2008年02月21日 (木) | Edit |
五木寛之・帯津良一 著「健康問答」平凡社より(79)


帯津 私は医療のなかで、死んでいく患者さんたちと
つき合いながら、なんとなく死後の世界はある。

生命は死んで、肉体は滅びたあとも、虚空に向かって
還っていくという、一つの大きな生命の流れがあると
いうことを、考えるようになりました。

それで、『大河の一滴』とか、五木さんの本を読んだり
しますと、だいたい、同じような考えをされているんで、
いつもびっくりするんですけど。

自分が考えたことだと思っていると、
もうだれかが考えているんですね。


五木 天が下に新しきものはなし、といいますが、ほんとうに
そうですね。帯津さんとは、共鳴する部分が、非常に多いん
ですが、ここは考え方がちがうなあと思うのは、人は虚空に
還るとおっしゃっているでしょう。

帯津 ええ。人は、ふるさとからきて、ふるさとに帰るという
考えなんです。これは、片道百五十億年と見ているんですよ、
それはビックバーンから百五十億年だから。往復三百億年の
生命の旅です。
 
五木 百五十億年の虚空へ還るって、ポエジーのある言葉ですね。

帯津 いつかは、帰ってくるんだけど、ものすごい時間がかかる
わけです。毎週金曜日の夕方、「名誉院長講話」という時間が
あります。

毎週のことですから、あらかじめテーマを決めず、その場で思い
ついたことをしゃべっているんですが、いつも大勢の患者さん
たちがニコニコして聞いてくれます。

このようなとき、虚空のこととか、三百億年の循環の話をします。
大いなる循環に思いを馳せていただき、今日という一日も、この
循環のなかの一日。今日という日がなければ、循環が成り立ち
ません。

だから、今日という一日を、精一杯生きるのだということを話し
ます。すると、聞いている患者さんたちの顔に精気が蘇り、生命
が溢れ出てくるのがわかります。そして、私自身も癒されるのでは
ないでしょうか。

五木 それに対して、私は、循環論なんです。真宗の思想では往還
といいますが、一遍浄土に往って、浄土にただずっといるわけでは
なくて、しばらくそこで心を休めて浄化されて、ふたたび菩薩行の
ために地上に戻ってくるんだということです。

往っては戻り、往っては戻り。それで僕は救われたわけですよ。
なぜかというと、天国というか、浄土というのは退屈そうなんだ
もの(笑)。

帯津 アハハハ。ずっといるには、そうかもしれません。

五木 蓮の花が咲いていて、音楽が鳴っている。
自分の気に入ったジャズでも聴こえるならいいけど、
モーツアルトかなにかが鳴っているかもしれない(笑)。

食べるに困らず、暑さ寒さも感じないというのは、
しばらく住むにはいいかもしれないけれど、
永遠にそこにいるというのはどうでしょう。

これは、かつて飢えとか、寒さ暑さで地獄の苦しみを得た人たちに
とっては、それだけで、たしかに救いであったろうと思われますが、
現代人にとっては、あんな浄土像じゃだめですね。退屈で、とても
じゃないけど、長居はできないだろうと思ってしまうんですよ。

どこかで、人びとは、そういう天国とか、浄土に憧れつつも、
このなんともいえない非情な世の中で、のたうちまわって
生きていることにも、執着がありますよね。

だから、親鸞が死んだら浄土へ行くと決めつつも、ちょっと風邪を
ひくと死ぬんじゃないかって心配になったり、この世から去ると
いうことは、正直いって寂しいというようなことを告白するのは、
よくわかりますよね。



次回につづく


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ジャンル:心と身体
コメント
この記事へのコメント
自力の努力は他力
このコメントは錬金術者さんのコメント
「自力の努力が必要」に対してのものです。





今日ただいまのわたくしの心境を申し上げれば
他力70%、自力30%といったところでしょうか。

五十歳位までは自力100%でしたから
すごい変化ですよね。うん。

「成果がなかなか出ないのは、その人の努力が足りない
からなんだ」という考え方だけではないよな~と思い
はじめたときから、変わってきました。

「その人が努力できるのも、努力できないのも他力なんだ」
という捕らえ方をしないと救われないということなんです。

松坂のようにプロ野球で大成功する人も、
なにかの弾みで殺人をしてしまった人も、
他力なんだということでなければ、
結局は人を救うことができないと思うのです。



2008/02/21(Thu) 18:59 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
往還回向
死後のイメージは人それぞれが持てばいい
と思います。


私は五木さんがおっしゃっている「往還回向」
というのがいまのところ一番このましいです。

極楽浄土に往って、この世に還ってくるのが
よいですね。

「浄土にただずっといるわけではなくて、
しばらくそこで心を休めて浄化されて、
ふたたび菩薩行のために地上に戻ってくる」

私の場合「菩薩行」にはこだわりませんが
この世に再び還ってくるというのがなんだか
安心するのです。


目下は真宗の「往還回向」が私のイメージに
一番近いです。




2008/02/21(Thu) 18:28 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
ぼりぼりっ・ぽりぽりっ
やまんばは朝からお腹がすきました。先日いただいた梅味のせんべいが手元にあったので、封を開け、一口ずつ食べてます。「おい・し・い・なあああ」

死のイメージはもたないようにしようかなあ。
死ぬことだけはまちがいのない事実だけど、世界中のひとが、死のことを、ああでもないこうでもないといってる。はては意見がちがうと争う人までいますものねえ^^たくさんの意見は聞いて、自分の思い込みから解放していく作業はしていかねばいけないだろうけど・・・。本当のことが知りたくて、たまねぎの皮をむくようにみつめていたら、あれっ。なんにもなかったなんて・・・^^。
ぽり、ぽぽりり、おせんべいも食べたらなくなってしまいました。トホホ
おいしい・・やまんば生きてるんだわ・・
ごちそうさまでした^^。

2008/02/21(Thu) 08:20 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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