2008年05月22日 (木) | Edit |
宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (30)


われわれの生命の生きているのは、
三つの条件が働くためだということは、
生理学上の通念であります。

息を吸うことと、
栄養を吸収すること、
老廃物を排泄すること、

この三つの条件が生命の火を燃やす。
科学的にいうと、新陳代謝の作用で
おこなう条件になっている。

それをおこなうのは何かというと、
心なのでありますが、たいていの人は
このことに気がついていない。


この三大条件は五臓六腑がおこなっていると思っている。
胃だ、肺だ、肝臓だ、腎臓だというふうに、五臓六腑が
おこなっていると思っている。

もちろん、直接には五臓六腑であります。しかし、この
五臓六腑は、難しい言葉でいうと、オートマチックな力を
持っていない。自分自身で働く力はない。

どんなに毛の生えている心臓であろうと、どんなに大食い
な胃の腑であろうと、あやつり人形と同じであります。
あやつり人形は自分で働く力はありゃしない。

五臓六腑はあやつり人形と同じように、
それをあやつる糸ともなるべきものがある。
それが神経系統であります。

もっとわかりやすい話をしようか。
あなた方、腹が減るだろう。
なにか食いたい気持ちが出るね。

腹が減るというのは、あやつり糸の中の植物神経が、
中枢神経を通じて、動物性神経の本拠である大脳に、
いま消化器官の中に栄養素がないよ、と通知する。

それが腹が減ったという感じなんだ。
空腹をうったえて来たときに、心が何か食おう、
という感じになる。

食おうという感じが出るから、食い物を探しだす。
それを目の前に運ぶ、口に運ぶというのが運動神経。
心が運動神経に、それ、口へ持っていけと命令をする。

どんなあわて者でも、臍へ持って行けとは言わない。
笑うけれども、ほんとうのことを言っているんだ。

口の中へはいるってェと、何も特別に注意されなくても、
直ちに上顎下顎がうんどうを始める。咀嚼運動をね。

学者というものはいやだね。口に入れたら噛みだすよ、
でいいんだけれども、そういうと値打ちがないように
思うんだよ。咀嚼運動。上顎下顎の自然運動をする。

アンニャモンニャとやっているうちに、嚥下を自由にする
ために、呑み込みやすくするために、あら不思議なるかな、
何も考えていなくても、舌の根から唾なるものがじくじく
と湧いて出る。

いきんで出す必要も何もない。自然に出てくる。自然に出て
くるのは植物神経が、噛みだしたかい、そんなら呑み込み
いいように唾やろうというんで、唾を出してくれる。

どんな間抜けな奴にでも、植物神経がある。呑み込みやすく
なると、嚥下作用というものが起こる。それが起きなかったら、
呑み込めないんだよ。

これがまた、苦もなく呑み込めているものだからさ、
そういうおかげがあるなどとは思いもしない。
生命の本能の中に、生存確保の自然作用があるんだよ。




次回につづく


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