2008年07月13日 (日) | Edit |
宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (42)


消極的な感情・情念とはどんなものか、
教えてあげるからね。

一番さきが怒ること、
あなた方のもっとも得意とするところだ。

第二は悲観すること。
これも頼まれなくても、しょっちゅうやっている。

第三はやたらと理由なくして恐れること。

第四は憎むこと。
みんなお得意とすることばかりだろう。

第五が恨むこと。


第六が焼きもちを焼くこと。
これは何も、男女の間ばかりで焼くんじゃないんだよ。
同性の間にもあるんだよ。

女の人が途中で行き合う。同じ歳ごろの人間だってェと、
ハッと見合ったせつな、向こうの頭の先から足の先まで、
パッと観察してしまうだろう。

何さ、偉そうな顔して、白粉なんか安物つけてるじゃないの。
帯だって洗いざらしだし、足袋だって穴があいてるわ。
私の方がよっぽど偉いわ。へッ。

次に煩悶、苦悩、憂愁。みんな、あなた方の得意なことばかりだ。
この中のどれか知らんが心に起これば、それが消極的な感情、情念だ。

それが心の中に起これば、いま言ったように、たちまち血液と淋巴の
弱アルカリ性が、ぐっと破壊されてしまう。

とにもかくにも、この消極的な感情、情念を、自分の実在意識の中に
発生せしめないようにしなければならないんだが、それがいけないと
言われたそばから、発生させまいと思っても駄目。

何故かというと、潜在意識の中に、観念要素の中に、そのどれかしら
んがはいっているかぎりは駄目だ。実在意識にそういうことを思った
り考えたりすることがいけないんじゃないんだ。

学者や識者、あるいは宗教家はそういうときに、そういう思い方考え方
をするからいけないんだというけれども、私から言わせれば、思ったり
考えたりするのがいけないんじゃないんだよ。

え? 潜在意識の中に、そういうことを思わせたり考えさせたりするよ
うな、材料をため込んでおくことがいけないんだ。材料がなけれや出て
来ねェんだ。あるから出てくる。

考えてごらん。四斗樽に水を一ぱい入れておいたら、いつのまにか、
ぼうふらがわき出したとする。これはいけないっていうんで、あとから
新しい水をいくら入れても、よろしいか。ぼうふらの卵をとらないかぎ
りは、いつまでたってもぼうふらを失くすることは出来ないんだ。

それを多くの人々は気がつかない。とくにこういうことをはっきり言わ
なければならない学者や宗教家が、ただ、実在意識に、感激に値する
ことや嬉しいことを聞かせておけば、

あるいはものの本で読ませておきさえすれば、その人間の心の状態を
強くなし得るように思っている。ところが、それでは出来ない。

なぜできないできないかというと、コンクリートで厚く塗られている
壁へ、水をぶっかけるのと同じことで、どんないいことでも、
みんな、跳ね返っちまう。



次回につづく


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ジャンル:心と身体
コメント
この記事へのコメント
パールズのゲシュタルトセラピー
天風先生はほんとに表現力がありますね。

天風先生のお話は明日以降の楽しみといたまして、
今日は「パールズのゲシュタルトセラピー」について
ふれてみたいと思います。

というのは、自己観察を日々続けておられる人には、
参考になる捕らえ方のヒントがゲシュタルトセラピー
にはあると思うからです。


パールズは、もし心理的な問題があり、過去に原因があったとしても
「それは今ここで現れており、その場で解決が可能なのだ」ということ
を発見したといいます。

私たちは普段の人間関係や新しいことを始めようとするときに、
過去の失敗や苦い記憶を思いだし、行動や言動をためらってしまう。

そのような未解決の状況が現れてきたときに、いまここで充分に
再体験し終結させることが、心理的成長につながるといいます。

しかし通常私たちは未解決の状況を自覚するのを避け、
心理的な問題が意識に浮上するのを抑圧してしまいます。

その結果、生き生きとした現在を生きることが出来ず本来の自分を
生かせずにいるということになる。


心理的成長の障害になる4つのメカニズム

1.取り込み
個人が価値観、態度、行動を充分に納得せず無自覚に自分のもの
として組み込んでしまうことをいう。

流行だからとか規則だからとか先生や親に言われたからなど、
よく吟味もせずに鵜呑みをしてしまうと後でほんとの自分と
理想の自分のギャップで葛藤が絶えなくなる。

自分がほんとうに感じていることと、他人が自分に感じてほしいと
思っていることや、ただ他者が感じていることを識別しにくくなる。

他者を優先しがちになり自己の存在する余地がなくなってしまう。

2.投影
取り込みの反対で自分に端を発しているものを他者のせいにして
しまう傾向をさす。

自分のものだと認めたくない衝動、欲望、行動を抑圧し
意識から除外してしまうと、
今度はそういった性質を他者の中に見てしまうのである。

例えば怒るということは良くないと厳格に育てられた場合、
本人の中で怒りが起こっても無意識に排除し投影してしまう。

その時本人が怒っていることに気づかず、
他者が自分に対して怒っていると感じてしまう。

自分から他者に向けられた思いがブーメランのように
跳ね返ってきてしまうのだ。


3..融合
自分と他者の境界がはっきりせず重なり合ってしまうことをいう。

例えば、自分の子供を単に自分たちの延長物としか思わない両親
などに当てはまる。両親と融合せず、また期待に応えられないとき、
子供は拒絶され疎んじられることになる。

「おまえは私の息子ではない」とか
「親のいうことをきかない子供は面倒みませんよ」と。

親しい友人の中でも似たようなことを言ってしまうことがある
のではないでしょうか。

4、反転
「鋭く元へ跳ね返ってくる」ことを意味し、エネルギーを
外に向けて環境を操作したり変えたりすることに使わないで、
自分自身の内面に向けてしまう。

人が行動を反転するときは、その人が本来、
他者に対してしてあげたいと欲したものを自分自身にする。

「する」立場と「される」立場に分裂してしまうのだ。
「私は自分自身が恥ずかしい」とか「この仕事をするために
私自身をムチ打たねばならない」などと、「自分自身」という言葉を
使い自分を責めているときには反転の状態にある。

パールズはセラピーを行う場合に、
この4つのメカニズムを基本にしていた。
個人はこのような4つの傾向をいろいろなバランスで持っており
どれか一つだけが作用することはあまりないと指摘している。




2008/07/13(Sun) 17:29 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
ぼうふらの卵!
おもしろい例えですね!!
意識の海の中にうじゃうじゃと消極的感情が湧き起こっていく様がイメージされていきます。
どうやったら四斗樽にいっぱいに湧いたぼうふらをなくすことができるのだろうか^^^また明日が楽しみです。

2008/07/13(Sun) 07:15 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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