て来る。そうして、夜、いくら寝ようと思っても
寝られやしない。

私は寝ることは名人だったんです。「明日の朝、七時になるっ
てェと、死刑の宣告でもって、お前はやられるんだぜ。」と
牢番が知らせにやって来たときも、「そうか、それじゃ、ゆっ
くり寝よう。」

「ゆっくり寝ようって、明日の朝、お前は殺されるんだぞ。」
「寝るのと死ぬのとは違わい。」

その晩ゆっくり寝て、非常にみんなにあとから誉められたぐら
い、私はね、寝ることがきわめて名人だったのが、寝られなく
なっちまった。

寝られなくなったというのは、つまり、肉体の方がそうなっち
ゃっているんですから、いくら寝ようたって、寝られやしませ
ん。その寝られないことによって、来るとことろの支障は、病
気の方から来る生命の消耗と二重になって、私を苦しめる。

ですから、死ぬんなら早く死んじまえばいいのに、なんでいっ
たい全体、俺をこんなに苦しめなければならないんだ。
たいして俺は、悪いこと一つもしてねェじゃねェか。

人間てェ奴はね、曳かれ者の小唄とはよく言ったもので、泥棒
にも三分の理があるってェますがね、私はね、頭から何も悪い
ことしたことはないと思った。

おのれのしたことは、無類それ以上のことをしたと思っている。
普通の少年や青年が、その年ごろに味わうような、楽しみも遊
びも何もしないで、十六のときから、日清、日露の両戦役を通
じて、

微力ながらお国のために尽くそうという気持で、俺は満州や蒙
古の奥に、孤独の淋しい生活を続けながら、いつなんどき、命
が敵によって奪られるかわからない危険な生涯を、敢えて承知
のうえで働いて来た。何を俺が悪いことをした。




次回につづく


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この記事へのコメント
泥棒にも三分の理
悪事を働くにも相応の理屈はある。
どんなことにでも理屈はつけられるということ。
盗人にも三分の道理


アル・カポネほどの極悪人でも、自分は悪人だとは思わず、
慈善家であり、世間が自分の善行を誤解しているのだと
大真面目に考えていたそうです。

アル・カポネほどではないとしても、悪事をする多くの人は
自分が悪人とは考えてないのだと思います。自覚がなく、
自己観察がまったくなされていないのです。


以前「説教泥棒」というのがありましたですね。

その男は真夜中に静かに家に侵入し、電球をはずし、煙草をふかしながら寝ている主人の枕元に座った。主人が人の気配で目を覚ますと、懐中電灯とナイフを持った男は「もしもし」と声をかけた。「実はのっ引きならぬ事情で、金の必要に迫られ、夜中お眠い所に参上した次第です。寝ている所を甚だすみませんが、少々金を恵んでは戴けませんか」

 驚いた主人が家にある金を渡しても、男はすぐには立ち去らない。「あなたの家は、どうも暗すぎる。これでは強盗に入られ易いですよ」「泥棒除けには犬を飼いなさい」「くれぐれも戸締りは厳重にお願いしますよ」「私が去ったら、すぐに警察にお届けになるべきでしょう。電話線は切ってあります。ここからは○丁目に交番があるはずです。では、さようなら」 男はやわらかな口調で防犯対策について説教し、やがて消えていくのだった。



D・カーネギーは「人を動かす」の中で、
人をうまく動かすコツとしては、人を非難するのではなく
誉めるということの伏線として、「盗人にも五分の理を認める」
と述べています。



2008/09/15(Mon) 17:53 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
ふとん
話はそれますが・・・・若いころ、腰を痛めてからは分厚い敷布団はだめになりました。せんべいぶとんでもいけません。特に旅行先の優雅なベッドはやまんばは困りますデス^^^。

俺は悪いことなど一つもしていない・・・・「何一つ」なんては、この年になると口がさけてもいえなくなってしまったけど、人間行き着くところ、自分が一番可愛いから、ぎりぎりのところにくると、時々困ったことをするようです。つど 神様にごめんなさいを言ってるけど・・・イヒヒ・・・連発するものですから・・・カハハのハです。
2008/09/15(Mon) 06:53 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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