2008年05月20日 (火) | Edit |
宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (28)


そうかといって、私は生まれながらの郵便配達
でもなければ、車ひきでもないんだ。

それじゃ、毎日毎日駆けてるのかというと、
そうではありません。毎日、足ぶみしている。

朝起きてからすくなくとも五百回くらいは、
オッチニ、オッチニとやっています。

面倒くさいと思ったら、生きているのを
やめちまう方がいいんだ。

どうせ人間生きているうちは、
何かしなければならないとしたら、
自分の体のためになることをした方がいいだろう。


足ぶみするだけでも、その結果が足の持久力になる。
いわんや、まして、いろいろと訓練的に積極化する
方法があるのを、多くの人が気づいてないだけだ。

それを私が教えてあげる。

私の体は胸に大きな穴が二つあいている。
満足な体じゃないんであります。

その大きな穴の二つあいている体が、どこかから、
病み呆けてでもいるように見えますか。

体重は十七貫五百あります。自分自身でも、
何にもわずらっているような気がしない。

しかも医者からみるってェと、
ヒビの入ったコップであります。

ヒビの入ったコップは、
ポーンと叩けば割れちまう。

それと同じように、胸に大きな穴のあいている肺を
もっている人間に、一番さわるのはでかい声をだすこと。
それを私は毎晩やっている。四十何年もやっている。

いまにもひびが割れそうなものですが、いっこうに割れ
ません。それはなぜかというと、訓練的に積極化する
という、それをやっているからです。

いかなる場合があろうとも、
怠らずやっているからです。

会員はみなご承知だが、どんな冬の寒い日でも、
ひる前に私のところへお出でになった方は、
私がいつも真裸でいることを、真裸といっても
ズロースは穿いている。

真裸になるのは風呂へはいるときだけであります。
そのときおいでの方は、私が氷の張っている水風呂へ
はいいていることも、ご承知でありましょう。

それは私が訓練的に積極化するという習慣が、
自然に出来ているからです。はァ、あの冬の寒いときに、
氷の張っている水風呂におはいりになるんですか、という。

そういう人が自分で寒がっているだけである。
はいる本人は、寒いのを我慢してはいってやァしません。

もう馴れきっちゃってる私の体は、冬の氷の張ってる水の
中でも何とも思わないからはいるんで、

あれをいちいち寒がっていて、ああ寒そうだと思ったら、
その思っただけで患っちまう。訓練的に積極化した体が
あるがためであります。

これがいきなり、私が五年も十年も何もやらないで、
休ませておいた体で、いきなり演壇へ立たせてしゃべらせ
てごらんなさい。

二時間はおろか、一時間としゃべらないうちに、心臓麻痺
なり、あるいは呼吸切迫がきて倒れてしまうでしょう。

鍛えた体です。優柔不断に、ただ、あるがままに生きて
いるんじゃァ、長生きはできないんだよ。

生活の条件の中の肉体の、一番大事なことは、終始一貫、
いかなる場合があっても、訓練的に積極化して行く。
これで、心身統一の根本条件が具体化したんです。



次回につづく


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この記事へのコメント
正義の攻撃性
ドン・ミゲル・ルイスの「四つの約束」は
ある人からいい本だと紹介されさっそく購入しました。

昨日はネットで、色々な人の書評を読んで気に入った
ところをコピペしてご紹介させていただきました。

今日はまた別な人の書いたこの本の書評をご紹介させて
いただきます。が、このように断片的にご紹介するよりも
そのうち当ブログでまるまる掲載させていただくことに
なるかもしれません。



ドン・ミゲル・ルイスは、
私たちが通常持つ観念のほとんどが、
罪悪感によってできていると言います。

子供の頃から「~しなけれならない」と
“禁止”を言い渡された私たちは、
単にそのルールを学ぶだけでなく、
そのルールを破ることへの恐怖心を身につけます。

この恐怖心は、ルールの遵守が大切であることを
認識すると同時に、自分はそのルールを破るかも
しれない駄目な子だというイメージをも子供に負わせます。

ルールが大切であると学ぶと同時に、
恐怖心を植えつけられた私たちは、
自分はルールを守れない(かもしれない)いけない子だと
自分のことを思います。

この恐怖心が強すぎると、その子は、
自分はルールを守るに値しない駄目な人間だと思うようになり、
ルールを破ってしまう行動を取ってしまいます。

ルールを守らなければいけないと思うと同時に、
それを教える大人への恐怖心から、
自分はルールも守れない人間だと思うようになり、
やってはいけないことをやる人間になってしまいます。

しかし頭ではルールを破ってはいけないと分かっているので、
ますます自分はルールを守るに値しない駄目な人間だと思い込みます。



ドン・ミゲル・ルイスは、言います。

本当の正義とは、一度の過ちに対して、一度だけその償いをすることである。
不正義とは、これに反して一度の過ちに何度も何度も償いをすることである。



私たちは、自分は駄目人間だという観念から、つねに“過ち”を犯してしまい、
しかし大人(親)に教えてもらったことは自分は理解しているんだと証明するために、
何度でも何度でも自分をムチで打ち続けるのだといいます。

私たちは、間違いを犯すと、自分を責め、自分自身を罰する。
もし正義があるなら、それで十分であり、もう償う必要はない。

しかし、私たちは、自分たちの間違いを思い出すたび、
自分を責め、何度も何度も自分を罰するのである。

ドン・ミゲル・ルイスは、私たちの中にある、このような“正義の攻撃性”
の観念を手放したときに、私たちは世界の真実を見ることができることを教えます。
そのために彼は、「四つの約束」を守るよう私たちに求めます。


  正しい言葉を使うこと
  なにごとも個人的に受け取らないこと
  思い込みをしないこと
  つねにベストをつくすこと







2008/05/20(Tue) 21:26 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
ご用心ください
やまんばさんお元気そうで何よりです。
今回のように、コメントを書きたいときに
書かれることがよいと思います。

無理して書いたあなたのコメントはハチャメチャ
になってることがありますから、ご用心ください。

おそらくあなたの描かれる絵もそのようになっているのでは
ないでしょうか?


2008/05/20(Tue) 21:21 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
おはようございます。
やまんばは絵の制作を続けながら、毎朝一回ここに座り、読ませていただいています。
昨日の「四つの約束」は今のやまんばにとって、とても参考になりました。ろくろくさん、ありがとうございます。
一番出来る可能性があるのは、「常にベストを尽くす」です。
あとの約束は意識しながら、毎日の生活で訓練していくしかありません。が、なかなかむつかしいことだと思います。しかし、心がけていきます。
今、やまんばが毎日の生活で心がけようとしていることは、出はいりする言葉を、体の中にしばらく寝かせておくことです。時間が、直接的感情から離れさせてくれ、大切なことだけ口からでてくるように思えるからです。

「四つの約束」を守ることにより、私たちは心を変容させ、人生を変えていくことが出来る・・・とドン・ミゲル・ルイスさんは言っておられる。どんなに変化していくのか?とても楽しみです。

良いことを教えてくださって、ありがとうございました。

余談になりますが、昨日WOWOWで、「二人のベロニカ」を見ました。以前もみたことがあったのですが、心に残る映画でした。内容もよいのですが、途中の人形劇に登場する人形たちが生きてるようで、とても気に入りました。

2008/05/20(Tue) 08:42 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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