2008年07月06日 (日) | Edit |
H. サダーティッサ著 桂紹隆・桂宥子訳「ブッダの生涯」立風書房より(15)


ブッダは布教活動をはじめようとする。

まず最初に誰に教えを説こうか、
いちばん早く理解するのは誰だろうかと自問した。

ブッダの心は、かつての師であるアーラーラ・カーラーマ
にかたむいた。彼はすでに、悟りへの道をはるかに登りつめて
いる賢者であった。

ところが残念なことに、すでにアーラーラ・カーラーマは
この世にいなかった。ブッダは、ラーマの弟子のウッダカ
のことを思い出した。しかし、彼もまた亡くなっていた。


ついにブッダは、五人の友のことを思い出した。
ひとりで悟りを求めるために彼らと別れるまでは、
厳しい苦行を共にした仲であった。

五人はまだ、約百マイル離れたベナレスの近くのイシパタナ
という鹿園にいた。その地を目指して、ガウタマは長い旅に
出たのである。

何日間も歩いた後ある夕暮れ、ブッダは鹿園にたどり着いた。
近づいて来る彼を見て、五人が驚いたのは言うまでもない。

しかし、別れたときに抱いた軽蔑と憤りの念を誰も忘れては
いなかった。だからブッダが歩み寄って来たとき、馬鹿にし
て言い合った。

「おや、名前だけの苦行者、ガウタマがやって来るじゃないか。
禁欲生活に我慢できず、安楽な生活の誘惑に負けた贅沢な奴さ。
あんな奴のことなんか無視しよう。

挨拶したり鉢や着替えを受け取ったりする必要はないぞ。
来たければ来てすわってもよいが、かまってやるほどの
値打ちもない。」

しかし、ブッタが近づくにつれて、五人は彼の変化に気づき
はじめた。これまで見たこともないような、堂々とした威厳が
漂っていた。五人の敵意は知らず知らずのうちに消えていた。

五人はただちに挨拶に行き、ひとりが恭しくブッダの鉢と衣を
取り、もうひとりは座席をととのえ、三人目は足を洗う水を
急いで取りに行った。

その夜、ブッダは最初の説法を行なった。
それは〈真理の輪の回転〉(初転法輪)として知られており、
仏教史上に重要な位置を占めている。

まず最初にブッダの教えの意味を完全に把握したのは、
もともとシッダールタの悟りを予言していたコンダンニャであった。
彼が完全に理解したとき、「コンダンニャが悟った! コンダンニャ
は悟ったぞ!」と叫んだ。

しかし、教義を完全に説明するのに、その夜からなおしばらく日時が
費やされたのはいうまでもない。ふたりの僧が托鉢に出かけている間
に残った三人に教えを説き、

逆に、三人が出かけている間には残ったふたりに教えを説くという
ふうにして、ついに五人は完全に教えを習得したと、後にブッタは
述べている。



次回につづく


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ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
初転法輪
初転法輪(しょてんぽうりん)とは、
釈迦が菩提樹下で悟りを開いた後、ヴァーラーナスィーのサールナート
(鹿野苑)で元の5人の修行仲間に初めて仏教の教義を説いた出来事を指す。

このとき説かれた教えは、中道とその実践法たる八正道、
苦集滅道の四諦、四諦の完成にいたる三転十二行相、
であったとされる。

中道(ちゅうどう)とは、
仏教用語で、相互に対立し矛盾する2つの極端な概念に偏らない
自由な立場による実践(仏道修行)をいう。

たとえば、厳しい苦行やそれと反対の快楽主義に走ることなく、
目的にかなった適正な修行方法をとることなどが中道である。

釈迦は、六年間にわたるる厳しい苦行の末、いくら厳しい苦行をしても、
これでは悟りを得ることができないとして苦行を捨てた。
これを中道を覚ったという。

釈迦は、苦行を捨て断食も止めて中道にもとづく修行に励み、
遂に目覚めた人(=仏陀)となった。



ボロブドゥールのレリーフ、やまんばさんに喜んで頂いて
よかったです。ジャワ島のボロブドゥールまだ行っていないです。
近くのバリ島には行ったんですけどね。残念。

ボロブドゥール寺院遺跡群 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%AD%E3%83%96%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%AB%E5%AF%BA%E9%99%A2%E9%81%BA%E8%B7%A1%E7%BE%A4

2008/07/06(Sun) 20:31 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
誰に教えを説こうか・・・
一番早く理解するのは誰だろうか・・・自問した。^^^^

ろくろくさんの昨日のコメントの中

かれらは心の解脱を具現し、また智慧の解脱を具現する。かれらは(輪廻を)消滅させることができる。
かれらは生と老いとを受けることがない。

(やまんばもそうなりたいなあ・・・・)

ボロブドォールの回廊レリーフをみせていただきました。多くのかたがこの前に立って、お釈迦様の悟りまでの道のりを知ったり、黙想されたことでしょう。彫る人ももくもくと彫ることによって、お釈迦さまの道を共に歩かれたことでしょう。やまんばも虫眼鏡で見ながら、「なんだか登場人物みんな、楽しそうだなあ^^^^」と思いながら見させていただきました。
ありがとうございました。


2008/07/06(Sun) 08:16 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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