切り刻まないこと
ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (27)
西洋の医学は、
あまりにも外科手術を重要視しすぎるようです。
お医者さんは体の不要な部分を切除したがります。
体のなかに異変が起きたら、
すぐに手術を勧めます。
心理療法についても同様です。
セラピストは不要なものを捨てて必要なものだけ
残すように指導するようです。
しかし、そんなことをしたら、
あとに残るものはわずかになってしまいます。
不要なものをみな排除してしまったら、
私たちの体やこころをつくりあげている、
ほとんどすべてを排除してしまうことになりかねません。
不要なものを排除する代わりに、それを別のものに変える
方法を考えてみたらどうでしょうか。
たとえば、怒りをもっと健全なもの、
理解といったものに変えることができると思います。
怒りをとりのぞくのに外科手術は要りません。
怒りに対して怒りを感じたら、
ふたつの怒りを背負いこむことになります。
そうではなく、
怒りという感情を、ただ優しく、
こころをひらいて見つめるだけでいいのです。
怒りから逃げないで、
このように扱ってやれば、
怒りはひとりでに変化してゆきます。
これはとても平和的なやり方です。
私たち自身が平和ならば、
怒りとも仲よくやっていけるはずです。
落胆、心配事、恐れ、どんな不快な感情でも、
このように扱えば、
ひとりでにすがたを変えていきます。
次回につづく
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西洋の医学は、
あまりにも外科手術を重要視しすぎるようです。
お医者さんは体の不要な部分を切除したがります。
体のなかに異変が起きたら、
すぐに手術を勧めます。
心理療法についても同様です。
セラピストは不要なものを捨てて必要なものだけ
残すように指導するようです。
しかし、そんなことをしたら、
あとに残るものはわずかになってしまいます。
不要なものをみな排除してしまったら、
私たちの体やこころをつくりあげている、
ほとんどすべてを排除してしまうことになりかねません。
不要なものを排除する代わりに、それを別のものに変える
方法を考えてみたらどうでしょうか。
たとえば、怒りをもっと健全なもの、
理解といったものに変えることができると思います。
怒りをとりのぞくのに外科手術は要りません。
怒りに対して怒りを感じたら、
ふたつの怒りを背負いこむことになります。
そうではなく、
怒りという感情を、ただ優しく、
こころをひらいて見つめるだけでいいのです。
怒りから逃げないで、
このように扱ってやれば、
怒りはひとりでに変化してゆきます。
これはとても平和的なやり方です。
私たち自身が平和ならば、
怒りとも仲よくやっていけるはずです。
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このように扱えば、
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