碌々(ろくろく)ブログ

先哲の教え、言葉などを通して  心身の健康、真の幸福  そして人生成功の秘訣を  共に探求していきましょう

こころのしこり(つづき)

ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (36)


呼吸に気づく練習は、
こころのなかで結ばれてしまった
しこりを見つけだすよい方法です。

自分のなかのイメージ、感情、思考、
言葉、行動に気づいたら、
自分にこう尋ねてみてください。

あの人がああ言ったとき、
私はなぜ不快感を感じたのだろうか?

どうしてあんなことを言ってしまった
のだろう?


あの人に会うと、どうしていつも母親のことを
思いだすのだろう?

映画のあの配役が嫌いなのはなぜだろう?
昔よく似た人を嫌っていたのだろうか?

このように突っこんで観察してゆくと、
こころのなかにうもれていたしこりが、
しだいに顕在意識にすがたを現わしてきます。

坐って瞑想しながら、すべての感覚器官の扉を閉ざすと、
こころのなかに埋もれていたしこりが、イメージ、感情、
思いとなって、すがたを現します。

このような原因不明の不安感、恐れ、不快感に気づいたら、
それに気づきの光をあててやり、ごちゃごちゃに入りまじ
ったもののなかから、このイメージ、この感情、あるいは、
この思いを、はっきりと意識的に捕らえなおします。

これが一度表面に浮上してくると、力を得て、前よりも
もっと強いものになるので、圧倒されて、こころの安らぎも
喜びも、安楽も、すべて奪いとられてしまいます。

ついにはこれ以上耐えられなくなって、
瞑想の対象を何かほかのものに移したくなったり、
瞑想などすっかりやめてしまいたくなるかもしれません。

瞑想中に眠たくなったり、きょうはもう瞑想をやめよう
と言いだすようなこころの動きを、心理学では「抵抗」
と呼んでいます。

埋もれていた苦痛を意識のレベルまで引き上げるのは
つらいことです。しかし、息の観察と微笑みの練習を
しばらくつづけていたら、じっと坐って、さまざまな
恐れを直視する力が芽生えてきます。

息に気づきながら、そっと微笑んでいると、
こんなふうに言える余裕ができてきます。
「恐れさん、こんにちは、また会いましたね」と。

……
目ざめたこころで、いま、この一瞬の生活を充実していたら、
こころのなかで、いま何が起こっているか、すぐ気づく
でしょう。

こころにわだかまりをつくったり、
それを解けないほどに固くすることもないでしょう。

そして感情の観察の仕方を知っていれば、長いあいだ
かかってできてきた、こころのしこりの根っこを見つけ、

もう手がつけられないくらいカチカチに固まっていても、
徐々に解いて、あたらしい力に変容させることが
できるのです。



次回につづく


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2008-01-29 | 瞑想法 |  コメント : 4  |  tb : 0

Comment

西銀座駅前

ほんとに自分のクセに気づくことは
とても大切なことだと思います。


ところでこのクセを調べてみたら沢山あること

一癖(ひとくせ)あるどころか、なくて七癖ですから。


  
口癖(くちぐせ) 筆癖・手癖・盗癖・悪癖・奇癖・偏癖・足癖
髪癖・噛(か)み癖・酒癖・尻(しり)癖其(そ)の癖・難癖・一癖
読み癖(ぐせ)歌癖・着癖・抱き癖・出癖・寝癖・話し癖
性癖(せいへき)・習癖・・・・・・・


ABC・XYZこれは俺らの口癖さ
酒には弱いが女には
強いといった野郎もいたが
何処へ消えたか泣き虫だった
いかすじゃないか 西銀座駅前


歌手:フランク永井
作詞:佐伯孝夫
作曲:吉田正

年齢がバレてしまいますね。



2008-01-29 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]

癖(くせ)ある馬に能(のう)あり

やまんばさんに負けないくらい
わたくしも思い込みの強い方です。

まあ「癖(くせ)ある馬に能(のう)あり」
といいますから・・・

癖ある者は必ず何か特別の能力をもっている、
という意味なので、決して悪いばかりでも
ないのです。

ただし、自分が「思い込みの強い人間である」
ことに気づかないままでいることは、様々な
トラブルのもとですから、せいぜい死ぬまで
気づき続けていきませう。



2008-01-29 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]

「しこり」とは思いグセなのでは?

 クセや癖は、自分では気づかないじゃね。他者に、指摘されて、はじめて気づくもんじゃね。

 実は、この自分のクセに気づくということが、いま生きていることのなかで、大変重要な事ぞなもし。

 クセとは、他者と自分との違いでもあるし、自分と他者を隔てているものでもあるじゃ。もってまわった言い方をすれば、価値観ともいえるぞなもし。

 人間は、自分のクセからくる価値観がないと、生きられず、価値観のいわば信者だが、時には、価値観が権力をもって、他を抑圧したり、価値観に振り回されたりするわけじゃね。

 つまり、自分のクセに気づかない故に、他者と衝突して、はじめて、価値観の相違に気がつくわけじゃね。

 価値観を戦わせること自体は、悪いことではないが、自分のクセを知らずに、価値観を振り回すことが、問題となるわけじゃね。

 例えば、大まかにいって、科学者は、科学的価値観を、主に左脳の論理的思考の上に立って、物質的分類を体系化し、自己の体験から実証するが、対して、宗教者は、宗教的価値観を、主に右脳の直観的思考の上に立って、文化的背景を体系化し、自己を同一視するわけじゃね。

 どちらも、いわゆる左右の脳の思いグセがあって、そこから派生したのが価値観であることがわかるじゃ。

 問題は、価値観を戦わせることで、自分の立ち位置、つまり思いグセを明らかにすることが大切なわけじゃね。

 例えば、自分がなぜ、主に論理思考をするのかは、ついつい科学的思考というか、手順に馴れてしまっていないか、逆に、あまりに直観を重要視するのなら、信仰過信に陥っていないか、自ら自問自答すべきであることに気がつくわけじゃね。

 つまり、相手を通して、自分の立ち位置を照らし出すことが、いま、生きていることの重要な点といえるわけじゃ。

 相手が、自分のクセを照らしてくれているわけじゃね。相手がいるからこそ、自分を深く探る体験ができるともいえるじゃね。

 自分独りじゃ、思いグセなどわからないし、なにより、周囲に合わせて、価値観をつくりかえることもできないわけじゃね。

 立ち位置が、宇宙の進化により様々に変わるので、価値観自体が永遠に続くことはありえないじゃ。だから、価値観をつくりかえるノウハウを身に着けないといけないわけじゃね。

 つまり、TPOに応じて、価値観をつくりかえるわけじゃね。そうすると、立ち位置に応じて変わらない自分という存在が明らかになるわけじゃね。

2008-01-29 | 錬金術者 #- | URL|[ 編集 ]

思い込みをなくすために生きる

体験を通して「思い」をつくり変える。
昨日の錬金術者さんのこの言葉が印象に残りました。
本当にそうですね。
やまんばは思い込みの強い人間です。
でも今は少しづつ、それを発見し、思いを解き始める作業をしています^^。大きな思い込いからは随分前に開放されたのですが、まだまだ無意識の中では「思い込みさん」が自由にかけまわり、やまんばの行動を操作しているようです^^発見し、行動を変えていくと思い込みから開放されていくのが、今はおもしろくなりつつあります。が、自分でも気がついていない大物の思い込みがどこにあるやらわかりません。なにせ、無意識の海は途方もなく深く広いからです。たぶん死ぬまで、続ける作業でしょう。今は小さなやまんばですが、あの世にいくころには、本当に誰もが恐れるやまんばに変身しているかもしれません。コホホ^^おもしろいやら、怖いやら・・・あれっ?今やまんば、怖いと言いましたね!な〜〜〜〜ぜ?はてさて呼吸を意識していきましょう^^
これは大物の「思い込みさん」が釣れるかもしれません。一生ものですかね〜〜〜

2008-01-29 | やまんばさん #- | URL|[ 編集 ]

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