2008年06月01日 (日) | Edit |
ラマナ・マハリシ著 山尾三省訳「ラマナ・マハリシの教え」めるくまーる社より(20)


1 知識を達成した状態とはどのようなものでしょうか?

自己の内に、努力せずして堅固に在る状態である。
自己と一つのものになった心は、どんなときにも
再び以前のように立ち現れることはない。

すべての人々は、自然にいつでも「自分は山羊ではなく、
牛ではなく、その他の動物でもなく、人間である」と
思っている。

それと同じように、知識を達成した人は、自分の肉体に
ついて想いを馳せるときでも「この自分は身体とともに
始まる原理(タットヴァ)ではなく、

音声(ナーダ)とともに終わるものでもなく、存在-意識-
至福の自己である」と思っている。


このように自分を本来の自己-意識(アートマ・プラジュニャー)
と知るとき、人は堅固な知識に到達したと言われる。


2 聖者(ジュニャーニ)は、知識の七つの段階(ジュニャーナ・ブーミカ)
のどこに属すのでしょうか?

彼は第四番目に属する。

(原注)
知識の七つの段階(ジュニャーナ・ブーミカ)とは以下のとおり。

①シュベッチャー=光明への発願
②ヴィチャーラナ=探究
③タヌマーナサ=微細な心
④サトワーパティ=自己実現
⑤アサンシャクティ=無執着
⑥パダールターバーヴァナ=対象物を認識しないこと
⑦トゥリャーガ=超越

このうち、終わりの四つのブーミカに到った人はそれぞれ、
⑦ブラーマヴィッド・ヴァリシュタ、
⑥ブラーマヴィッド・ヴァリア、
⑤ブラーマヴィッド・ヴァラ、
④ブラーマヴィッド、と呼ばれる。


3 だとすれば、その後にさらにすぐれた三つの段階がある
のはなぜでしょうか?

第四段階から第七段階までは、それぞれ解脱した人
(ジーバンムクタ)の経験による違いである。

これらは、知識および解放の段階ではない。
知識と解放に関するかぎり、これらの四段階には
いかなる違いもない。


4 解放は四段階のすべての人に共通に与えられているのに、
なぜヴァリシュタ(最もすぐれた段階)だけが過分に称賛され
るのでしょか?

ヴァリシュタに共通の至福経験に関して言えば、
彼はただその前世に得られた特別の美徳によって称賛される。




次回につづく


↓↓↓あなたの応援↓↓↓(1日1クリック)お願いします。

にほんブログ村 哲学ブログへ人気blogランキング精神世界 ランキング



スポンサーサイト
テーマ:宗教・信仰
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
ラマナ・アシュラム
ラマナ・マハリシが亡くなる1950年4月14日まで実際に住んでいた
アシュラムが、現在も活動を続けていて実際に滞在することも
そこで瞑想することもできるようですね。

しかし、セミナーもレクチャーもワークショップも全くない
のだそうです。

なぜならばここは何かしらを「達成・獲得」するためではなく、
ラマナ・マハリシの教えの本質である「私とは何か」を探求する場所
だから・・・ということだそうです。

こうしたラマナ・アシュラムに詳しいサイトがありましたのでその一部を
転載させていただきました。

詳細は「ラマナ・マハリシに関心のある全ての方々へ・・・・・」
のサイトアドレスを下に載せましたので直接どうぞ。



南インド最大の都市チェンナイ(旧マドラス)から南西200km、
ティルヴァンナマライという町があります。

そこには南インド最大級の聖地であるアルナーチャラ山があり、
その麓にあるSri. Ramanasramam は現在も活動を続け、
世界各地から信奉者&求道者たちを受け入れています。

アシュラムは1922年6月に創建され、ラマナ・マハリシは彼のマハー・ニルヴァーナの時(1950年4月14日午後8時47分)までここに居住されました。以降このアシュラムには後継指導者がいない・・・?という他にはあまり例を見ない特色があります(普通は開祖が亡くなれば、組織防衛の必要もあって高弟などが2代目を引き継ぐのがほとんどです)。

そのために、ここに来て指導者がいないと聞いてがっかりする人もいるようですが、確かにグル不在のアシュラムなどは何の意義もない,ただの歴史的遺物でしかありません。

しかしこのアシュラムにはもちろんグルはおられるのです!

生前解脱した聖者にとって、死とは単に「肉体という衣」を脱ぎ捨てただけだとされており、そういう背景のもとに、ここでは死後50年以上経過した現在であっても、あくまでラマナ・マハリシがサット・グルであるからなのです(これを可能としているのはアルナーチャラ山の、とてつもない超越的聖性というべき力であろうかと思います)。

彼は死の少しまえに「人は私が去ろうとしていると言う。しかし私がどこへ行く事ができるというのだ。私はここにいる。」と述べていますし、亡くなった瞬間に上空に巨大な光の玉が出現し、アルナーチャラ山の頂上に向かって飛んでいった!!というエピソード(当時の目撃者がまだ少なからず存在しています)が彼の現存の証左でしょう。

 
つまりマハリシは人の姿という肉体は捨てられたが、シヴァ神そのものであるアルナーチャラ山と完全に融合・一体化して、現在もここにおわします!という事なのです。


http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/ramanasramam-holder/ramanasramam01.htm


ラマナ・マハリシウェブサイト(英語)
http://www.sriramanamaharshi.org/index.html

ラマナ・マハリシウェブサイト(Yahoo!ウェブ翻訳 )
http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,eCR-EJ,bT,hT,uaHR0cDovL3d3dy5zcmlyYW1hbmFtYWhhcnNoaS5vcmcvdGVhY2hpbmdzLmh0bWw=,qlang=ja|for=0|sp=-5|fs=100%|fb=0|fi=0|fc=FF0000|db=T|eid=CR-EJ,kc5b4280c3fa783e3c036a3aea500f6c9,t20080602050829,


2008/06/01(Sun) 18:03 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック