2008年09月04日 (木) | Edit |
H. サダーティッサ著 桂紹隆・桂宥子訳「ブッダの生涯」立風書房より(35)


今日の、少なくとも西洋の社会風潮からすると奇妙に
思われるであろうが、ブッダは、当初女性が僧団に
加わることに反対した。

それは、当時の社会を考えれば不思議なことではない。
今でもインドではそうだが、当時の女性たちは家庭の中で
はっきりとした義務と責任を担っており、

修行生活のためにひとり出家することは禁じられていた
のである。さらに、家庭から解放されることは、ただちに
自分の身を脅かすさまざまな危険に身をさらすことにもなった。


当時の男たちは独占欲が強かったと同時に、保護する気持も
強かったのである。この障壁を打ち破ったのは、ブッタ自身の
家族にまつわる別の出来事であった。

先に述べたカピラヴァストゥ訪問の後しばらくたって、ブッダは
ふたたび故郷へもどって来た。その間すでに、スッドーダナ王は
亡くなっていた。もっとも、生前にわが子の教えの敬虔な信徒と
して聖者の位に達していた。

ブッダがニグローダの園に滞在していた折り、寡婦となった王妃
マハーパジャーパティー・ゴータミーが訪ねて来た母の死後
シッダールタを育てたのは彼女であった。

王妃は、正式に僧団の一員になることを願い出たが、ブッダは拒絶
した。二度三度求められても、がんとして聞き入れなかった。王妃
は泣きながら去り、ブッダは、僧団が宿泊施設を持っていたヴェー
サーリー市の森へ移動した。

しかし、マハーパジャーパティー王妃は簡単にはあきらめなかった。
ある日、数人のサキャ族の女性とともに、ふたたびブッダに嘆願し
ようとヴェーサーリーにやって来た。

王妃は誠意を示すために、髪を切り、仏弟子ののように黄色の衣に
身を包んでいた。そして、僧院の入口に立っているところをアーナ
ンダに見つけられた。

その姿を見て、アーナンダはびっくり仰天した。それというのも、
マハーパジャーパティーはほこりにまみれ、足ははれ上がり、悲し
そうにすすり泣いていたのである。

「ゴータミー様、ここで何をしておられるのですか。」
「アーナンダ様、私がここに立っているのは、ブッダが女性の出家
をお認めにならないからです。」

王妃の姿に感動したアーナンダは、ブッダのところに駆けつけて、
この問題をつきつけた。ブッダは相変わらず、がんとして拒否した。

そこで彼の意見を変えさせるために、ブッダの得意な論理的な説得
法を逆用することにした。

「女性が出家生活を送ることを許されたと仮定しましょう。彼女た
ちは悟りに達することができるでしょうか。」

できないと答えれば女性が精神的に劣ると認めることになるので、
ブッダは言った。

「できるでしょう、アーナンダ。」



次回につづく


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テーマ:宗教・信仰
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
精神集中のための五つの要素
憤怒尊は、不動尊や愛染明王
歓喜尊は、笑顔の仏さん。十一面観音が歓喜尊と言っているお寺があります。
寂静尊は、釈迦如来や、阿弥陀如来、大仏さんなどです。

「怒りなどが現れたとき、それをただ観察する。
観察しているだけで、怒りは憤怒尊、執着は歓喜尊、
無知は寂静尊に変容する。」というのはたしかにイメージ
しやすいですね。


精神集中のための五つの要素

 ①円熟した悟りへの道の先輩たちと交わること。
 ②感官の抑制。
 ③激情を離れ、〈正語〉を実践すること。
 ④〈正精進〉を実践すること。
 ⑤人生は苦であるという〈第一の尊い真理〉を見きわめること。


やまんばさんは、
①はブログにくれば叶えられ、
⑤はある日やまんばは突然そう思い、逆に楽になりました。
②③④は死ぬまで続けなければならないことだと思いました。
ということだそうですね。

⑤の人生は苦であるというのは、すべては変化し自分の思うように
ならない、ということです。


2008/09/04(Thu) 19:19 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
おはようございます^^
昨日は朝はやく出かけたから、九月二日のろくろくさんのコメント、「鏡のような心の境地」から開かせていただきました。
とてもわかりやすく、一番気にいったのは
「そして怒りなどが現れたとき、それをただ観察する。観察しているだけで、怒りは憤怒尊、執着は歓喜尊、無知は寂静尊に変容する。」というところです。
自分のこころをみていると、めらめら、もやもや・・の煙の中から、アラジンの魔法のランプのように、憤怒尊、歓喜尊、寂静尊があらわれてくるような、イメージがわき、怒り、や執着、無知をみていくのが楽しみになってきました^^。
悟りとは、すべてをありのままにうつしとる「鏡のような心の境地」だという。これを明智という。
これもとてもわかりやすくイメージできました。

なるほど~~~~

昨日の瞑想に不可欠な静けさや精神集中のための五つの諸要素を見て、①はブログにくれば叶えられ、⑤はある日やまんばは突然そう思い、逆に楽になりました。②③④は死ぬまで続けなければならないことだと思いました。

今日のはブッダとアーナンダの信頼関係はすごいなあと感心しました。話の展開がどうなるのか?明日が楽しみです。

一日休むとこんなに大切なことが書かれているのですね。聞いてもすぐに忘れるやまんばですが、やはり、ここにこずにはおられません。
でもろくろくさん、毎日わけのわからないやまんばにコメントされなくていいですよ^^。やまんばはこうしているのが楽しいだけなのですから^^^^
2008/09/04(Thu) 07:06 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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