2008年08月07日 (木) | Edit |
H. サダーティッサ著 桂紹隆・桂宥子訳「ブッダの生涯」立風書房より(27) 


しかし、仏教は最初からすべての人のものであった。
ブッダは、バラモン教から業や輪廻のような概念を借り受け、
それらに違った解釈を与えたが、カーストの概念は取り入れなかった。

もちろん、当時のバラモンたちは、このことをよく思わなかったに
ちがいない。ブッタの考えが、非常に反体制的にみえたからである。
次の逸話は、そのことをよく示している。

ブッダがサーヴァッティーに滞在する間、従者のひとりアーナンダ
(彼については後にくわしく述べよう)は、毎日乞食に出かけていた。

ある日、彼が僧団にもどる途中、井戸から水を汲んでいる少女を
見かけて、水を飲ませてくれるよう頼んだ。少女は、不可触民の中
でも最下層に属していた。


人びとの目に卑しくうつる身分であることをよく知る娘は、「私には
水を差し上げる資格はございません。」と言ってことわった。

「娘さん、私はあなたの家族やカーストのことを尋ねているのでは
ありません。カーストなど気にしませんから、水があれば、どうか
少しわけてください。」とアーナンダは言った。

そこで、プラクリティというその娘はアーナンダに水を与え、
すっかり好きになってしまった。

この話には続きがあり、プラクリティは母親が用意した魔法のほれ薬の
助けを借りて、アーナンダに結婚をせまろうとする。アーナンダは、
一時たいへん心をひかれるが、ブッダが奇跡的に介入して救われるので
あった。

しかし、プラクリティの恋心は鎮まらなかった。そこでブッダは彼女を
呼びよせ、上べは彼女の期待に味方する振りをして教えを説いた。

ついにプラクリティはアーナンダに対する気持を捨て、尼僧として僧団
に加わる決心をする。彼女は、ブッダの教えを完全に把握する熱心な
信徒になったといわれる。

ブッダが、不可触民の少女を正式に尼僧にしたというニュースは、
バラモンをはじめとするサーヴァッティーの代表的な市民たちを驚かせ、
心配させた。彼らはパセーナディ王に抗議した。

王はそれに応じて、バラモンや武士たちを引き連れて威風堂々とブッダに
会いに出かけ、彼がとった行動を説明するように要求した。ブッダはそれ
に答えて、トリシャンクという不可触民指導者の話をした。

トリシャンクは、おそらくカースト制度とは関係がないとみなされていた
部族の長であったらしい。彼には、シャールドゥラカルナという学問を
つんだ息子がいた。

親としての誇りと野心から、トリシャンクは、息子をプシュカラサーリン
という名門のバラモンの娘と結婚させようと考えた。もちろんバラモンは、
尊大にその申し出を拒否した。そこでトリシャンクは、カースト制度が
正しいかどうかを彼と議論した。

異なった種に属する動物や植物に見られるような先天的な相違が、異なった
カーストに属する人間にあるわけではないと、トリシャンクは論じた。

さらに、カーストと輪廻や業の教えを結びつけるのは間違っていることを
論証した。プシュカラサーリンは、トリシャンクの議論に感銘し、ついに
結婚に同意したという。



次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
「あたりまえ」の詩
たしかに、「あたりまえの幸せがわからないことこそ、
幸せなこと」という捕らえ方もあるかもしれません。

しかし、いまから思えば「あたりまえのかたまり」だった青春時代。
目もしょぼしょぼしてないし、体のどこも悪いとこがなかった。
あのころは、いまに比べたらどんなにかしあわせなはずなのに
ちっともしあわせではなかったですね、わたしの場合。

ということは、井村和清さんは「あたりまえ」の詩を書いたとき、
つまり亡くなる直前「あたりまえ」が幸せなんだということに
はっきり気づき、しあわせだったのではないでしょうか。

「あたりまえ」がわかることがしあわせなんだと思います。



2008/08/07(Thu) 18:59 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
アーナンダ
アーナンダは20歳頃出家したといいます。その五年後に、
釈尊の待者となります。

その後アーナンダは、釈尊入滅までの25年間、
常随の待者として片時も釈尊の傍を離れず、
影のごとく付き従いました。
釈尊はアーナンダをことのほか信頼されていたようです。

アーナンダは謙虚で優しく、おまけに大変な美男子だったそうで、
女性信者や比丘尼から絶大なる人気がありました。
今回のプラクリティのようなことは少なからずあって、誘惑されたり
ストーカーまがいのことまでされたこともあるようです。

しかし、人気があったらあったで非難、中傷する人も少なくなく、
釈尊入滅後の経典のあちこちにアーナンダを非難する記述が出ています。


2008/08/07(Thu) 18:56 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
ほれ薬
媚薬はいろいろとありますよね。
でも、ほれ薬となるとどうなのでしょうか。

ほれ薬
http://www2s.biglobe.ne.jp/~k-kazumi/horegusuri.htm

マレーシアに行けばある?
http://www.fujitv.co.jp/ainori/st/st184_cnt.html


2008/08/07(Thu) 18:54 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
ろくろくさんへ
「あたりまえ」の詩の紹介、ありがとうございます。
   最後の、

   なぜでしょう 
   あたりまえ

情けないくらい印象的でした。
あたりまえの幸せがわからないことこそ、幸せなことなんですね。
2008/08/07(Thu) 10:06 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
魔法のほれ薬?
本当にこの世にあるのでしょうか^^^
「ブッダが奇跡的に介入して、救われる」というところが、おかしかったです^^^案外そのまま結婚していても、一つの道で楽しい人生だったかもしれないなあ。・・しかし、魔法で気持ちを変えられるのは、自分の意志からではないので、さめたらショックかもしれません^^^^。案外お酒も魔法のほれ薬の一つかも・・・
昔の結婚は本人の気持ちなど関係なく、親が決めていたのですね。宝くじみたいですね。まあ。そうでなくても、結婚は当たり はずれ があるかも。「はずれ!」と思っていたのを「当たり!」にするのが、本当の心の魔法かも。チチン プイプイ

人々の欲望が絡み合い、人生を複雑な模様に織り成していくのですね。



2008/08/07(Thu) 09:13 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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