2008年08月12日 (火) | Edit |
宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (52)


特に寝がけに、寝床の中にはいってからは、
この精神のアンテナというものは、無条件に、
よいことでも悪いことでも、もうすべてが、
ちょうどあなた方の料簡と同じように、
差別なくはいりこんでしまう。

だから、いいことを考えるんだ。嘘でもいいから、

俺は優れた人間だ、
俺は思いやりのある人間だ、
俺は腹の立たない人間だ、
俺は憎めない人間だ、
俺は焼きもちを焼かない人間だ。

こう思えばいい。


それを寝がけに、よけい腹を立てる奴がいる。
昼間、亢奮している間は思い出さなくて、
寝がけになって思い出しやがって、

「あん畜生、あんなことをしやがった。ざまァみやがれ、」
もう一ぺん起き上がって腹を立てる奴がいる。夜の寝床の中
だけは、神の懐の中へはいったような、おだやかな気持に
なってごらん。

今夜から、寝がけだけは絶対尊い人間になるんだ。
毎晩尊い人間になったからといって、税務署から来たなんて
ことはない。

どんなに体にいい結果が来るか、やってみたものだけが知る
味いだ。やってごらんなさい。今夜から。

いまも言ったとおり、何か心にかかることがあったら、
あくる朝、目が覚めてから、はっきりした気持で考えるんだ。

寝ている間てェものは、体はよこになってる。大脳および小脳、
延髄、脳髄波は横になっている。横になっている間は、ものを
考えちゃいけない。休息の状態だ。

だから、寝がけにくだらなくものを考えて、心配するてェと、
かならず神経衰弱になる。今夜考えなければ間に合わない、
などということがあったら、起きて考えろ。

そんな火急を要することなんか、ありゃしないよ。
まァ、まァ、毎晩、毎晩、やってごらん。
それが観念要素に対する、連想行、とこういうんだよ。

そして、あとは、言葉に気をつけてください。
気をつけろ、というのは、絶対に消極的な意思表示をする言葉を
口に出さないように。

参った、助けてくれ、どうにもならない、苦しい。痛い、という
言葉を口に出さないようにすることだ。「もの言えば、唇寒し
秋の風、」という。神経過敏の人間の言葉というものは、いつで
も、泣きごとか、愚痴か、世迷いごとだ。

真理によって、人生を生きようとするものは、年齢の如何を問わず、
肉がししらのように裂けようと、骨が砂利のように砕けようと、
万物の霊長たる人間としての権威を確保するつもりで、決して、
参った、助けてくれ、と言わないこと。

天はみずから助けるものを助く。絶対にいけないことは、あなた方
はすぐ、神様、助けて、と言う。苦しいときの神だのみ、という
喩えのとおりだ。

万物の霊長たる人間が、自分の人生に生きる場合に、神や仏を頼る
というような、第二儀的な気持を持っているかぎりにおいては、
その人間は救われんぞ。

神や仏というものは、頼るべきものではないのであります。神や仏
というものは、崇むべきもの、尊ぶべきものだ。お賽銭を上げて
からに、助けて貰おうなどと、虫のいいことを言うな。



次回につづく


↓↓↓あなたの応援↓↓↓(1日1クリック)お願いします。

にほんブログ村 哲学ブログへ人気blogランキング精神世界 ランキング



スポンサーサイト
テーマ:モノの見方、考え方。
ジャンル:心と身体
コメント
この記事へのコメント
寝ると思考から解放される?
かどうかは、わかりませぬが、

寝がけにくだらないことを考えないように
こころがけることはとても大切だとおもいます。

まずはともかく、自分は寝がけにどんなことを
考えているかを自覚することがいいですね。


2008/08/18(Mon) 17:25 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
もともとは尊い人間
夜眠ると、全てから解放されて、みんなうまれたてのような尊い人間になれるとやまんばは思っています、目覚めると何年来の思い込みや思考の垢を思い出し、わざわざそれをあたかも自分と錯覚して、時間の流れに入り、苦悩の劇の続きを演じている、そうやまんばはここで学んだように思います。そして、それは自分とって正しいことだと判断し。生き方に取り入れはじめています。
連想行って名前がつけられているのですか・・・。
寝ると思考から解放されて、もとのきれいな魂に戻れる・・やまんばは本当にそう思ってます。
2008/08/18(Mon) 09:57 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック