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2008年03月02日 (日) | Edit |
ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (49)


もし地球があなたの体なら、
自分の体のあちこちが苦しみ、
痛んでいるのが感じられるのでは
ないでしょうか。

いま世界の至るところで、
戦争や政治的経済的抑圧、飢餓、
公害などが人々を苦しめています。

子どもたちは毎日のように栄養失調で
失明したり、わずかな食料を求めて、
力なくごみの山を漁っています。

大人も圧制に抵抗して投獄され、
静かにこの世を去っています。


川は死に、空気はますます汚れて息苦しくなって
ゆきます。

ふたつの超大国は、少しばかり歩み寄りを示して
いるとはいえ、地球を何十回も破壊できるほどに
核兵器を保持して対立しています。

だれもが世界の苦しみに気づき、
できるものなら助けたいと思っています。

私たちのなかには、この事態を改善するために
すぐに適切な行動を起こし、政治や社会、環境など
のさまざまな問題に、いのちがけで取り組んでいる
人がたくさんいます。

しかし熱心に運動に取り組んだあとで、
もしこの運動を維持する力がなければ、
彼らの努力も尻すぼみになります。

世界の平和を維持する真の力は、権力や金銭、
また武器などではなく、ひとりひとりのこころが
鎮まって平和になることです。

毎日たゆまず気づきの練習をしてゆけば、
私たちひとりひとりが、自分でこころの平和を
育ててゆけるのです。

迷わず決意をもって忍耐強く練習してゆけば
――これが瞑想の成果といえるものですが――
私たちはいつでも行動できる力を体にみなぎらせ、
平和の真の道具になることができるのです。

私はさまざまな宗教的、文化的バックグラウンドを
持つ人々のなかに、この平和なこころを見てきました。

この人たちは、みずからの時間とエネルギーを、貧し
い人々を守ることに使い、社会的正義のために戦い、
貧富の差を減少させ、軍拡競争を抑制し、

差別撤廃のために戦い、世界じゅうに愛と理解の木を
育てようと努力しているのです。




次回につづく


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テーマ:自己探求
ジャンル:心と身体
コメント
この記事へのコメント
私は、傲慢な自分を見つけました②
1、の「自己肯定」のどこが悪いのかについて解りやすく
述べられているところを取り上げてみましょう。

ここで親鸞さんのおっしゃる「自力」の捕らえ方も
理解することが出来るでしょう。


たとえばある母親が「私が苦労して苦労して育てた子であるから、
私の言うことを聞いてくれるのは当然ではないか。
私の為に尽してくれるのは当然であろう」と考えている。

これが深い自己肯定であって、「私の言うのが正しい」と思う。
なる程その通りであろう。が、それはドングリの固い殻の中に
閉じこめられている心である。

向こうもドングリであるから両方どちらも言い分がある。
「お母さんはそう言うけれど、私には私の考えがあるのだ」という。
「日曜日ぐらいは十一時迄でも一時迄でもゆっくり寝ている方が
いいんだ」と子は言う。

親の方は、いくら日曜日でもそんなに遅くまで寝ていてはいけない
という。これがお互いに衝突して遂に出てくるのが悲劇である。
相争ってとどまることがない。

こういうことになると、私の意見を押しつけるという訳にはいかぬ。
両方がどこかで妥協して、どちらも泣き寝入りということになる。
これでは本当のつながりにはならない。

この殻が自己肯定であり自己中心的な考え方である。
これを自力という。


わたくしろくろくも、どちらかといえば浄土真宗については
素人です。錬金術者さんと似たり寄ったりです。ただいま勉強中
です。ですから、ふ~ん、親鸞さんは自力をこのように捕らえて
いるのだ~~と感心しているところです。



2008/03/02(Sun) 20:08 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
私は、傲慢な自分を見つけました①
「傲慢な自分」を見つけることは大変です。
人に言われて見つけることは不可能に近いです。
自己観察して見つけるしかないようです。

親鸞さんは自力的考え方の問題点の一つに
「自己過信」=「傲慢な自分」を挙げておられます。

以下にやまんばさんの「傲慢な自分」を見つけた時の
様子と、親鸞さんの自力の四つの問題点を載せさせて
いただきます。


「いままで気づきの練習をやってきて、
自分が怒るときは、自分がやりたくないことを、
勧められていることが多かった。

しかし、相手をみていると、
私にとってよかれと思って勧めていることに
気がつきました。それを、支配されているように
感じる自分がいたのです。

私は、傲慢な自分を見つけました。」




親鸞は「自力のはからい」の問題点を四つあげて
おられます。

1、自らが身をよしと思う
自己肯定である。私の考えは正しくて間違いないのだという。

2、自己過信
わが身をたのむという。自分はやれば何でも出来るんだ
といううぬぼれを持っている。理想主義的な考えというか、
どれだけでも進んで行けると思う自己過信を自力という。

3、自己卑下
悪しき心をさがしくかえりみるという、深い自己卑下。
ちょっと悪いことがあると、私のようなつまらぬ者は
生きている甲斐もないという程まで自己を卑下する。

4、他のよしあしをいう
冷たい批判。相手に対しては高い立場から冷たく批判して、
よしあしときめつけていく。



2008/03/02(Sun) 20:05 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
共感します。
世界の平和を維持する真の力は、・・・・・
ひとりひとりのこころが鎮まって平和になることです。

そのためには、毎日忍耐強く気づきの練習をしていくこと。
とにかく続けていってみよう。たくさんの先輩方が瞑想の大切さを説かれているのだから・・・。

いままで気づきの練習をやってきて、自分が怒るときは、自分がやりたくないことを、勧められていることが多かった。しかし、相手をみていると、私にとってよかれと思って勧めていることに気がつきました。それを、支配されているように感じる自分がいたのです。私は、傲慢な自分を見つけました。そして同時に相手の心のさみしさもみつけました。そこで私は相手に言葉で伝えました。「私は冷静さにかけ、言葉で表現できずに、怒って、あなたに不愉快な思いをさせるかもしれないけど、私はいつどんな時でも、あなたと、仲良く楽しく付き合いたいと、心から願っていることを、忘れないでいてほしいです」と。
気づきは混乱した心を、きちんと整理してくれ、この先自分はどうしたいのかも、はっきり、教えてくれるようです^^。
ろくろくさん、映画の紹介、ありがとうございます。
今制作で忙しく、なかなかみることができませんが、メモに追加して、楽しんでいかせてもらいますね。歓びを歌にのせての歌詞の紹介、気に入りました^^。
2008/03/02(Sun) 07:22 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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