2008年04月13日 (日) | Edit |
宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (11)


ですから、行く途中、約九十四、五日かかりました。
エジプトからヒマラヤのカンチェンジュンガまで
行くのに、

アラビア海岸の著名な港に寄っては二、三日泊まって
行くんですからね。カラチから上って、曳き船と
らくだの背中で行くんですから、全部で三ヶ月以上も
かかりました。

その間も、われわれの旅行の最後の目的地はどこなん
です、ってきいたことはない。普通ならきくでしょう。


こんなに日数をかけて、まだあなたの帰るべき目的地
へ着かないのは、いったいどこなんですか、あなたの
お国は、ときくのが当たりまえですね。

しかし、私はきかなかった。なぜきかなかったのかと
いうと、きいたってなんにもならないと思ったからだ。

知らないところを連れて行かれるのに、
その知らないところの名前を聞かされて、
どこがどこだか皆目わからないところをきいたって、

ままよ、どうせ地球の上のどこかへ行くんだろうという
わけで、その旅行中、まったく、なんにもきかなかった。

それがまた、相手には非常に気に入ったらしい。
私の心の中には、希望が炎と燃えていたわけです。
助けてやる。助かることを教えてやる、というん
ですからね。

ぜんぜん生きる望みを持っていなかった私に、
そういうことを伝えてくれた、この人の力を頼りに
するのは、人間として当然だと思ったのです。

ところが、行ってから一ヵ月経っても二ヵ月経っても、
教えようとはしてくれない。

旅行中は、君と僕で、自由に話が出来たのですが、一度、
彼氏の故郷の土地にはいってしまうと、主従以上、君臣
以上の隔たりが出来てしまったのであります。

そんなことはちっとも知らなかった。相手はその部落で
最高の地位を持っているブラマン族であります。私は部落
の最下級のスードラというものなんです。

スードラというのは、インドの言葉で言うと、奴隷ですよ。
奴隷でなければ、その部落にはいって行かれないんですから。

この最高の地位を持つブラマン族と、最下級のスードラとの
間に、なんと三つのセクションがあって、それが、非常に
厳密な階級で差別されている。

ブラマン族のすぐ下が王族であります。
普通の社会では王族が一番上ですが、そこの、部落だけは、
ブラマン族が神の族といって、王族以上のものとされていた。

王族の下に、クシャトリアというのがいる。普通の民族のこと
であります。そしてその下に奴隷がいるのかと思うと、
そうじゃなくて、こんどは馬や羊や豚や犬という、家畜なんで
あります。




次回につづく


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ジャンル:心と身体
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この記事へのコメント
神を信じる者は神を発見することはできない
「晩年、神の沈黙と不在に絶望し、孤独に苛まれていた事が、
死後公開された書籍内容によって明らかになった」

マザー・テレサさんは
カトリック教会の修道女でありその活動は高く評価され、
1979年のノーベル平和賞をはじめ、多くの賞を受けられた。

その晩年の心のうちがこのようであったことは、かなり
ショッキングなことであります。と同時に我々心を学ぶ者に
とって様々なヒントがあるようにも思われます。

タイム誌によりマザー・テレサらと共に現代の5大聖者に数え
られた、クリシュナムルティは次のように語っている。

「神を信じる者は神を発見することはできない」

「神とか悟りを開いた人にすがろうとするのは不安から逃れよう
とする精神の働きである」

「信念(神を信じるとか)への固執は真理の正しい知覚をもたらさないばかりか
人と人との間に争いをもたらす」という。


マザー・テレサとクリシュナムルティ、その気になればいくらでも
出会う機会はあったでしょうにね。残念なことです。





2008/04/13(Sun) 19:14 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
マザー テレサの言葉
主よ、わたしは信じきっていました。
わたしの心が愛にみなぎっていると。
でも、胸に手を当ててみて本音に気づかされました。
わたしが愛していたのは他人ではなく
他人の中の自分であった事実に。
主よ、わたしが自分自身から解放されますように

主よ、わたしは思い込んでいました。
わたしは与えるべきことは何でも与えていたと。
でも、胸に手を当ててみると、真実がわかったのです
わたしのほうこそ 与えられていたのだと。
主よ、わたしが自分自身から解放されますように

             マザー・テレサ

人の人生の中にはいろいろな時期があるのだと思います。昨日のろくろくさんのコメントで、マザー・テレサさんの晩年の心を知りました。でも、このやまんばでさえ、この方の言葉が小さな灯火となって、今も心の中に灯り続けているのです。

2008/04/13(Sun) 08:41 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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