2008年05月29日 (木) | Edit |
ラマナ・マハリシ著 山尾三省訳「ラマナ・マハリシの教え」めるくまーる社より(17)


26 聖者も、その過去のカルマが現在の活動の源になっているわけ
ですが、彼の現在の活動によって起こる印象(ヴァーサナ)は、
未来においてやはり影響力を持つものでしょうか?

すべての潜在的傾向性(ヴァーサナ)から自由になった人だけを、
聖者と言う。活動性にまったく影響を受けない者が、
どうしてカルマに縛られようか。


27 ブラーマチャリアの意味は何でしょうか?


ただブラフマンを探究すること、
そのことのみがブラーマチャリアと呼ばれるべきである。


28 人生の四住期(アーシュラマ)に従ってブラーマチャリアを
実践することは、知識を得る方法でしょうか?

学生期(ブラーマチャリア)には、感覚の制御等の知識のための
さまざまな方法が課されているので、学生期の者(ブラーマチャーリン)
がそれを正しく実践することは、進歩のために大変役立つものである。


29 人は、学生期(ブラーマチャリア)からいきなり苦行期
(サンニャーサ)に入ることができるのでしょうか?

その資格のある人は、ブラーマチャリア等の決められた道を
形式的に歩いてゆく必要はない。自己を実現した人には、
人生の四住期の区別はない。どの住期も、彼の助けにはならず
妨げにもならない。


30 修行者(サーダカ)が、カーストや四住期の決まりを無視すると、
失うものがあるでしょうか?

知識を達成すること(アヌシュターナ)は、他のすべての行いの至高の
目的である。四住期のいずれかにあり熱心に知識を求める人にとっては、
その住期に定められた規則に従わねばならぬということはない。

カーストや四住期の規則に従うことは、世間の良識に従うということ
である。それを守ったからとて何の恵みもないが、破ったからとて失う
ものは何もない。



次回につづく


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テーマ:宗教・信仰
ジャンル:学問・文化・芸術
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「ラマナ・マハリシの言葉」から
『 自己を知るためには,「私は誰か」という問いで自己を尋ねる知識の道が最も重要な方法である.』

『 七つの気まぐれな部分から成るこの粗大な身体,私はそれではない.五つの感覚器官,私はそれではない.五つの能動的な器官,五つの生気,それらは私ではない.ものごとを考える心すらも,私ではない.
 今述べたことのすべてを「これではない」,「これではない」と否定し去った後に,ただひとつ残る自覚,それが私である.』

『 「見られているもの」である世界がぬぐい去られたとき,「見るもの」である自己の実現がやってくるだろう.』

『 (人の行為は来世に影響を与えるのでしょうか?)あなたは今これから生まれるのかね.なぜ次の生のことなど考えるのだ.誕生もなく死もない,これが事実である.』

『 自己実現した霊の力は,すべてのオカルトの力より遥かに強力なものである.聖者の内にエゴがなければないほど,彼にとって「他者」というものはない.あなたに与えられうる最高の利益とは何だろうか?それは幸福である.幸福は平和から生まれる.平和は障害物のないところにだけ行きわたることができる.障害は,心の内に起こる想いによって生じる.心そのものが空になるとき,完全な平和があるだろう.人は,その心を絶滅しないかぎり,平和を得ることも幸福であることもできない.そして,彼自身が幸福でないかぎり,他者に幸福を与えることはできない.心を持たない聖者にとって「他者」というものはないにもかかわらず,彼の自己実現という事実そのものが「他者」をじゅうぶんに幸福にするのは,そういう理由からである.』

『 もしあなたが真理を求め,真理のみを求めるならば,世界を非現実のものとして受け入れる以外には方法がない.なぜなら,あなたが世界は実在であるという考えを棄てないかぎり,あなたの心は世界を追い続けるだろうという,単純な理由からである.』


2008/05/29(Thu) 22:09 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
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