2008年08月20日 (水) | Edit |
宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (60)


いかがです、あなた方は。
いま、貧乏でもって、お金のない人、
この中にも一人くらいいるでしょう。

この人を岩崎同様の身分にして、そのかわり、
ここからどこへも出ちゃいけない。
二十畳の屋敷の中で、朝から晩まで、
うろちょろ、うろちょろ。

あなた方が理想とする金は、使うそばから殖えてきて、
何に使っても誰もどうとも言わないし、
どんなに儲けても税務署は来ない。


したい三昧のぜいたくが出来ることを目標とした金がほしい
んでしょう。そんな金は、どんな努力をしても絶対に死ぬま
でふところにははいりません。

そのはいらないものを心に描きながら、そうなったら幸福だ
ろう。幸福だろう。何が幸福なものですか。

私も王侯以上のぜいたくをする身分を、約二ヵ月間、味わい
ました。それは辛亥革命に孫逸仙が立ち上がったときに、
ちょうど私はインドから帰りがけでした。

上海で当時の支那大使の山座、これが私の竹馬の友で、ちょうど
幸いだから、一つ革命に加勢してくれないかというので、日本に
帰る旅程を、特に孫のために、助太刀をすることになりました。

ご承知のとおり、孫がいまの中華民国の大統領になったとき、
私と山座が最高政務顧問という、最高の政治的地位を与えられた。

北京へ行って、あのご承知の紫禁城へ、朝の九時に、十人の人が
かついでいる輿(こし)に乗って行くんです。前に四人、後に十人
ですね。前の方が柄が長くなっていて四人、後のほうが柄が短く
なっていて六人。四角の輿であります。

二十町ばかりあるところを、輿の中に乗ってからに、作りつけの
人形みたいに、まっ直ぐに向いていろ、横むいちゃいけない。
これが第一大きな苦痛でしたよ。

そこで不思議なことが一つあった。四尺四方くらいの、真四角な
輿のすみに、溲瓶(しびん)がおいてあるんですが、これが如何に。

紫禁城にはいるまでは、横むいてもいけないよ。正面むいてろ。
それなのに、溲瓶が何のためにある。途中で、肉体が生理的欲求
の状態になったときに、立ち上がって溲瓶を利用するわけには
いきませんわ。

溲瓶があるからといって、まっ直ぐにむいてろ、というんですか
ら。そうして、きれいなカーテンが四方にめぐらされているが、
中はまる見えだ。すまして乗っている奴が、急に立ち上がって、

あの支那服の前をあけて、部屋の隅においてある溲瓶にシャー
シャーやり出したら、これはおかしなもんだろうが、した者も
いないでしょうけれども、何の必要があって置くのか。

そうしたら、これは、支那の、必ず輿の中へいれておかなければ
ならない、何千年来の、一つの礼儀だ。




次回につづく


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ジャンル:心と身体
コメント
この記事へのコメント
礼儀もへちまもありません
この溲瓶(しびん)の話、この後も少々続くのでありますが、
三週間後のお楽しみであります。

そんなことよりも、今日の一番のポイントは、
次のところであります。

「あなた方が理想とする金は、使うそばから殖えてきて、
何に使っても誰もどうとも言わないし、
どんなに儲けても税務署は来ない。

したい三昧のぜいたくが出来ることを目標とした金が
ほしいんでしょう。そんな金は、どんな努力をしても
絶対に死ぬまでふところにははいりません。

そのはいらないものを心に描きながら、そうなったら
幸福だろう。幸福だろう。何が幸福なものですか。」


どんなにお金があったとしても、人間は幸福にならない
ということを天風先生はおっしゃているのであります。


2008/08/20(Wed) 16:50 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
想像しました^^^
生理的欲求は、礼儀もへちまもありませんものね。
多分、本当にそのような事態になったら、許されるのでしょうねえ^^^。こういうところで用をたすことの出来る人は・・・子供なら躊躇なくやるでしょうね^^^^
そう、子供なら、そんな道具はいりませんね!紫禁城の広場に小便小僧のように気持ちよく用をたすことでしょう。
2008/08/20(Wed) 07:48 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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