2008年01月31日 (木) | Edit |
ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (38)


仏教で「真如」というと、
「ものごとや人間の本質、あるいはその本性」
のことをさします。

人はだれでもそれぞれの真如を持っているのです。
だから他人と一緒に仲良く暮らすためには、
相手の真如も知らなければなりません。

それに気づけたら、
おたがいのことがよくわかって、
喧嘩もせず、一緒に仲よく暮らしてゆく
ことができます。


私たちは暖房や料理をするために、
ガスを家に引くときには、ガスの特徴をちゃんと
知っていますね。

私たちはガスの危険さを知っています。
気をつけないと死んでしまうこともあるということを。

危険だと知りながら、料理をするにはガスはぜひとも
必要なのですから、ためらわずに家にガスを引くのです。

電気についても同じです。電気の使い方を誤って、
感電死して、いのちを落とすこともあります。

しかし気をつけて使えば、
電気はとても便利でありがたいものなのです。
電気の真如を心得ていれば何の問題も起こりません。

私たち人間も同じことではないでしょうか。
その人の真如をよく知らなければ、
トラブルが起こります。

一緒に暮らす相手の真如を十分に知っていれば、
おたがいが楽しく暮らせるし、
一緒に暮らす利点も多く出てきます。

相手の真如を知ることが、うまくやってゆく鍵なのです。
いつも相手に、花のように美しくあってほしい、
と期待することはできません。

相手が花であると同時にごみくずでもあることを
知っておいてあげるのが大切なのです。




次回につづく


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ジャンル:心と身体
コメント
この記事へのコメント
ろくろくさまはまとめ上手ですね
 いつも、とりとめのない書き方で、ろくろくさまには大変ご迷惑をかけております。ろくろくさまに、添削されると、自分の文が、生きたようになるので、不思議に思いますじゃ。

 ろくろくさまは、編集の才能や能力がありますね。差し出がましいですが、文芸評論家になられると、素晴らしいように思います。
2008/02/01(Fri) 11:22 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
真如は、熱や温度、情熱のようなもの
今回の錬金術者さんのコメントは
とても大切のことが含まれているなあ
と思いましたので、ろくろく風に
かってにまとめさせていただきました。^^

詳細は下の錬金術者さんのコメントを
直接お読みください。m(u_u)m




天候が、温度差、つまり温度分布から生じるように
人間それぞれにも、温度差がある。

金銭に熱を上げる者もいえば、
絵画などの芸術に没頭する者もいて、
十人十色の温度差があるぞな。

人間は、自分の体験から、
ある対象に熱を上げるわけじゃ。

しかし他人は、自分と同じことには熱を上げないわけで、
そこに、自分と他人との温度差が生じるわけじゃね。

そのような熱の上げ方を調節するのが、
自我の働きなんじゃ。

実は、人体にも、微妙な温度分布があるじゃ。
肝臓は肝臓に適した温度、
心臓は心臓に適した温度というものがある。

この温度バランスが崩れると、
忽ち病気になってしまうわけじゃ。

この事は、恋の病からも洞察することができる。
恋人が通ると、心臓の鼓動が高まり、
たちまち熱が上がるからじゃ。

好みの対象を身近に感じると、魂は躍動し、
身体は熱くなるわけじゃ。

あまりに熱が上がってしまうと、今度は、
バランスを失って恋病になるわけじゃ。


この事がクセになるわけじゃね。
あるものに、熱を上げるのは、
その人の魂の特性といえるじゃね。


適材適所と昔からいうが、社会には、
多様的な仕事が必要なんじゃね。

人間の本来の温度に応じた仕事が与えられてこそ、
人それぞれの真価が発揮できるわけじゃね。

適材適所を破ると、たちまち、社会や組織は混乱し
崩壊していくじゃ。この事は、人体と同じで、
心臓の働きを、肝臓に適応すると、
肝臓が忽ち調子を崩すのと同じじゃね。


昨今の経済破壊は、この不適材不適所にある
といえるじゃ。利益が上がるからといって、
利益が上がらない部分を削減したら、忽ち、
病気に罹るのと同じことじゃね。

肝臓の生産量を上げる為に、腎臓を削減したら、
肝臓が癌になるばかりか、腎臓のせいで、
死んでしまうかもしれないわけじゃ。

人体は、本来の働きを失うことはできないので、
そこに外部から寄生体が進入してくるわけじゃね。

これと同じように、社会にも、外来のものが、
進入してくるわけじゃね。そうすると、忽ち、
バランスを保っていたルールが複雑になるわけじゃ。
温度差が異なるからね。



2008/01/31(Thu) 20:25 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
真如
辞書には

仏語。ありのままの姿。万物の本体としての、
永久不変の真理。宇宙万有にあまねく存在する
根元的な実体。法性(ほっしょう)。実相。


とあります。

私も「真如=永久不変の真理」という風に
とらえていましたので、電気の真如とか、
一緒に暮らす相手の真如を知っていれば、
おたがいが楽しく暮らせる・・・

といった表現に面食らってしまいました。


でも、辞書にもあるように「ありのままの姿」
も真如であれば、

「相手が花であると同時にごみくずでもあることを
知っておいてあげるのがとても大切なのだ」というのも
とてもうなづけます。



2008/01/31(Thu) 19:42 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
人間には全て真如がある
 真如というと、わかりづらいが、熱や温度、情熱のようなものだと思えばイメージつくじゃろう。

 天候が、温度差、つまり温度分布から生じるように、人間それぞれにも、温度差がある。

 金銭に執着する者もいえば、絵画が芸術に没頭する者もいるわけで、十人十色の温度差があるぞな。

 つまり、ある対象に、どれだけ熱を上げる素質があるかということに帰するわけじゃね。

 人間は、自分の体験から、ある対象に熱を上げるわけじゃ。しかし、他人は、それほど熱を上げないわけで、そこに、自分と他人との温度差を感じるわけじゃね。

 そのような、熱の上げ方を調節するのが、実は、自我の働きなんじゃね。

 実は、人体にも、微妙な温度分布があるじゃ。肝臓は肝臓に適した温度、心臓は心臓に適した温度というものがあるじゃ。この温度バランスが崩れると、忽ち病気になってしまうわけじゃ。

 この事は、恋の病から察することができるじゃろうね。恋人が通ると、心臓の鼓動が高まり、忽ち熱が上がるからじゃ。

 好みの対象を身近に感じると、魂は躍動し、身体は熱くなるわけじゃ。あまりに熱が上がってしまうと、今度は、バランスを失って病気になるわけじゃ。

 この事がクセになるわけじゃね。あるものに、熱を上げるのは、その人の魂の特性といえるじゃね。

 だから、適切な熱冷ましというか、冷静さが必要なわけじゃね。

 実は、宇宙には、様々な温度差の魂が、存在するわけじゃ。この温度差が、多様性を形成し、同時に、温度の多様性が、平衡というバランスを為しているが故に、全体で1つとなっているわけじゃ。いかなる、どんな温度も欠けてはならないわけで、人類のどんな魂も、温度の違い故に、欠けてはならないわけじゃ。

 大まかにいえば、比較的温度が高い人ばかりになると、闘争的で、お互い傷つけあってしまう。また逆に温度の低い人ばかりだと、無関心で、活性化せずに、停滞してしまうことがわかるじゃろう。

 老人と子供がいることで、社会が、中庸を保てることもわかるじゃろうね。だから、小子化というのは、最も重要な社会問題といえるじゃ。日本の社会を経験したい為に生まれたい魂は沢山いるのに、その機会がないわけだからね。

 適材適所と昔からいうが、社会には、多様的な仕事が必要なんじゃね。人間の本来の温度に応じた仕事が与えられてこそ、真価が発揮できるわけじゃね。

 適材適所を破ると、たちまち、社会や組織は混乱し崩壊していくじゃ。この事は、人体と同じで、心臓の働きを、肝臓に適応すると、肝臓が忽ち調子を崩すのと同じじゃね。

 昨今の経済破壊は、この不適材不適所にあるといえるじゃ。利益が上がるからといって、利益が上がらない部分を削減したら、忽ち、病気に罹るのと同じことじゃね。

 肝臓の生産量を上げる為に、腎臓を削減したら、肝臓が癌になるばかりか、腎臓のせいで、死んでしまうかもしれないわけじゃ。

 人体は、本来の働きを失うことはできないので、そこに外部から寄生体が進入してくるわけじゃね。これと同じように、社会にも、外来のものが、進入してくるわけじゃね。そうすると、忽ち、バランスを保っていたルールが複雑になるわけじゃ。温度差が異なるからね。

 まぁ、とにかく日本には、自分のことしか頭にない人が、それも自分のエゴしか、低次元な一部しかみていないから、自分さえも、わからず終いに、無駄な人生を送ってしまう人があまりにも繁殖しているわけじゃね。とにかく嫌な世の中になってしまいましたね。
2008/01/31(Thu) 11:08 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
おはようございます^^
いいことが書いてある!

人はだれでもそれぞれの真如をもっているのです。
だから他人と一緒に仲良く暮らすためには、
相手の真如も知らなければなりません。

相手の真如って、どうやったらはっきりわかるのだろう?自分の思い込みから、解き放ち相手をあるがままにみるためには、まずは自分のあるがままをみつける必要がありそうです。そうでないと色眼鏡で相手をみるようなものだわ。フムフム にこにこ。
なんだか、たのしいです。

相手が花であると同時にごみくずでもあることを
知っておいてあげるのが大切なのです。

ごみくずの中には時として、すご~~~い宝物があるんだわ^^。やまんば、みつけよう!楽しみ 楽しみ。


2008/01/31(Thu) 07:29 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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