2008年04月07日 (月) | Edit |
河合隼雄著「老いのみち」読売新聞社より (65)


葬送行進曲というのがある。
偉い人が亡くなられると、

葬列がながながと続き、
葬送行進曲が厳かに奏される。

ところで、
ここで書こうとしているのは、
その葬送行進曲のことではない。

自分の「葬式」をどのようにするか
について考えたり、迷ったりしている
人はあんがい多い。


最近は新聞の死亡欄などをみていると、
故人の遺志により告別式の類は一切行いません、
などと書かれているものもある。

読者などの便りにも、自分はこのようにして、
お経や戒名などに関係ない式をやってもらう
つもりにしている、などといってこられたのも
あった。

ところで、ある時ラジオを聞くでもなく聞いて
いたら、どなたかが自分が死んだときの告別式
には、お経などは一切やめて、

この曲をかけて欲しいと思っている、
とモーツアルトの曲について言っておられた。

実は、私も告別式には、この曲をなどと、
モーツアルトの曲を聴いていて思うことがある
ので、同じようなことを考えている人があるのだ
な、と思った。

これはまったく勝手な想像だが、自分の「葬送曲」
として、どんな曲を選びますか、などという
アンケートをとると、モーツアルトが多いのでは
ないか、と思ったりするが、どうだろう。

多様化の時代となって、
お葬式もこれから多様化してゆくかも知れない。




次回につづく


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テーマ:哲学/倫理学
ジャンル:学問・文化・芸術
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