養生法は「気休め、骨休め、箸休め」の三つ(つづき)
五木寛之・帯津良一 著「健康問答」平凡社より(71)
帯津 望月勇さん(『気の発見』の対話者で気功家)が、
いろんな人を治していますけれど、気に対する欧米人
の反応が、とても興味深いですね。
私のところでは、あれほどドラマチックな治療例は
ありませんが、癒しの効果というか、その人のエネルギー
のレベルを少し上げることができるので、患者さんには
非常に人気があるんですよ。
気持ちがよくなるとか、咳がとれるとか、お腹が張って
いたのがガスが出たとかね。あれには、あれには、
エントロピーのことも書かれていましたね。
五木 帯津さんが書かれている、人間にはエントロピーを
リフレッシュしていく力があるというお話にも啓発され
ました。
ただ、ある程度あと戻りさせる力はあっても、全体の流れ
としては、やっぱりエントロピーの方向に行くことは
しかたがない。
帯津 私が、エントロピーのことを考えるようになったのは、
天安門事件の前ですから、十年以上も前のことですが、
北京大学で講演をしたことがあるんです。
講演といっても、経済学部と体育学部の学生さん百人ほどの、
こぢんまりしたもので、中西医結合によるガン治療でした。
公園が終わるや否や、学生さんのひとりがパッと手を挙げ、
「気について、あなたはどうお考えですか。気についての
あなたのご意見をお聞かせ下さい」。
これには参りました。本場中国でのことです。
「大は宇宙から小は細胞まで、遍く存在する生命の根源物質
である」なんて答えてもしょうがないでしょう。
一瞬、狼狽しましたが、とっさに、「物質かエネルギーか、
これはどちらも同じことですが、あるいは情報か原理か、
いずれにしても「エントロピーの法則」と、反対方向に進む
ものだと考えている」と答えたんです。
通訳さんがなんと訳したらよいか、少しためらっていると、
学生さんたちは英語のままわかりますから、一人が「シャン」
(火へんに商)のことだよ!というと教室中がシャン、シャン、
シャンの大合唱です。学生さんたちは、私の答えに納得して
くれました。
それからエントロピーの勉強をはじめました。といっても、
専門書は歯が立ちませんから、一般書を次つぎと読んでいき
ました。
なかでもいちばん印象に残っっているのが、槌田敦さんの
『エントロピーとエコロジー』でしょうか。一般書では、
エントロピーは無秩序化の指標と見なされています。
この世の物事は放っておくと不可逆的に、無秩序化の方向に
進むというのがエントロピー増大の法則で、この法則は、
この世界のすべての現象で考慮されなければならない基本
法則とされます。
人体も例外ではありません。生命活動を営むために、体内では、
日夜さまざまな反応がおこなわれています。その反応に必要な
エネルギーは、太陽から植物の光合成を経て、体内に入ってきて、
それぞれの反応に即したエネルギーに変換されます。
エネルギーの変換が起こるたびに、エントロピーが発生します。
エントロピーが蓄積されていくと、体内の秩序が乱れて健康が
害されていきます。
にもかかわらず、私たちは日々溌剌として健康を維持している
のはなぜなのか。それはエントロピーが熱や物にくっつけられて、
体外に捨てられているからだというのが、有名なエルヴィン・
シュレディンガー(オーストラリアの物理学者。1887−1961)の
説です。
つまり、私たちは、汗や吐く息や大小便に、エントロピーを
くっつけて捨てているというのです。そうして体内の秩序を
保って、健康を維持しているのですね。
ところで、このように体内の秩序が崩れそうになったとき、
自然に汗が出たり、深い息を吐いたり、大小便をもよおしたり
して、体内の秩序を回復することが、
昔からいわれているホメオスタシス(恒常性の維持)で、
これを喚起・推進する力が、自然治癒力なのでは
ないでしょうか。
次回につづく
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帯津 望月勇さん(『気の発見』の対話者で気功家)が、
いろんな人を治していますけれど、気に対する欧米人
の反応が、とても興味深いですね。
私のところでは、あれほどドラマチックな治療例は
ありませんが、癒しの効果というか、その人のエネルギー
のレベルを少し上げることができるので、患者さんには
非常に人気があるんですよ。
気持ちがよくなるとか、咳がとれるとか、お腹が張って
いたのがガスが出たとかね。あれには、あれには、
エントロピーのことも書かれていましたね。
五木 帯津さんが書かれている、人間にはエントロピーを
リフレッシュしていく力があるというお話にも啓発され
ました。
ただ、ある程度あと戻りさせる力はあっても、全体の流れ
としては、やっぱりエントロピーの方向に行くことは
しかたがない。
帯津 私が、エントロピーのことを考えるようになったのは、
天安門事件の前ですから、十年以上も前のことですが、
北京大学で講演をしたことがあるんです。
講演といっても、経済学部と体育学部の学生さん百人ほどの、
こぢんまりしたもので、中西医結合によるガン治療でした。
公園が終わるや否や、学生さんのひとりがパッと手を挙げ、
「気について、あなたはどうお考えですか。気についての
あなたのご意見をお聞かせ下さい」。
これには参りました。本場中国でのことです。
「大は宇宙から小は細胞まで、遍く存在する生命の根源物質
である」なんて答えてもしょうがないでしょう。
一瞬、狼狽しましたが、とっさに、「物質かエネルギーか、
これはどちらも同じことですが、あるいは情報か原理か、
いずれにしても「エントロピーの法則」と、反対方向に進む
ものだと考えている」と答えたんです。
通訳さんがなんと訳したらよいか、少しためらっていると、
学生さんたちは英語のままわかりますから、一人が「シャン」
(火へんに商)のことだよ!というと教室中がシャン、シャン、
シャンの大合唱です。学生さんたちは、私の答えに納得して
くれました。
それからエントロピーの勉強をはじめました。といっても、
専門書は歯が立ちませんから、一般書を次つぎと読んでいき
ました。
なかでもいちばん印象に残っっているのが、槌田敦さんの
『エントロピーとエコロジー』でしょうか。一般書では、
エントロピーは無秩序化の指標と見なされています。
この世の物事は放っておくと不可逆的に、無秩序化の方向に
進むというのがエントロピー増大の法則で、この法則は、
この世界のすべての現象で考慮されなければならない基本
法則とされます。
人体も例外ではありません。生命活動を営むために、体内では、
日夜さまざまな反応がおこなわれています。その反応に必要な
エネルギーは、太陽から植物の光合成を経て、体内に入ってきて、
それぞれの反応に即したエネルギーに変換されます。
エネルギーの変換が起こるたびに、エントロピーが発生します。
エントロピーが蓄積されていくと、体内の秩序が乱れて健康が
害されていきます。
にもかかわらず、私たちは日々溌剌として健康を維持している
のはなぜなのか。それはエントロピーが熱や物にくっつけられて、
体外に捨てられているからだというのが、有名なエルヴィン・
シュレディンガー(オーストラリアの物理学者。1887−1961)の
説です。
つまり、私たちは、汗や吐く息や大小便に、エントロピーを
くっつけて捨てているというのです。そうして体内の秩序を
保って、健康を維持しているのですね。
ところで、このように体内の秩序が崩れそうになったとき、
自然に汗が出たり、深い息を吐いたり、大小便をもよおしたり
して、体内の秩序を回復することが、
昔からいわれているホメオスタシス(恒常性の維持)で、
これを喚起・推進する力が、自然治癒力なのでは
ないでしょうか。
次回につづく
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Comment
熱は魂から発する
2008-02-13 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]
永久機関
(えいきゅうきかん、Perpetual motion)とは
外部からエネルギーを受け取ることなく、
仕事を行い続ける装置である。
古くは単純に外部からエネルギーを供給しなくても
永久に運動を続ける装置と考えられていた。
しかし、慣性の法則によれば外力が働かない限り
物体は等速直線運動を続けるし、
惑星は角運動量保存の法則により自転を続ける。
そのため、単純に運動を続けるのではなく、
外に対して仕事を行い続ける装置が永久機関と呼ばれる。
これが実現すれば石炭も石油も不要となり、
エネルギー問題など発生しない。18世紀の科学者、
技術者はこれを実現すべく精力的に研究を行った。
しかし、18世紀の終わりには純粋力学的な方法では
実現不可能だということが明らかになり、
さらに19世紀には熱を使った方法でも不可能である
ことが明らかになった。
永久機関は実現できなかったが、
これにより熱力学と呼ばれる物理学の1分野が
大いに発展した。
永久機関 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E4%B9%85%E6%A9%9F%E9%96%A2
外部からエネルギーを受け取ることなく、
仕事を行い続ける装置である。
古くは単純に外部からエネルギーを供給しなくても
永久に運動を続ける装置と考えられていた。
しかし、慣性の法則によれば外力が働かない限り
物体は等速直線運動を続けるし、
惑星は角運動量保存の法則により自転を続ける。
そのため、単純に運動を続けるのではなく、
外に対して仕事を行い続ける装置が永久機関と呼ばれる。
これが実現すれば石炭も石油も不要となり、
エネルギー問題など発生しない。18世紀の科学者、
技術者はこれを実現すべく精力的に研究を行った。
しかし、18世紀の終わりには純粋力学的な方法では
実現不可能だということが明らかになり、
さらに19世紀には熱を使った方法でも不可能である
ことが明らかになった。
永久機関は実現できなかったが、
これにより熱力学と呼ばれる物理学の1分野が
大いに発展した。
永久機関 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E4%B9%85%E6%A9%9F%E9%96%A2
2008-02-13 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]
気はエントロピー減少の法則
この世の物事は放っておくと不可逆的に、
無秩序化の方向に進むというのが
「エントロピー増大の法則」。
人体も例外ではありません。
エネルギーの変換が起こるたびに、
エントロピーが発生します。
エントロピーが蓄積されていくと、
体内の秩序が乱れて健康が
害されていきます。
にもかかわらず、私たちは日々溌剌として
健康を維持しているのはなぜなのか。
それはエントロピーが熱や物にくっつけられて、
体外に捨てられているからだというのです。
体内の秩序が崩れそうになったとき、
自然に汗が出たり、深い息を吐いたり、
大小便をもよおしたりして、
体内の秩序を回復させるのが自然治癒力
なのではないでしょうか。
ということなのだそうです。
無秩序化の方向に進むというのが
「エントロピー増大の法則」。
人体も例外ではありません。
エネルギーの変換が起こるたびに、
エントロピーが発生します。
エントロピーが蓄積されていくと、
体内の秩序が乱れて健康が
害されていきます。
にもかかわらず、私たちは日々溌剌として
健康を維持しているのはなぜなのか。
それはエントロピーが熱や物にくっつけられて、
体外に捨てられているからだというのです。
体内の秩序が崩れそうになったとき、
自然に汗が出たり、深い息を吐いたり、
大小便をもよおしたりして、
体内の秩序を回復させるのが自然治癒力
なのではないでしょうか。
ということなのだそうです。
2008-02-13 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]
人間は昔妖精だった
精霊というのは、恐らく妖精のことじゃろう。精霊は、人間と同じように、善種もいれば悪種もいるじゃ。
秘教では、精霊は、大別すると4つにグループ分けできるというじゃ。土のグノーム、水のウンディーネ、風のシルフ、火のサラマンダーじゃ。
勿論、人間よりも、高度な知性をもっているわけで、精霊がいなければ、地球の存在はないから、精霊たちは、元素霊と呼ばれているじゃ。
かつて、錬金術者たちは、実験室で、精霊たちを呼び出して、色々、聞いたが、精霊たちは、そんな人間たちを小馬鹿にしたというじゃ。なぜなら、昔は、人間も妖精で、神々たちと直に対話をしていたからであるじゃ。
つまり、落ちぶれた人間たちを笑っている悪い精霊もいるわけじゃ。悪い精霊の多くが、人間に悪戯するのを好む傾向にあるから、それは人間の悪人と同じで、人を騙すわけじゃね。
人間に特異な霊能力や透視能力を与えようと近づいてくる精霊の多くは、悪しき精霊で、妖精といえるじゃね。その手口は、昨今の悪徳政治家や悪徳官僚の手口と同じで、マッチポンプのようにして、人を騙すから用心が必要じゃ。
だから、シュタイナーは、安易に興味半分な霊媒や透視は、絶対すべきでないと警告もしているじゃ。じゃないと、非常に知性的な妖精の罠に嵌るからじゃ。
昨今、世の中に詐欺事件が横行しているのも、これら、妖精が背後にいるのかもしれんじゃ。
勿論、妖精のような悪いものばかりでなく、善い精霊もいて、善い精霊たちは、神々から与えられた自分たちの役割を認識し、大体が、植物の世話や、地球環境の育成に関わっているじゃ。だから、人間に対しては、人間の自由に委ね、見守っている存在じゃ。
善い精霊は、神々の命令通り忠実な作業を行う存在といえるが、悪い精霊、妖精は、人間に関わり、人間を闇からコントロールしようとして、寄生細菌やウイルス等をつくったり、毒を生み出したりしているようで、まるで、戦争兵器を作り出す、現代科学者のような存在といえるじゃ。
悪魔は、妖精よりは、上位の存在、つまり堕天使なので、地下帝国で、妖精たちを集めて、人間を奴隷とするような学校をつくっているという話もあるじゃ。まるで、デビルマンのデーモン帝国のようじゃね。
信じるも信じないもあなた次第の怪奇伝説じゃ。
秘教では、精霊は、大別すると4つにグループ分けできるというじゃ。土のグノーム、水のウンディーネ、風のシルフ、火のサラマンダーじゃ。
勿論、人間よりも、高度な知性をもっているわけで、精霊がいなければ、地球の存在はないから、精霊たちは、元素霊と呼ばれているじゃ。
かつて、錬金術者たちは、実験室で、精霊たちを呼び出して、色々、聞いたが、精霊たちは、そんな人間たちを小馬鹿にしたというじゃ。なぜなら、昔は、人間も妖精で、神々たちと直に対話をしていたからであるじゃ。
つまり、落ちぶれた人間たちを笑っている悪い精霊もいるわけじゃ。悪い精霊の多くが、人間に悪戯するのを好む傾向にあるから、それは人間の悪人と同じで、人を騙すわけじゃね。
人間に特異な霊能力や透視能力を与えようと近づいてくる精霊の多くは、悪しき精霊で、妖精といえるじゃね。その手口は、昨今の悪徳政治家や悪徳官僚の手口と同じで、マッチポンプのようにして、人を騙すから用心が必要じゃ。
だから、シュタイナーは、安易に興味半分な霊媒や透視は、絶対すべきでないと警告もしているじゃ。じゃないと、非常に知性的な妖精の罠に嵌るからじゃ。
昨今、世の中に詐欺事件が横行しているのも、これら、妖精が背後にいるのかもしれんじゃ。
勿論、妖精のような悪いものばかりでなく、善い精霊もいて、善い精霊たちは、神々から与えられた自分たちの役割を認識し、大体が、植物の世話や、地球環境の育成に関わっているじゃ。だから、人間に対しては、人間の自由に委ね、見守っている存在じゃ。
善い精霊は、神々の命令通り忠実な作業を行う存在といえるが、悪い精霊、妖精は、人間に関わり、人間を闇からコントロールしようとして、寄生細菌やウイルス等をつくったり、毒を生み出したりしているようで、まるで、戦争兵器を作り出す、現代科学者のような存在といえるじゃ。
悪魔は、妖精よりは、上位の存在、つまり堕天使なので、地下帝国で、妖精たちを集めて、人間を奴隷とするような学校をつくっているという話もあるじゃ。まるで、デビルマンのデーモン帝国のようじゃね。
信じるも信じないもあなた次第の怪奇伝説じゃ。
2008-02-13 | 錬金術者 #- | URL|[ 編集 ]
気はエントロピーで定式化できる
エントロピーとは、熱力学第2法則のことぞな。元々は、熱力学で、熱に仕事をさせるとき、熱を冷ませば冷ますほど、熱が貯まるというような永久に仕事を続けられるような機関やシステム、略して永久機関と呼んでおるが、そういうものは存在しないという法則なんじゃ。
だから、必ず、熱を失うと、その分、仕事が出来なくなるわけで、「覆水盆に返らず」という諺にもなっているわけじゃ。
熱力学は、小さな粒子の運動に還元され、質点を用いた統計的手法で、統計力学へと発展したじゃ。その際に、時間変化は、温度の逆数で表すお約束になったじゃ。つまり、温度が失われれば、エネルギーが失われ、時間変化が生まれるような感じじゃね。ここに、エントロピーの温度変化を時間変化に捉える有効性が発見されたわけじゃ。
エントロピーの概念については、マクスウェルの悪魔が有名ぞな。マクスウェルの悪魔は、エントロピーの増大の法則、つまり、熱を失って、無秩序な方向に進むというのと、逆の働きをする存在で、エントロピーを減少させる存在、つまり、秩序を与える存在といえるわけじゃ。
だから、マクスウェルの悪魔は、そっくりそのまま「気」の存在を示していることになるわけじゃね。
どうして、悪魔という命名なのかというのは不思議だが、ちなみにマクスウェルは、電磁気の方程式を定式化した高名なマクスウェルからきているようじゃ。
恐らく、宇宙がエントロピー増大の方向に向かうのを、進化と捉えると、その逆の方向だから、宇宙の進化に逆らう存在で、悪魔と命名したのかもしれんじゃ。だが、秩序を植えつける意味では、非常な知性体で、悪魔というより、神的だがね。
さて、つまり、マクスウェルの悪魔の存在は、「気」の存在をも意味するわけじゃが、秘教では、「気」の存在から、すでに、答えが出ておるじゃ。
統計力学は、粒子を質点とみることで、熱力学を体系化したが、熱は、粒子というよりも、マクロ的には、流体力学といえるもので、統計的手法を、確率分布ではなく、流体的手法に発展させないといけないわけじゃ。
そうすると、量子場の理論が必要になるじゃろうが、実際、フォノンという熱量子という概念化が既に為されているが、そうすると、エントロピーの法則が、宙に浮いてしまうわけで、未完成なわけじゃ。
大体、熱量子の大きさをどうするのかというのも、問題じゃね。流体と、質点の整合性も問題じゃ。だから、流体力学を、数学的に発展させないといけないわけじゃね。
流体と質点の数学的整合性が生まれれば、「気」をエントロピーの概念から、定式化できるじゃろうね。
数学的整合性は、マクスウェルの悪魔に任せといて、「気」の話を進めると、実は、熱は、「気」から発するというより、魂から発するといえるじゃ。
しかし、魂の熱は、外界の熱とは異なり、温度計で測れるものではないじゃ。物質を動かす熱で、つまり、エネルギーに近いものじゃ。
人体は、魂を宿す為に、食物から、内的な熱をつくりあげるじゃ。内的な熱と、外界の熱が、平衡状態、均衡状態にあることで、健康が得られるわけじゃ。
外界の熱が、人体内に、侵入すると、熱であっても、ウイルスや細菌のような侵略者として、自己防御、つまり免疫が捉え、風邪に罹るわけじゃ。外界の熱をどうにか、内的な熱、つまり自我の制御可能領域に至らそうとして、風邪をひくわけじゃ。
自我は、「心」や「気」に命じて、外界の熱の存在をなんとか確保しようとするわけじゃ。つまり、「心」は、人体を破壊し、エントロピーを増大させようとし、「気」は、人体を構築し、エントロピーを減少させようとするわけじゃ。
「心」が人体を破壊するので、そのとき、感情が生じるが、あまりに強く感情を濃縮されると、痛みに変わるわけじゃ。
だから、「痛み」は、感情の奇形種で、腫瘍のようなもので、感情が濃縮されたものじゃ。
逆に、「気」があまりに構築し、「心」を寄せつけなくさせると、意識が朦朧とし、ボーとするわけじゃ。
自我は、あれこれを命令するので、体内の至る所が動き出し、ざわめき、騒々しくなり、外界の熱は、捉えられずにいると、矢鱈滅多ら動きまわって、熱を発するというわけじゃ。
つまり、人体内で熱の大捕りモノが勃発しているわけじゃね。
だから、「気」と「心」と、自我の正常化、バランスが必要なわけじゃ。意志により「気」を抑え、感情により、「心」を和らげ、知識や理性により、自我を安定、平静に保つことが肝要じゃね。
熱は、魂からくるが、その実体としては、血液の熱というじゃ。だから、体温は、魂の熱の大まかな温度といってよいじゃろうね。体温が変わるのは、魂が異変を起こしている証拠じゃね。
だから、必ず、熱を失うと、その分、仕事が出来なくなるわけで、「覆水盆に返らず」という諺にもなっているわけじゃ。
熱力学は、小さな粒子の運動に還元され、質点を用いた統計的手法で、統計力学へと発展したじゃ。その際に、時間変化は、温度の逆数で表すお約束になったじゃ。つまり、温度が失われれば、エネルギーが失われ、時間変化が生まれるような感じじゃね。ここに、エントロピーの温度変化を時間変化に捉える有効性が発見されたわけじゃ。
エントロピーの概念については、マクスウェルの悪魔が有名ぞな。マクスウェルの悪魔は、エントロピーの増大の法則、つまり、熱を失って、無秩序な方向に進むというのと、逆の働きをする存在で、エントロピーを減少させる存在、つまり、秩序を与える存在といえるわけじゃ。
だから、マクスウェルの悪魔は、そっくりそのまま「気」の存在を示していることになるわけじゃね。
どうして、悪魔という命名なのかというのは不思議だが、ちなみにマクスウェルは、電磁気の方程式を定式化した高名なマクスウェルからきているようじゃ。
恐らく、宇宙がエントロピー増大の方向に向かうのを、進化と捉えると、その逆の方向だから、宇宙の進化に逆らう存在で、悪魔と命名したのかもしれんじゃ。だが、秩序を植えつける意味では、非常な知性体で、悪魔というより、神的だがね。
さて、つまり、マクスウェルの悪魔の存在は、「気」の存在をも意味するわけじゃが、秘教では、「気」の存在から、すでに、答えが出ておるじゃ。
統計力学は、粒子を質点とみることで、熱力学を体系化したが、熱は、粒子というよりも、マクロ的には、流体力学といえるもので、統計的手法を、確率分布ではなく、流体的手法に発展させないといけないわけじゃ。
そうすると、量子場の理論が必要になるじゃろうが、実際、フォノンという熱量子という概念化が既に為されているが、そうすると、エントロピーの法則が、宙に浮いてしまうわけで、未完成なわけじゃ。
大体、熱量子の大きさをどうするのかというのも、問題じゃね。流体と、質点の整合性も問題じゃ。だから、流体力学を、数学的に発展させないといけないわけじゃね。
流体と質点の数学的整合性が生まれれば、「気」をエントロピーの概念から、定式化できるじゃろうね。
数学的整合性は、マクスウェルの悪魔に任せといて、「気」の話を進めると、実は、熱は、「気」から発するというより、魂から発するといえるじゃ。
しかし、魂の熱は、外界の熱とは異なり、温度計で測れるものではないじゃ。物質を動かす熱で、つまり、エネルギーに近いものじゃ。
人体は、魂を宿す為に、食物から、内的な熱をつくりあげるじゃ。内的な熱と、外界の熱が、平衡状態、均衡状態にあることで、健康が得られるわけじゃ。
外界の熱が、人体内に、侵入すると、熱であっても、ウイルスや細菌のような侵略者として、自己防御、つまり免疫が捉え、風邪に罹るわけじゃ。外界の熱をどうにか、内的な熱、つまり自我の制御可能領域に至らそうとして、風邪をひくわけじゃ。
自我は、「心」や「気」に命じて、外界の熱の存在をなんとか確保しようとするわけじゃ。つまり、「心」は、人体を破壊し、エントロピーを増大させようとし、「気」は、人体を構築し、エントロピーを減少させようとするわけじゃ。
「心」が人体を破壊するので、そのとき、感情が生じるが、あまりに強く感情を濃縮されると、痛みに変わるわけじゃ。
だから、「痛み」は、感情の奇形種で、腫瘍のようなもので、感情が濃縮されたものじゃ。
逆に、「気」があまりに構築し、「心」を寄せつけなくさせると、意識が朦朧とし、ボーとするわけじゃ。
自我は、あれこれを命令するので、体内の至る所が動き出し、ざわめき、騒々しくなり、外界の熱は、捉えられずにいると、矢鱈滅多ら動きまわって、熱を発するというわけじゃ。
つまり、人体内で熱の大捕りモノが勃発しているわけじゃね。
だから、「気」と「心」と、自我の正常化、バランスが必要なわけじゃ。意志により「気」を抑え、感情により、「心」を和らげ、知識や理性により、自我を安定、平静に保つことが肝要じゃね。
熱は、魂からくるが、その実体としては、血液の熱というじゃ。だから、体温は、魂の熱の大まかな温度といってよいじゃろうね。体温が変わるのは、魂が異変を起こしている証拠じゃね。
2008-02-13 | 錬金術者 #- | URL|[ 編集 ]
すごいなあ^^
ありがたや ありがたや
健康維持のために無意識で毎日こんなすばらしい仕事を私の中で作業してもらってるのですね!
汗をかく 深い息 大小便 そういえばこのどれもした後 爽快な気分になってます^^
感動しますねえ・・・みんな優れものを天からいただいているのですね^^。
ろくろくさん、たくさんの映画の紹介をありがとうございます。これも印刷しました。またまた楽しみがふえました。ペコッ^^。
前世療法
感銘したところは、138、139ページでした。
・・これは人間の心の奥底にひそんでいる死の恐怖に関する問題だと思った、たえまない恐怖、これが問題の核心なのだ。
もし人間が生命に終わりがない、すなわち私たちには死も誕生も本当はないのだとわかれば、この恐怖は消えるのではないだろうか。
私たちが肉体をもってこの世に存在している時は、精霊達がいつもまわりにいて助けてくれることや、死んでから霊的な世界で、亡くなった愛するものやその他の精霊達の仲間入りをすることを知ったなら、私たちはどれほどなぐさめられることだろう。
もし人々が守護霊の存在を知ったなら、どんなに安心することだろう。・・・・・
そして、やまんばを根底から変化させるようなことがつぎのページ(140,141ページにまたがるところ)にかかれてありました。
私たちはみな精霊なのです。ある精霊は肉体の中にいるし、新しく再生の時期にいる精霊もいます。またある者は守護霊になっています。私たちはみんな霊的な世界に行くのです。また私たちが守護霊だったこともあるのです・・・・・やまんばはここにいたって体が震えてきました。・・あともう少しで読み終えます。
健康維持のために無意識で毎日こんなすばらしい仕事を私の中で作業してもらってるのですね!
汗をかく 深い息 大小便 そういえばこのどれもした後 爽快な気分になってます^^
感動しますねえ・・・みんな優れものを天からいただいているのですね^^。
ろくろくさん、たくさんの映画の紹介をありがとうございます。これも印刷しました。またまた楽しみがふえました。ペコッ^^。
前世療法
感銘したところは、138、139ページでした。
・・これは人間の心の奥底にひそんでいる死の恐怖に関する問題だと思った、たえまない恐怖、これが問題の核心なのだ。
もし人間が生命に終わりがない、すなわち私たちには死も誕生も本当はないのだとわかれば、この恐怖は消えるのではないだろうか。
私たちが肉体をもってこの世に存在している時は、精霊達がいつもまわりにいて助けてくれることや、死んでから霊的な世界で、亡くなった愛するものやその他の精霊達の仲間入りをすることを知ったなら、私たちはどれほどなぐさめられることだろう。
もし人々が守護霊の存在を知ったなら、どんなに安心することだろう。・・・・・
そして、やまんばを根底から変化させるようなことがつぎのページ(140,141ページにまたがるところ)にかかれてありました。
私たちはみな精霊なのです。ある精霊は肉体の中にいるし、新しく再生の時期にいる精霊もいます。またある者は守護霊になっています。私たちはみんな霊的な世界に行くのです。また私たちが守護霊だったこともあるのです・・・・・やまんばはここにいたって体が震えてきました。・・あともう少しで読み終えます。
2008-02-13 | やまんばさん #- | URL|[ 編集 ]
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まったく手をつけることが出来ませんでしたが
後半の「熱」のお話は大変面白かったです。
私が自分でよりいっそう理解できるように
まとめてるつもりでいましたが、結果
多少文章の一部を並べ替えただけというか
ほとんんど手をつける必要がありませんでした。
熱は「気」から発するというより、
魂から発するといえるじゃ。
しかし、魂の熱は外界の熱とは異なり、
温度計で測れるものではないじゃ。
魂の熱は、エネルギーに近いものじゃ。
人体は、魂を宿す為に食物から、内的な熱をつくりあげる。
内的な熱と外界の熱が、平衡状態、均衡状態にあることで、
健康が得られるわけじゃ。
外界の熱が人体内に侵入すると、
熱であっても、
ウイルスや細菌のような侵略者として、
免疫が捉え、風邪に罹るわけじゃ。
外界の熱をどうにか、内的な熱に、
自我の制御可能領域にしようとして、
風邪をひくわけじゃ。
自我は「心」や「気」に命じて、
外界の熱の存在をなんとか確保しようとするわけじゃ。
つまり
「心」は人体を破壊し、エントロピーを増大させようとし、
「気」は人体を構築し、エントロピーを減少させようとする
わけじゃ。
「心」が人体を破壊するので、そのとき感情が生じるが、
あまりに強く感情を濃縮されると、痛みに変わるわけじゃ。
「痛み」は、感情の奇形種で、
腫瘍のようなもので、
感情が濃縮されたものじゃ。
逆に、
「気」があまりに構築し、
「心」を寄せつけなくさせると、
意識が朦朧とし、ボーとするわけじゃ。
自我は、あれこれを命令するので、体内の至る所が動き出し、
ざわめき、騒々しくなり、外界の熱は、捉えられずにいると、
矢鱈滅多ら動きまわって、熱を発するというわけじゃ。
つまり、人体内で熱の大捕りモノが勃発しているわけじゃね。
だから「気」と「心」と自我の正常化、
バランスが必要なわけじゃ。
意志により「気」を抑え、
感情により「心」を和らげ、
知識や理性により自我を安定、
平静に保つことが肝要じゃね。
熱は魂からくるが、その実体としては、
血液の熱というじゃ。だから、
体温は、魂の熱の大まかな温度といってよいじゃろうね。
体温が変わるのは、魂が異変を起こしている証拠じゃね。