健康法の大家は、みな長命か(つづき)

五木寛之・帯津良一 著「健康問答」平凡社より(62)
 

五木 その創始者の岡田虎次郎さんは、
たしか四十八歳で亡くなったように思いますが。

帯津 ええ、四十七、八歳でしたね。
  
五木 急死されたんですよね、たしか……。

帯津 たしか、なにか腎臓の病気だったと思いますが
……。 

五木 それで、岡田式静座呼吸法の熱烈なファンが、
いっせいに、潮が引くように、サーッと引いたという
説がある。そのあと野口整体の……。


帯津 ええ、野口春哉さん。

五木 野口春哉さんが亡くなったのは、たしか六十五歳
でしたね。私は健康法の創始者が、意外と短命なのが
気になっているんです。

帯津 そう。六十四、五歳でしたね。野口春哉さんは。

五木 その高弟といいますか、野口さんの「風邪の効用」
とか、「整体入門」などの文庫本の解説をお書きになって
いる、伊藤圭一さんという文学者がおられますね。
戦記文学などをお書きになっていらっしゃる……。

帯津 作家の方ですね。

五木 はい。伊藤圭一さんは、高齢になって再婚もされ
ましてね。文学賞の選考委員会なんかでお目にかかると、
八十歳を超えていると思うんですが、かくしゃくとした方で、

なにか、おやりになっていますか?と伺ったら、やはり
野口整体をやっていると、おっしゃっていました。
長く野口整体をやってきて、解説もお書きになっている。

そこで野口春哉さんが早く亡くなられたことは、気になり
ませんかと聞いたら、いや、気にならないと。

生来、野口春哉さんはひ譲に虚弱な体質で、とても二十歳
まで生きないだろうといわれていた人なのに、ああいう風に
生きたこと自体、奇跡に近いとおっしゃるんです。

帯津 なるほど。
 
五木 晩年まで、人のために尽くしたと。操法というんですね。
野口整体の治療のことを。それを求めてくる人がいたら、
もうとにかく一生懸命、自分の体や疲労なんかかえりみず、
徹底的に指導したというんです。

野口さんが、あそこまでもったというのはすごいことだと。
ほんらいは二十代で亡くなってもいい方だったから。

そのことを考えれば、天命をさらに延ばしたという風に、
私どもは理解しているから、そのことについては、
もういっさい疑問は抱かないとおっしゃっていました。
 
帯津 ええ。

五木 でも、それを学ぶ者は、やはりどうしても、
健康法の指導者の方には長寿で、元気でいて欲しいですよね(笑)。
 
帯津 そうですね。ただ私もいろんな人とつき合ってみると、
健康法のリーダーは、そんなに、九十、百といった長命の方は
いないですね。ちょうどいいというか、ほどよく死んでいると、
私は思うんですね。八十歳前後。
 
五木 ああ、ちょうどいいというのは、いい言葉だなあ。
やたら長生きしても、まわりが困る(笑)。
 
帯津 ええ。これが健康法なんだろうと思っているんですけどね。
ちょうど八十歳前後が多いですね。野口春哉さん、岡田虎次郎さん
なんかは、早いほうだと思いますが。
 
五木 ええ。もう少し生きていて欲しかったですね。



次回につづく


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ジャンル : 心と身体

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手を合わせる

昨日のコメントを読んでいて、体の感覚のことでで思い出したことがありました。
(手を合わせる。)
やまんばは何か祈ることがあって、寝床の中で横になって、手を合わせていたことがありました。すると、不思議な感覚を体が感じました。
うまく表現できないのですが、レールが連結するように、あるとき右と左がきちんとつながった感じ、ガクンと。やまんばは、あれ?と思いました。(左右のバランスが取れる・・一つの円になった)・・・そんな感覚です
その時、漠然と祈るという行為は宇宙の流れと一体になる・・もしくは宇宙のエネルギーが入りやすい状況になるのではないか?と感じたのです。あれから、意識して、手を合わせてみると、体のどこかに(痛み)とか(つまっている感覚)のようなものを感じることがあります。そこに意識を集中します。なんとなく滞りが消えることがあり、やまんばはそれがおもしろく、待ち合わせの時や退屈しているときに手を合わせて、そういう体の感覚のゲームをして一時期んでいました。
昨日そのことを思い出しました^^。
もしかしたら手を合わせることは宇宙のエネルギーとつながる方法の一つの手段なのかもしれないとおもいました。
宗教家の人が長生きされる確立が高いのも、手を合わせて祈られる機会が多いからかもしれない・・・と、思いました。

ねこ鍋^^

みました^^可愛いですね!
土鍋はお母さんのおなかの中の感覚ににているのですね。大盛りの土鍋はああやって、母さんのおなかの中で重なりあって眠っていたのですね。だから、ひっつきもっつきが、安心なのですね。

ねこ鍋

今日、本屋を散策していると「ねこ鍋」という
写真集があってこれがかぁわいい〜〜〜のです。

さっそくグーぐるイメージで検索して見つけたのが
これ↓
http://nagaraja.at.webry.info/200708/article_8.html

ねこ鍋の作り方が詳しく出ていますのでまだごらんに
なってない方は是非ごらんください。必見です。



魂は、病気に罹る事もなく・・・

「死は病気ではないのです」
といったのは藤原新也だったか
とても印象に残る言葉でした。

藤原新也はmemento moriの冒頭で
「死の瞬間が生命の標準時」
ともいっている。

これはいったいどういう意味なんだろう。
死の瞬間つまり寿命の尽きた時が命のグリニッジ時?

ひとの寿命は時差があって長短あるけれど
そのひとにとってはぴったりの標準時なんだという
ことなのかな。

タイピングしながらも意味がますますよくわから
なくなってきました。

memento mori 写真家 藤原新也オフィシャルサイト
http://www.fujiwarashinya.com/main.html



ほどよく生きる

八十歳前後がちょうどいい
やたら長生きしても、まわりが困る。

たしかにそうなんですけれども、
いざ自分のこととなるとどうなんでしょう。

その場面に立たないと実際のところは
わかりませんが、「特に体で悪い所はないが
そろそろ八十歳だし、みなさんに迷惑かからない
うちに、ではさようなら」

なんて死んでいけますかねぇ〜



リズムが大切!

 寿命は予め決まっておるという。寿命は、この世で目的を果たす時間の必要量という観点で捉えるとわかりやすいぞな。

 例えば、あの世から肉体というタイムマシンに乗って、未来へと使命を果たす為に、現在にやってきたと考えるとわかりやすいじゃ。
 
 あの世から魂が来て、ハード(固体)の肉体を操るには、ソフトウェアが必要で、このソフトが、「気」に相当するわけじゃね。

 実は、魂は生まれる前と全く変わりはなく、このソフトの気が、全て経歴やら、履歴やらの体験を記録し、魂の意識、つまり「心」に伝達しているというじゃ。死ぬときに、人生を振り返るのは、この「気」を脱ぐからじゃという。

 だから、魂は、病気に罹る事もなく、永遠のものだが、肉体を操作する際に、ソフトウェアの「気」が、肉体の斬新さや、劣化等についていけなくなり、異常をきたすわけじゃね。

 肉体にどれだけ深く入り込むか、物質の感覚にどれだけ浸されるかで、性が決まるともいえるじゃ。肉体は、様々な食物を摂取するので、無秩序なリズムをもち、それを呼吸によって、リズムよく整え、魂に到達させるには、真善美に近いバランスがあり、調和のものにしないといけないというじゃ。

 呼吸は、「気」の記録を、「心」によって、調律することに相当する。過度に反応しても、過少に反応してもいけない。適度にバランスよく、取捨選択していくのが、よいわけじゃね。

 人間にはそれぞれ偏向があるように、魂と、肉体のつながりもそれぞれ異なるから、呼吸やリズムもそれぞれ違うわけじゃね。肝心なのは、自分のリズムというのを掴むことだと思うじゃ。

 エネルギーは、共鳴の法則を考えるとわかる。リズムが同じ人といると、自然と、共振、共感し、エネルギーが満ちるのを感じるじゃろう。

 宇宙には様々なリズムがあるが、神々の非常に微細なリズムを感じると、それだけでパワーが漲ることもあるようじゃ。 

 また、宇宙には、治癒力、つまり生命力の波動がそのまま送られ、感じれば自然治癒力が発揮できるようになっておるが、ただ、人間側がそれを掴むかどうかは、人間の共感力によるというわけじゃね。我々の全ての魂のなかに、既に生命力、永遠の治癒力は備わっているじゃ。ただ、それの出し方を知らないだけじゃ。

得度の説明、ありがとうございました。

丁度いい、ほどよく死んでいる・・・・^^。
なるほど。
なんか、エネルギーの量って、生まれるときに決まっていただいてきたのではないだろうか???なんて思いました。天才的な方はすごい作品を残してさーと若くにいってしまわれるし。ものすごい量のエネルギーを短時間で使い切るみたいに。大スターといわれた人も長くは生きていないことが多いですね。エネルギーをみんなにあげているのかなあ、それとも吸い取られているのかなあ・・そんな感じをうけました。エネルギーを人にあげたら、祈るか、瞑想したりすると、宇宙から、充電されるのかもしれない。
ほどよく生きる・・・良い響きですね^^。
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「人生ノ一番下手ナ生キ方ヲ碌々トイウ(北川省一)」そうだ。「沢山の小石」という意味もある。

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