2008年07月19日 (土) | Edit |
宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (48)


「病いは病いだ。苦しみは苦しみだ。
病いにかかったといってからに、
心まで病ませる必要はなかろう。

肉体に病いがあろうと、心まで病ませる必要が
どこにあるか。そういうときには、心の方が、
健康なり運命なりをよき状態に作り直して行か
なければならない、

その原動力としての存在なのだから、
それに巻き込まれないようにしなければならない
じゃないか。

お前は巻き込まれどうしだ。


無理でもいいから、言って見ろ。俺がお前に、
ハウ、ドュウユウ、ドューときいたら、どんなことが
あっても、アイ、アム、クワイトウェルと言え。

頭が痛いとはどういうわけだ。俺はお前に、お前の気分を
きいているんだ。体のことをきいたことは一ぺんもない。
いかに汝はあるか、というのは、お前の気分をきいているんだ。

おまえの体は、今日丈夫かい、ときいたことは一ぺんでも
あるか。お前は病人じゃないか。病人であるお前に、お前、
丈夫かい、ときくかい。」

それは当たり前だ。ききゃしない。
「お前の気分はどうだい、ときくのに、いつでもお前は、
やれ頭が痛いの、けつが痛いの、すべったの転んだの、

一ぺんでも、体は悪くても私の気分は爽やかでござんす、
と言ったことはねェじゃねェか。明日の朝から、そう言え。
言わなかったら、俺はお前と口利かないぞ。」

口を利かなかったら、言葉の分からないこの土地で、
この人だけを頼りで来ているですから困りまっさァ。

最初の中は馬鹿馬鹿しいような感じですよ。
「ハウ、デュウ、ユー、デュウ、」
「アイ、アム、クワイト・ウェル、」
情けない声出して。

それが一週間、十日、半年たったら、もう、どこがどう
あろうとも、むこうが何もきかなくても、
「サンキュー・グッドモーニング、クワイト・ウェル。」

人間てェものは、こういう事実がわれわれの生命の中にある
んだ。心理学を研究するとわかるんですがね。

ある事柄に対して、そこに観念が加わると、
観念のダブルページというものが発生する。

これもおわかりにならないだろう。
分かりやすく言えばね、悲しいな、と思って泣くでしょう。
よけい悲しくなる。これがダブルページだ。



次回につづく


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ヴィパッサナー冥想実践法の三原則
意識を「いま、この瞬間」に集中する方法としてお勧めなのは
やはりヴィパッサナー瞑想法ですね。


ヴィパッサナー冥想実践法の三原則を覚えておきましょう。

1. スローモーション。
2. 実況生中継。
3. 感覚の変化を感じ取る。

一つ目は、スローモーション。
からだをふつうのスピードで動かすのではなく、
できるだけゆっくりスローな動きで行うこと。

二つ目は実況生中継。
今行っていることを、頭の中で簡単な言葉で確認すること。
それを隙間なく、切れ目なくするのです。これを実行すると、雑念が消え、
瞬時に集中力が生まれます。

三つ目は、感覚の変化を感じ取ること。
手を上げたり、歩いたり、座ったりするたびに、からだの感覚が変わります。
考えるときも激しく感情が変わっていくのです。これらの変化を何も解釈せず、
感じることです。



2008/07/19(Sat) 20:42 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
「とてもよい気分です」
やまんばさんが言われるように、
「アイ、アム、クワイト・ウェル」quite well
「とてもよい気分です」と繰り返し言っていると
気分が本当によくなってくるということはあります。

しかし、同じ言葉の繰り返しでなるのですから、
「いつも気分がわるい」と繰り返し言っていると
いつまでも気分がわるいのが続くわけです。

大概の場合、思考はネガティブですから、相当の
意志力がないと「アイ、アム、クワイト・ウェル」
とはなりません。



思考は思考を呼び巨大化して苦しめます。
そこからのがれるには、どうするか?

思考の流れを中断したり、無視するのではなくて、
繰り返し申し上げていることですが、
「思考を観察する」のです。


なぜ思考が思考を呼び巨大化して苦しめるのかというと、
思考にとって過去と未来がすべてで「いま、この瞬間の現実」
にいないからです。

思考は現実にないことを妄想し続けているのです。
思考が「本当の自分」だと思っている人にとっては、
妄想が現実だと思ってしまうのです。

自分の思考は「本当の自分」ではないと気づけたら、
「思考を客観的にながめる」ことができるようになります。
すると、思考はごく小さな一面にすぎないことがわかり
はじめます。

思考が、いま現在にいるように見えても、
実際は過去や未来のメガネを通して歪曲して現在を
ながめています。


2008/07/19(Sat) 20:34 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
無理でもいいからいってみろ!
凝り固まった思考は、同じ言葉の繰り返しで、次第に壊れていくのだとおもいます。実際、自分でも経験しました。
思考は思考を呼び巨大化して苦しめます。
そこからのがれるには、どうするか?・・・思考の流れを中断する、または無視する。
どうやって?・・・・やまんばの場合は「寝る」「場所を移して何らかの別の行動をとる」ということをしてきました。長い間の思い込みから、解放されるために、声をだして言う・・・良い方法だと、やまんばも経験上言えます。

昨日のろくろくさんのコメントの中の言葉・・そして「いま在る」には「いま」から抜け出したがる思考を観察することからはじめること・・思考は今にはなく、未来や過去のなかにこそ、存在できることを知りました。
2008/07/19(Sat) 13:43 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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