2008年09月05日 (金) | Edit |
H. サダーティッサ著 桂紹隆・桂宥子訳「ブッダの生涯」立風書房より(36)


「女性が出家生活を送ることを許されたと仮定しましょう。
彼女たちは悟りに達することができるでしょうか。」

できないと答えれば女性が精神的に劣ると認めることに
なるので、ブッダは言った。

「できるでしょう、アーナンダ。」
これを利用してアーナンダは続けた。

「それなら、女性が出家するのはよいことにちがいありま
せん。マハーパジャーパティー・ゴータミー様ならなおさ
らのことです。母上の死後、一心にあなたを育てあげた
御方ですから。」


これには、ブッダもついに折れざるをえなかった。もっとも
女性の出家者には多数の条件が定められ、そのもとで厳格な
戒律を守り、僧の権威に服さねばならなかった。

かくしてマハーパジャーパティーは仏教教団の最初の尼僧と
なった。やがて、シッダールタの妻のヤソーダラーはじめ他
のサキャ族の女性たちが、彼女後を追うことになった。

集団や組織がある程度発達するとよくあることだが、僧団も
政争と分派活動に悩まされることになる。もっとも有名な例
は、ブッダの従弟で幼年時代の友デーヴァダッダの話である。

デーヴァダッタは、サキャ族の他の者たちとともに、ブッダ
がカピラヴァストゥを訪れたとき僧団に加わった。しかし、
白鳥をめぐる争いでみられた嫉妬に似た対抗意識は、後々に
もなくなってはいなかったようである。

経典によると、ブッダがビンビサーラ王の領地、コーサンビー
を訪れていたとき、僧団に対するブッダの指導権に挑戦して、
デーヴァダッタは僧団の指導を自分に任せるよう主張した。

ブッダは拒否し、デーヴァダッタを非難する声明を公表して
彼を僧団の活動から切り離した。そこでデーヴァダッタは
ビンビサーラ王の王子、アジャータサットゥと手を結んだ。

王子は、父の王位が長く続くのに我慢できなくなっていた。
デーヴァダッタは、たがいに邪魔者を殺そうと提案する。
アジャータサットゥは滞りなく父を殺害し、デーヴァダッタ
もブッダを殺す準備をした。

彼は、前後三度試みたといわれている。まず最初に数人の
刺客を雇うが、彼らは皆ブッダの説得に降参し、逆に仏教に
帰依してしまう。

次に、デーヴァダッタは〈鷲の峰〉という山の頂きに登り、
下を通るブッダに岩を投げおろすが、岩はわずかにブッダを
傷つけただけであった。

最後に彼は象を放ってブッダを攻撃するが、あたかもライオン
を鎮めたダニエル(『旧約聖書』ダニエル書六参照)のように、
ブッダは慈悲の力によって怒り狂う象をおとなしくさせたので
あった。

デーヴァダッタが僧団の指導権を得ようとくわだてて不成功に
終わった逸話には、ブッダの伝記中の他の逸話と同様に、伝説
の糸が織り混ぜられている。

しかしデーヴァダッタの描き方には、ブッダのほうに有利な
宣伝(プロバガンダ)が含まれていると思える節がある。次に
述べるデーヴァダッタの行動が示すように、彼は仏教史上初の
分裂劇を画策したからである。

ブッダを殺害するのに失敗したデーヴァダッタは、五項目の要求
をブッダにつきつけた。それは、出家と清貧と菜食主義という
仏教徒の原則を厳格に適用すること要求するものであった。




次回につづく


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