2008年09月11日 (木) | Edit |
宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (62)


なんと因果な身の上になっちゃったんだろう、
と思ってね。

私はそれまでに、なんべんも戦でつかまって、
最後には死刑の宣告まで受けるような、
土壇場に追い込まれた経験がありますので、

監獄にも何べんも入っておりますが、
監獄にいる方が、はるかに自由です。
監獄にいりゃ自由が利くもの、監獄の中だけはね。

凄いわ、これは、ほんとうに。


あんまり人間、宜くなっちまうと、実に始末にいかない
もんだよ、不自由で。ですから、さァ、それからすぐに
孫文が失脚してから、アメリカへ亡命して、私はシナ人
になって日本へ帰って来た。

舞子の八角堂(この建物は現在は中共政府の所有で、堂の中には
毛沢東の肖像がかけてある。)というのがありますね。あそこに
半年いたんです、シナ人で。このときは一番楽だったな。

金はふんだんに持ってくるわ、誰も制裁を加えるものはいないわ
で。この二十日の日ですが、久しぶりに堂の中へはいって、中を
見せてもらって、昔とちっとも変らない。

思い出の深いものばかりあるので、思わず涙がでた。あんときは、
一番楽だった。命の危険を感じる必要もなくてね。

そういう話をしても、あなた方は、それでもそういう身分がいいわ、
とおぼしめすかもしれないけれども、幸福というものは、決して、
現在の自分の環境が変ったとか、あるいは富の程度が変ったからと
いうことで感じるものではない。

なぜかというと、幸福というものは客観断定にあらずして、主観の
断定にあるからです。はたからどんなに幸福そうに見えてもそれは
幸福とは言えないんですよ。

本人がしみじみ、ああ、私は仕合せだと思えないかぎりは、
ほんとうの幸福を味わうことは出来ない。

それはちょうど、はたから見て、あの人間は金がありそうだな、
と見えても、本人に金がなけれはなんにもならないでしょう。

はたから見て、あの人間は丈夫そうだな、と見えても、本人が
丈夫でなかったらなんにもならないのと同じことです。

それが結局、多くの人に考えられない。何か、こう、金とか富とか
力とか、あるいは健康というものが、自分に与えられたら、すぐ
幸福がやって来るように思っている。とんでもない。

イマヌエル・カントという哲学者がこう言ったでしょう。
「幸福は物に求むべからず。こころに求めよ。」

お前がほんとうに仕合せになりたかったら、心の中に求めなければ
駄目だ。これと同じような難しい言葉ですが、2千年の昔、孟子と
いう人が、孔子の弟子に、有名な孟子という人がいましたね。

おっ母さんが三度引越しをして、三度目に学者の町に引越したばっ
かりに、大変な偉い人になった。あの孟子が、
「あに敢えて更にまた何をかこれを心外に求めんや。」

漢文ですから難しいです。何もねェ、あくせくしながら、何の必要
があってお前は幸福を心の外に求めるんだ。こういうことなんです。



次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
永遠の幸福
ラマナ・マハリシは、「幸福と自己は別のものではない」と語っています。

「対象物から幸福を得るものと思って、心が外に出てゆくとき悲惨を味わう」
と言っています。幸福はどこか外から得るものではないというわけです。

カントや、天風さんの「幸福は物に求むべからず。こころに求めよ。」と同じ
ですよね。


ラマナ・マハリシ「達成すべきであり、誰もが望むものとは永遠の幸福です。
それを達成しようとして、色んな方法で探し求めてはいるものの、
実際その幸福とは、新たな体験として探したり達成したりするものではありません。

我われ本来の性質は、誰もがいつでも経験している私という感覚なのです。
それはどこかよそにあるのではなく、我われの内にあります。

その私をいつも経験しているというのに、
無知のせいでその私と自分は別のものだと思い込んで探し求め、
そうして心はさ迷い歩きます。
それはまるで、「私には口が無い」と自分の口を通して言うようなものです。」



永遠の幸福はあまりにも近いところにあるのですね。
いまだに、どこか別のところにあるのではないかと
思ってしまいます。


2008/09/11(Thu) 18:59 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
幸福は心に求める
お年寄りと暮らしていると、はっきりわかります。
外に行こうとしても、足が立たない。行くところがないから洋服もいらない。動かないから、お腹もすかない。ほんの少しあればいい。第一味覚が衰える。
人間死ぬまで、決して楽ではないようだ・・・。
 
庭に出て、草むしりが出来る
スーパーで買い物して、料理をつくることができる
洗濯ができる
顔を洗って、お化粧して、気分次第で洋服も着れる
わずかなお菓子でお茶もできる

こんなささやかなことも出来なくなる日もくるんだ・・・・・・
 
今出来ることに心から感謝して、毎日をじっくり味わい過ごしていこうと思うのです。

2008/09/11(Thu) 07:16 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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