3 真理の発見(成道) Discovery (5)
H. サダーティッサ著 桂紹隆・桂宥子訳「ブッダの生涯」立風書房より(14)
ガウタマが長年求めてきた目的に達する時が、
ついにやってきた。
経典に記されているところによると、
その日の出来事は単に象徴的な意味だけでなく、
不思議な静けさと威厳に満ちている。
供物を受け取ると、ガウタマは近くのネーランジャラー川
へ行き、岸辺に器を置いて、沐浴のために川に入った。
それから岸辺にもどってすわり、膝の上に置くと、
仏性(悟り)を求める者としては最後の食事をとりはじめた。
食事を終えると手を洗い、器を水に浮かべて言った。
ガウタマが長年求めてきた目的に達する時が、
ついにやってきた。
経典に記されているところによると、
その日の出来事は単に象徴的な意味だけでなく、
不思議な静けさと威厳に満ちている。
供物を受け取ると、ガウタマは近くのネーランジャラー川
へ行き、岸辺に器を置いて、沐浴のために川に入った。
それから岸辺にもどってすわり、膝の上に置くと、
仏性(悟り)を求める者としては最後の食事をとりはじめた。
食事を終えると手を洗い、器を水に浮かべて言った。
「もしきょう、私が悟りをひらくなら、この金の器が川上に
向かって流れますように。」
すると器は川上へ流れた。
それから一日、ガウタマは岸辺の森でくつろいだ。
夕方になると、ガウタマは立ち上がり、菩提樹に向かって歩き
はじめた。(この木もインドの聖なる木であり、〈悟りの木〉と
して知られている。)その木を、ガウタマは偉大な瞑想の場とし
て選んだのであった。
途中、ソッティアという草刈に出会い、クサ草を少しわけて
もらった。この草も神聖なものとみなされ、バラモンたちに
敷物として使われていた。
ガウタマは菩提樹の下にこの草を敷き、東の方に顔を向け、
瞑想の姿勢をとってすわった。
かくして、偉大な瞑想境(トランス)がはじまり、
ウェサク月の満月の日、ガウタマは〈完全に悟りをひらいた者〉、
ブッダとして立ち現われるのであった。
ガウタマの瞑想の過程は、古い経典にくわしく述べられている。
まず彼は、悪魔に姿を変えたいろいろな俗世の誘惑と対決する。
このエピソードは、荒野で悪魔に誘惑されるキリストの話を
思い起こさせる。
次にガウタマは、さまざまな禅定の段階を経て、限りなく繰返し
てきた前世を思い出し、物がいかに生滅するかを熟考した。
心が清らかになると、次に煩悩の本質、いかにして煩悩が生じ、
いかにして断たれるかを考察した。
そうして、肉欲、生への執着、無知などのさまざまな煩悩を
心から取り去り、ついに長年探し求めた解脱に到達したのである。
「そのとき、私の輪廻は終わった。私にとって、俗世はもはや
価値のないものとなった。」と、ガウタマは後にみずからの体験
を述べている。
ある伝承によると、ガウタマはこの瞑想境(トランス)の中で、
七日間過ごし、陽が昇り、ウェサク月の満月が沈むとき、
そこからブッダとして立ち現れたという。
その後しばらくの間、瞑想の場を与えてくれたことを感謝して
菩提樹を見上げたり、その前を行ったり来たりしながら、
木の近くで時を過ごした。
他にも、象徴的な意味をもつ多くの出来事が、
この間に起こったと伝えられている。
ガウタマが悟りに達したすぐ後に、タプッサとバルッカという
二人の商人が通りかかる。菩提樹の下にすわっているガウタマ
を見て、ふたりは麦粉と蜂蜜で作った食物を供養する。
食後、ブッダは自分の体験をふたりに話した。するとふたりは、
ブッダの最初の在俗の弟子、つまり最初の仏教徒となったので
ある。時に、ガウタマ三十五歳のことであった。
次回につづく
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向かって流れますように。」
すると器は川上へ流れた。
それから一日、ガウタマは岸辺の森でくつろいだ。
夕方になると、ガウタマは立ち上がり、菩提樹に向かって歩き
はじめた。(この木もインドの聖なる木であり、〈悟りの木〉と
して知られている。)その木を、ガウタマは偉大な瞑想の場とし
て選んだのであった。
途中、ソッティアという草刈に出会い、クサ草を少しわけて
もらった。この草も神聖なものとみなされ、バラモンたちに
敷物として使われていた。
ガウタマは菩提樹の下にこの草を敷き、東の方に顔を向け、
瞑想の姿勢をとってすわった。
かくして、偉大な瞑想境(トランス)がはじまり、
ウェサク月の満月の日、ガウタマは〈完全に悟りをひらいた者〉、
ブッダとして立ち現われるのであった。
ガウタマの瞑想の過程は、古い経典にくわしく述べられている。
まず彼は、悪魔に姿を変えたいろいろな俗世の誘惑と対決する。
このエピソードは、荒野で悪魔に誘惑されるキリストの話を
思い起こさせる。
次にガウタマは、さまざまな禅定の段階を経て、限りなく繰返し
てきた前世を思い出し、物がいかに生滅するかを熟考した。
心が清らかになると、次に煩悩の本質、いかにして煩悩が生じ、
いかにして断たれるかを考察した。
そうして、肉欲、生への執着、無知などのさまざまな煩悩を
心から取り去り、ついに長年探し求めた解脱に到達したのである。
「そのとき、私の輪廻は終わった。私にとって、俗世はもはや
価値のないものとなった。」と、ガウタマは後にみずからの体験
を述べている。
ある伝承によると、ガウタマはこの瞑想境(トランス)の中で、
七日間過ごし、陽が昇り、ウェサク月の満月が沈むとき、
そこからブッダとして立ち現れたという。
その後しばらくの間、瞑想の場を与えてくれたことを感謝して
菩提樹を見上げたり、その前を行ったり来たりしながら、
木の近くで時を過ごした。
他にも、象徴的な意味をもつ多くの出来事が、
この間に起こったと伝えられている。
ガウタマが悟りに達したすぐ後に、タプッサとバルッカという
二人の商人が通りかかる。菩提樹の下にすわっているガウタマ
を見て、ふたりは麦粉と蜂蜜で作った食物を供養する。
食後、ブッダは自分の体験をふたりに話した。するとふたりは、
ブッダの最初の在俗の弟子、つまり最初の仏教徒となったので
ある。時に、ガウタマ三十五歳のことであった。
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