2008年06月02日 (月) | Edit |
H. サダーティッサ著 桂紹隆・桂宥子訳「ブッダの生涯」立風書房より(1)


紀元前六世紀、今日のインドとネパールの国境に近い
ヒマラヤのふもとに、サキャ族という王族が治める、
小さな国が栄えていた。

その都はカピラヴァストゥとよばれ、
周辺には小さな村や町が点在していた。

王国の南にはコーサラ国があり、
さらに南方にはマガタ国があった。

これは、今日のインドではビハール州、ラージギル
あたりに相当する。東にはコーリヤ国があり、
サキャ族の王、スッドーダナの后、マハーマーヤー
王妃はこの国から嫁いできたのであった。


紀元前560年、サキャ族は大変な興奮につつまれていた。
マハーマーヤー王妃が懐妊されたのである。身ごもった婦人
は実家に帰ってお産をするのが、当時の習慣であった。

やがて時いたり、王妃が隣国の父のもとへ旅立つ準備が整え
られた。王は兵士を先発させ、王妃は護衛や家来を大勢
したがえて、飾りたてたかごに揺られて出発した。

コーリヤ国へ向かう途中、一行はルンビニー園と呼ばれる
庭園のそばを通りかかった。王妃は木々や花々にうっとり
とし、少し休息するように命じた。

ほんのしばらくのつもりであったが、葉が茂り、花も満開の
芳しいサーラの木陰で横になっているうちに、陣痛がはじまり、
王妃は男の子を出産した。

もうコーリヤへ旅を続ける必要がなくなって、
一行はカピラヴァストゥにもどり、
生まれた王子は歓呼のうちに迎えられた。

得意満悦の父王は、男の子をシッダールタ
(望みのかなえられた者)と名付けた。

以上が、パーリ経典にみられる、ブッタの誕生にまつわる物語
の大筋である。過去二千五百年以上にわたって〈悟りを開いた者〉
〈完全なるもの〉〈ブッダ〉として多くの尊敬を集めてきた方は、
こうして誕生したのであった。

ブッタが誕生した日――ウェサク月(太陽暦の五月)の満月の日――
は、仏教徒の間で三重に神聖な日とされている。この日はブッタが
誕生し、悟りをひらき、入滅した日なのである。

ブッタ出生の物語は、その生涯、わけても幼い頃のことを描いた
数多くの物語に見られるように、伝説的、象徴的要素に富んでいる。

それらの物語から幻想的で不思議な色彩をとりのぞき、歴史的な
出来事だけをとり出すことはできないであろう。またそんなことを
しても、あまり意味はない。

ブッダの教えと、その生涯のもつ本質的な意味は明瞭である。
それ以外の細かいことは、実際には経典に記されたとおりに
起こらなかったかもしれないが、

それに近いことが起こっても不思議ではないという
象徴的な意味をもつのである。



次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
ブッダの生涯
「ブッダの生涯」については、日本人であればご存知の
方がほとんどだと思います。しかし、今回タイピング
させていただく機会を持ちまして、再認識したことが
色々とありました。

一つは、お釈迦さんが庶民の出ではなく、小さな国とは
いえ、国王の跡取り息子として生まれ育ったということが、
とても大きなインパクトであったんだなあと思います。

当時お釈迦さんと同じ様に悟った人が何人かいたかも知れ
ません。しかし、大変恵まれた環境に生まれ育った王子様が
物質的なものに満足できずに出家して、悟りを開いたという
ことに大きな意味があったんだなあと思うのです。

二つには、おおよそ二千五百年前のインドでは、すでに、
出家して修行をする人たちが沢山いて、そうした修行僧が
托鉢をすれば、ちゃんと食べ物などをお布施してくれる環境
があった、ということです。

当時のインドはとても豊かだったんですね。


2008/06/02(Mon) 17:42 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
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