2008年06月08日 (日) | Edit |
H. サダーティッサ著 桂紹隆・桂宥子訳「ブッダの生涯」立風書房より(7)


「チャンナ、これは珍しいことなのか。
それとも、誰にも起こることなのか。」

「病気にならない人はいません、ご主人様。」
と、チャンナは答え、安心させるつもりでつけ加えた。

「しかし、食事に注意し、からだを清潔にし、
よく運動すれば、健康でいられるでしょう。
心配することはありません。」

王子は叫んだ。
「心配する必要がないだと! 先日は老いの恐怖をまのあたりにし、
きょうは、この男のようなみじめな状態を誰もが避けられないと
知った。ああ、なんということだ!」


前回と同じように遠乗りを切り上げシッダールタは、沈痛な思いで
宮殿にもどった。

三度、シッダールタとチャンナは遠乗りに出かけた。
このときふたりは、葬儀の行列に出会った。

会葬者たちは胸をたたき、声をはり上げて泣いていたが、
運ばれていく遺体はそれと対照的に、まるで彫像のように
じっと元気なく横たわっていた。

チャンナは、シッダールタのいつもながらの質問に答え、
さらに続けた。

「ご主人様、死は生命の終わりです。生命が終わるとき、
それが死なのです。老衰のために、もはや活動しつづけられ
ないとき、肉体は死にます。

さもなければ、病気になって死ぬのです。呼吸が止まり、
心臓が鼓動しなくなります。しかし、これは不思議なこと
ではありません。誕生と同様に、ごくあたりまえのこと
なのです。

すべて生命あるものは、遅かれ早かれ死ななければならない
からです。これが物の常であり、どうすることもできません。
だから、死について思い悩んでもしかたがありません。
せいぜい長生きすることをお望み下さい。」

シッダールタはこのことと、先の二つの出来事について深く考えた。
そして、父王の誤った心配のために、長年隠されてきたこれらの
不快な事実が、物の本質であることに気がついた。

人生はまさしく苦である。王子は、このディレンマから抜け出す
方法がないかと考えはじめた。

「私の愛する人びとも、私自身も、この老齢、病気、死の暴虐に、
何の手だてもなく耐えなければならないのか。」
王子は、ふたたび宮殿にもどりながら自問した。

四度、そして最後の遠乗りをシッダールタとチャンナはくわだてた。
これまで同様、見慣れぬ光景がシッダールタを待ち受けていた。
しかし、今回は絶望的なものではなかった。

剃髪した男が軟らかい朝日に輝くオレンジ色の衣をまとい、
鉢を手にして素足で立っていた。その表情は穏やかで、
物思いにふけっているようであり、まなざしはうつむきかげんで
あった。

まるで、心静かに、楽しい思いにひたっているかのようであった。
シッダールタは馬を停めて、チャンナにたずねた。

「あれは誰だ。人間なのか、それとも神なのか。まるで、この世の
悲しみや喜びと関係がないかのように落ちつき、悠々と立っている
ではないか。」



次回につづく


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テーマ:仏教・佛教
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