2008年08月09日 (土) | Edit |
H. サダーティッサ著 桂紹隆・桂宥子訳「ブッダの生涯」立風書房より(29)


ブッダが布教を開始し、その名声が広まったのち、
スッドーダナ王は、あるときブッダがラージャガハに
滞在していることを知った。

そこで王は使者を送り、故郷のカピラヴァストゥを
訪れて人びとに教えを説くようブッダを招待した。

もっとも王の本心は、息子にもう一度会いたいという
ことだけであったかもしれない。

到着した使者はブッタに会うが、招待の言葉を述べる前に、
ブッダから教えを説き聞かされた。


その結果、使者は訪問の目的をすっかり忘れて僧団に加わって
しまった。使者が帰ってこないのにとまどった王は、別の使者
を送る。すると同じ結果になり、全部で九人の使者が派遣され、
全員失踪するに至った。

ついに王は、シッダールタの幼なじみ、カールダーインを派遣した。
これにはさすがのブッダも耳を貸し、大勢の僧を伴ってカピラヴァ
ストゥに向かって出発する。

そして、用意されたバニヤン僧院に居を定めた。
ブッダがカピラヴァストゥを出て、七年目のことであった。

ブッダのうわさがカピラヴァストゥに広まると、人びとは、これほど
有名になった郷士の名士をひと目見ようと集まって来た。

親類縁者たちはブッダのことを「私のいとこ」、「私のおい」等と
呼びはじめ、子どもたちに「ブッタのところへ行ってごあいさつしな
さい。」などと言い出した。

ブッダは、この歓迎のうらには、彼の教えに対する真剣な関心よりも、
郷土自慢の気持のほうが強くあると感じた。人びとがブッダの本当の
姿を理解するまでには、忍耐と努力が必要であった。

一説によると、ブッダは人びとの目を開かせるため、あたかも空中に
浮かんでいるかのように見せる奇跡的な手段に訴えねばならなかった。
それには、王をはじめすべての人びとが恭しく平伏したという。

ともあれ、翌日ブッダが鉢を持って一軒一軒托鉢に回りはじめたとき、
王は狼狽して、みずから通りへ出るとブッダに言った。

「どうしてこんなに私を恥しめるのか。宮殿で食事をとれないのか。
かつて華やかな姿で歩き回ったこの町で、乞食するのが良いと言うの
か。なぜ私にこのような恥をかかせるのか。」

「王様に恥をかかせるつもりはありません。
乞食は私たちの習慣です。」

そこで王はたずねた。
「それはどういう意味だ。わが家では、これまで乞食した者など
ひとりもいない。『私たちの習慣』とはどういう意味か。」



次回につづく


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ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
ラーフラraahula 羅睺羅(らごら)
ラーフラは釈尊の実子であり、またその弟子の1人。
釈尊の妻であるヤソーダラ妃が釈尊の出家前に妊娠した子で、
釈尊が出家して五年後に生まれたとされる。

ラーフラ羅睺羅の名前の意味は「障害をなすもの」といわれて、
釈尊は息子の誕生を決して喜んではいなっかったようです。

年少の頃は慢心が強く、他の仏弟子を見下していたといわれ、
釈尊より戒められることもあったという。
舎利弗に就いて修行学道し、当初は仏の実子ということもあり
特別扱いを受ける事もあったが、その分を弁えてよく制戒を守り
多くの比丘にも敬われるようになったという。

学を好むことで、学習第一とも称せられ、
釈迦十大弟子の一人に数えられていることから、
釈尊との関係も決して悪くはなかったようですね。

父子関係で苦しんだのは親鸞ですね。
親鸞は八十四歳のとき、息子の善鸞と親子断絶、絶縁をしているの
です。善鸞が相当に身勝手なことをやったようですが、「義絶状」
をわざわざ送りつけている位ですからよっぽどのことがあったので
しょうね。

http://www.shinrankai.or.jp/b/shinsyu/infoshinsyu/qa0308.htm


2008/08/09(Sat) 18:47 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
キリストもブッダも・・・
故郷では、なかなか本当の理解が得られなかったのですね。
しかし、ブッダが故郷を離れて7年経つのなら、子供も大きく成長しているはず。この子にとって、りっぱなブッダも「単なる父親」。一度会えば、子供は大切なことをきっと理解すると思えるから、会えるといいですね。
えっ?やまんばさんは何にもわかっていない^^。
そうです。父親には特別の思いがありましたから。
まあ、それも今となっては遠い日の夢となりました。

しかし、子供って、大人の人には想像できないくらいいろいろ感じたり考えていたりもするんじゃじょ^^

父親の大きなあぐらの中や、手のぬくもり、思い出すのは言葉ではなく、暖かな触れ合いです。
2008/08/09(Sat) 08:07 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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