未済
河合隼雄著「老いのみち」読売新聞社より (80)
老人の知恵というとすぐに想起する書物に
「易経」がある。
三千年も昔に中国で書かれた書物であるが、
今読んでもまったく素晴らしいものである。
現在では「易」というと易者のする占いの
ことと考える人が多いと思うが、
「易経」はもともとそのようなことを意図
したものではない。
老人の知恵というとすぐに想起する書物に
「易経」がある。
三千年も昔に中国で書かれた書物であるが、
今読んでもまったく素晴らしいものである。
現在では「易」というと易者のする占いの
ことと考える人が多いと思うが、
「易経」はもともとそのようなことを意図
したものではない。
人間が自然現象を見るときに、
山は山、川は川、
と別々に見るのが普通である。
それをさらに細かく細かく分類していって
区別を明らかにし、それらの関係を明らかに
してゆく、という見方がある。
そのような見方を洗練していったのが西洋近代
に起こった自然科学である。
これに対して、山も川もすべてを全体として把え、
そこに自然の流れとでも言うべき姿を見ようとする
見方がある。
そのような見方によって把握した根源的なイメージが
易経のなかに描かれているのである。これはまさに
老人の知恵と呼びたい性格を持っている。
ところで、易経の六四番目の卦は「未済」で、
文字どおり未だととのわず、話はこれからという
イメージである。
そのひとつ前の六三は「既済」で、ものごとすべて
成るというイメージである。
何だか変な感じだが、よく考えてみると、「既済」を
最後に置かず、あえて「未済」をもって終わりとする
ところに古代の知恵のの深さが感じられるのである。
それにならって、本書も
「未済」をもって終わりにさせていただく。
完
↓↓↓あなたの応援↓↓↓(1日1クリック)お願いします。



山は山、川は川、
と別々に見るのが普通である。
それをさらに細かく細かく分類していって
区別を明らかにし、それらの関係を明らかに
してゆく、という見方がある。
そのような見方を洗練していったのが西洋近代
に起こった自然科学である。
これに対して、山も川もすべてを全体として把え、
そこに自然の流れとでも言うべき姿を見ようとする
見方がある。
そのような見方によって把握した根源的なイメージが
易経のなかに描かれているのである。これはまさに
老人の知恵と呼びたい性格を持っている。
ところで、易経の六四番目の卦は「未済」で、
文字どおり未だととのわず、話はこれからという
イメージである。
そのひとつ前の六三は「既済」で、ものごとすべて
成るというイメージである。
何だか変な感じだが、よく考えてみると、「既済」を
最後に置かず、あえて「未済」をもって終わりとする
ところに古代の知恵のの深さが感じられるのである。
それにならって、本書も
「未済」をもって終わりにさせていただく。
完
↓↓↓あなたの応援↓↓↓(1日1クリック)お願いします。







