2008年07月09日 (水) | Edit |
H. サダーティッサ著 桂紹隆・桂宥子訳「ブッダの生涯」立風書房より(18)


〈正命〉とは、私たちが生活の糧を得る際に、ブッダの教えに
反する仕事や活動に従事してはならないということである。

したがってあらゆる欺瞞や搾取、他人に害と不公平をもたらす
ことは、すべて避けられねばならない。

五種類の商品、すなわち武器、生物、肉、酒、毒を商うことは
特に禁じられている。

また、兵士、猟師、漁師といった職業や、高利貸し、売春、
占いも禁じられている。


もちろん、人は生活しなければならない。しかし、仏教徒の理想は
出家生活であり、物質に執着しない生活であるから、たとえ家族や
仕事上の責任があっても、その生活はできるだけ簡素でなければな
らない。正命も、正見、正精進、正念と関連している。

〈正精進〉は気高い性質を養い、下品な性質を矯正することである。
これは四つに分けられ、八正道の残りのものを成就させる道徳的
鍛錬である。

この鍛錬を行なうことにより、仏教徒はいわゆる〈十の完成〉、
つまり、気まえのよさ(布施)、倫理的な高潔(持戒)、俗世の放棄、
智慧、活力(精進)、忍耐(忍辱)、正直、決意、慈悲、平等視を得る
ことができる。

〈正念〉とは、悟りに向かうための知的認識の発展である。
ここで私たちはより高いレベルの仏教哲学にかかわることになる。

しかし簡単にいえば、正念とは重要なものを認識し、かつまどわさ
れないように、物事が見極められるよう心を鍛錬することである。
一種の霊的直感というものかもしれない。

ここでは、四種の経験領域が区別される。すなわち、身体、感情、
心、そして心に浮かぶ観念である。これら正念の四基盤を正しく
考慮するならば、〈悟りの七つの要素〉〈七覚支〉が完成される。

それはおおよそのところ、注意(念)、法(ブッダの主要な教え)の
研究(択法)、活力(精進)、歓喜(喜)、平穏(軽安)、精神集中(定)、
平等視(捨)にあたる。

〈正定〉とは八正道の最終段階、瞑想の実践である。
それは事物の無常性の完全な理解、涅槃へ人を導くものである。
瞑想は他の活動と同様に、修行と訓練を必要とする。

安定した、穏やかな呼吸が望ましく、こころが平穏に集中するよう
努める。そして、気まぐれな考えがしのび込んだときには、必ず
根気よく追い払うべきである。

習いはじめには、精神集中を助けるために数をかぞえたり、呪文を
くり返したりするような工夫を用いるとよい。

なお、瞑想を実践する前に、取り除くか、少なくとも弱めておくべき
五つの心的障害がある。愛欲、悪意、怠惰、心配、懐疑である。

この他にも、ブッダは五人の弟子に多くのことを説明した。
たとえば、〈無我〉の教えも説いている。

無我の教えは、少なくとも表面上は多くの他の宗教と矛盾し、
果たして厳密な意味で仏教が宗教と呼べるかどうかという疑問を
引き起こすものである。

しかし、仏教の本質は八正道にある。
後にわかるように、ブッタ自身、哲学的な議論のための議論を
好まなかったのである。



次回につづく


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テーマ:宗教・信仰
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