2008年04月08日 (火) | Edit |
河合隼雄著「老いのみち」読売新聞社より (66)


七十歳を過ぎた年配の女性が相談に来られた。
長男の嫁の性格が悪いのでたまらない。
何とかならないかという相談である。

嫁の悪口を長時間お聞きした後で、私は、
「牛にひかれて善光寺参りのお話、ご存じですね。
お宅のお嫁さんはその牛ですよ」と申しあげた。

若い読者は「牛にひかれて善光寺参り」のこと
ご存じないかと思うので、少し説明しておく。


むかし、強欲なおばあさんが逃げてきた牛を見つけ、
つかまえて自分のものにしようと追いかける。

牛は逃げるがおばあさんは欲にかられて追跡。
とうとう信濃の善光寺までゆき、そこで牛は姿を消す。

おばあさんは当時の信仰の中心地に導かれて行った
わけで、そこで菩提心を起こして仏道に帰依をする、
という話である。

強欲で一途になっているうちに、
信仰の道に導かれるのである。

この女性は私の唐突な返事にキョトンとしておられたが、
何かを感じられたのか、そのあと続けてやって来られた。

嫁の悪いのを嘆かれ、何とかいい方法はないかと問われ、
私はいつも「いい方法などはありません」とお答えした。

こんなことの繰り返しのなかから、
この方はだんだんと宗教の世界に関心をもたれるようになり、
信仰の道を見いだしてゆかれた。

最初はこの方は「嫁」のことを問題にして来られたのだが、
私はそれを入口として、この方が老いや死の問題と取り組ん
でゆかれると直覚し、「牛にひかれて……」と申しあげたの
である。




次回につづく


↓↓↓あなたの応援↓↓↓(1日1クリック)お願いします。

にほんブログ村 哲学ブログへ人気blogランキング精神世界 ランキング



スポンサーサイト
テーマ:哲学/倫理学
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック