2008年05月08日 (木) | Edit |
河合隼雄著「老いのみち」読売新聞社より (76)


最近は学校にいかない子どもが増え、
「登校拒否児」をどうすべきかがいろいろと
論じられている。

数年前のことだが、次のような子が居て、
深く印象に残っている。

小学四年生の男子。登校拒否ということで
心理療法を受けるために来談した。


治療者の前田供子さんが箱庭療法に誘うと、
箱庭をつくりはじめた(『箱庭療法研究2』)。

箱庭療法というのは、ただ箱庭をつくってもらう
だけなのだが、うまくゆくと――この例のように
――子どもの心の深い内容が表現され、

そのような創造活動を通じていやされてゆくので
ある。

この子は箱庭のなかに何の変ったところのない町の
風景をつくった。ところが、そのビルの上に十字架
をたて、前田さんが驚いていると、

「もうひとつつくる」と他の箱を横につけ、
そこには川向こうの世界へと、子どもをおぶって
橋を渡ってゆく老婆を置いた。

実はこの子の祖母が亡くなられ、そのときから
登校拒否がはじまっていたのだ。

箱庭療法の経過は省略するが、
それは祖母に死に対する「喪」の儀式を
行ったものと言ってよかった。

これは治療者に深い感動を与えるものであった。
この子はその後、登校をはじめた。

現代人は忙しすぎて、祖母の死に際し、「型どおり」
の式を済ますにしろ、本当の「喪」に服することが
少ないのではなかろうか。

皆が忘却しているなかで、この子どもだけが
学校を休んでまで喪に服したのではなかろうか。




次回につづく


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テーマ:哲学/倫理学
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
本当の「喪」に服する
祖父が亡くなった時は、「死」がとても怖くなって
しばらくの間一人では夜眠ることができませんでした。
そして、だれも私のように「死」を怖がってないのに
愕然としました。弱虫の自分が情けなくなったりしました。

その後、祖母が亡くなっても、父が亡くなっても
少しも悲しくはなく、子供のころのように怖くもなかった。

私は薄情な性格なのでしょうかね~
もっとも今かろうじて生きているヨレヨレの愛犬が死ぬと
なると、けっこうこたえるかもしれません。


2008/05/08(Thu) 19:37 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
服喪期間
昔も今も「忌の期間」は忌中(仏教)が49日間で50日目で「忌明け」となる。
その間は結婚式の出席や神社の参拝、年始参りもしない。


「喪の期間」は地方によってかなりの違いがあるようです。

明治時代は「服忌令」という法令により「忌の期間」「喪の期間」が
決められていたんですね。それによると「喪の期間」は


父母が亡くなったら13ヶ月間 子が喪に服する。

面白いのは、
「夫が亡くなったら13ヶ月間 妻が喪に服する」
のに対して
「妻が亡くなったら 90日間 夫が喪に服する」
明らかに女性蔑視ですね。

一年間は結婚式などのお祝い事を避けたり派手なことなどを慎むということのようですね。




2008/05/08(Thu) 19:20 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
喪に服す
家族であろうと他人と呼ばれる関係であろうと、深ければ深いほど、悲しみやさみしさが癒えていくには、時間がかかる。本人は自覚症状はなくとも、体がきちんと反応している。ショックで心と体のもっといえば、魂とのバランスが崩れているのだと思う。

父親が亡くなった後、呼吸するのが、一年くらいむつかしかった。詰まった感じがして、途中で意識して大きく空気を吸っていたのを覚えています。一人になると(普段と異なる世界に入る感じ)、涙があとからあとから 溢れてでてくるのでした。(自分でも呆れるほどでした^^。)あれが「喪に服す」ということなんだろうか。

この子の場合も。

なにかでけじめがつくのかもしれない。
なんらかの思いを残す・・・これが互いに消え去っていくことに時間がいるのかもしれない。
2008/05/08(Thu) 06:53 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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