碌々(ろくろく)ブログ

先哲の教え、言葉などを通して  心身の健康、真の幸福  そして人生成功の秘訣を  共に探求していきましょう

病院に行けば病気は治るのか

五木寛之・帯津良一 著「健康問答」平凡社より(47)


五木 お医者さんである帯津さんを前に、
こんなことをいうのもはばかられるのですが、
私は、できるだけ病院に近づきたくない。

たとえ病気になったとしても、動物が自分で傷をなめたり、
患部をかばったりして自然に治っていくように、

お医者さんの手をわずらわせずに立ち直りたい、と願って
きました。もっとも昨今では、犬や猫のほうが、すぐ病院
にかかるみたいですけれども(笑)。

帯津 そうですね。ちょっと便がゆるいくらいでも、
獣医のところに連れて行くそうですから。


五木 ほんとうは、犬や猫たちも迷惑しているんじゃないか
な(笑)。知り合いの猫は「お医者さんに行かなくちゃ」とい
う言葉を聞くと、一目散に逃げて、どっかに隠れてしまう
そうです。

帯津 そうでしょうね。五木さんがおっしゃるように、
なかには、悪い気が流れている病院がありますから(笑)。

五木 ほんとうにそう思いですか(笑)。なんかうれしいなあ。
お医者さんに同意していただけると(笑)。

帯津 すべての病院の、「気」が悪いというのではありませんが、
あるルポライターの女性が、彼女もがん患者さんなんですが、
あるときこうかいた書いていました。
「病院は人びとの怒りと恨みが渦巻いている」と。

たしかに、人間を肉体の塊、物質のようにあつかって治療をすると、
魂の部分が大変辛い思いをし、それが、暗い怨念や怒りとなって
発散され、病院内にこもる。これを五木さんは、悪い気と感じられ
たんじゃないですか。

五木 そうなんですが、みんなよく病院に行きますね。私は、
よほどのことがなければ、お見舞いにも行きません。たまたま、
このところ病院に行く機会が多いんですが、驚きましたね。

時間外だというのに、ロビーには人が溢れているんです。
緊急の患者さんなんですが、赤ちゃんを抱いたり、家族が深刻な顔
をしていたり、世の中には、なんでこんなに病人がいるんだと。

私は、ふだんあまり病院に行かないものですから、仰天したんです。
日本国中、病人だらけじゃないかって。

帯津 ええ。ほんとですね。閑散としている大学病院って、あんまり
ありませんから。評判の悪いところでも、患者さんがいっぱい
いるから、不思議なんです(笑)。

五木 深夜でも、こうこうと電気がついて、受付に職員が何人もいる
んです。もうひっきりなしに人がくるんですね。この光景には驚き
ました。薬を受け取る順番を待っている待合室も満員だし。

帯津 ええ。
 


次回につづく


↓↓↓あなたの応援↓↓↓(1日1クリック)お願いします。

にほんブログ村 哲学ブログへ人気blogランキング精神世界 ランキング



2007-11-21 | 健康法 |  コメント : 6  |  tb : 0

Comment

後編の開き方があることも知りませんでした。
「山姥」の本はいつか読んでみます。
ありがとうございます。
病院が幽霊の宝庫・・・ちょっと、心当たりがあります。

2007-11-22 | やまんばさん #- | URL|[ 編集 ]

切ナイ恋物語・恋空・後編

あらぁ〜もしかしてやまんばさん
後編の開き方わからないのかなぁ〜

http://ip.tosp.co.jp/BK/TosBS100.asp?I=hidamari_book2


2007-11-21 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]

今日病院休みます

「今日は体調が悪いので病院に行くの休みます」

なんてことが、まことしやかに語られるのが
当たり前になっているこのごろですね。

本当に元気でないと病院に行かない方がいい(^。^;)
のかもしれません。

インフルエンザや風邪、様々な病原菌がうようよ
しているところなんですから、要注意です。

できるだけ病院には近づかないほうがいいです。


2007-11-21 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]

『山妣』 坂東真砂子

新潮文庫 上、下二巻 第116回直木賞受賞作品。


明治時代、雪深い越後の山奥の小さな村。
その村に伝わる山姥の伝説、一攫千金を夢見る男たち、
その男たちの慰めとなる遊女たち・・・

のどかに見える小さな村の中にうずまく人間の欲望、
すさまじいほどの愛憎は息が詰まるほど濃密。

一昨日、この『山妣』を読み終えて、その後すぐに
「恋空」を読み始めたものだから、あまりにも軽くて
なんだかあほらしくて、途中で止めてしまいました。

上巻では下巻への伏線になる二つの物語があり、
下巻はぐいぐいと引き込まれていきます。
あっという間に最後まで読み終えてしまうことでしょう。

越後の方言がそのままに使われていることもあって、
けっして読みやすい本ではありません。
上巻を読み終えるのには相当に努力がいるかも
しれません。が、その分読み応えはすごいです。

ぜひみなさんにお勧めします、特にやまんばさんには
読んでいただきたいですね。

これは、やまんば伝説のルーツといえるものだと思います。



2007-11-21 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]

病院は幽霊の宝庫?

 霊能のある人にいわせると、病院、特に手術室では、よく幽霊をみるというじゃ。幽霊は、一般的に未浄化霊のことをいうようじゃが、幽霊になるのは、あまりにも、体験が衝撃なので、自分のなかで、浄化(理解)できずに、過去の体験から、解決がつかず、どうしてよいかわからないから、未浄化になって、その思いを誰かにみせたい、表現したい、理解してもらいたいという低次元の利己主義からきているように思われるじゃ。つまり、依存心が根底にあるといえる。

 一般的に、現代は非常に唯物的なので、死んでも、意識があるので、自分が死んだことに気がつかない霊が多いというじゃ。そこになんらかの未練があると、幽霊となって、浄化できずに、肉体を求めて彷徨うわけじゃね。まだまだ生きられると錯覚してしまうじゃね。低級な霊は、現世に介入しようとするので、たちに負えないというじゃ。かつては陰陽師が、これらの低級霊を退治というか、浄化させていたという。

 病院に限らず、病気を他人のせいにしたり、自分だけが幸せになりたいとか利己主義が渦巻く場所は、低級霊を呼び寄せる格好の場所になるというじゃ。低級霊は、そのような利己主義者を通して、操って現世に関わろうとするからじゃね。

 よく幽霊が出る場所、政治家が密室で行う話し合いの闇の場所や、新興宗教団体などは、非常に注意すべしだね。光が当たらない闇の場所には、低級霊が集い、現世に介入しようとするからだね。低級霊のことを、東洋では魔物、西洋では、悪魔と呼んでいるじゃね。

 気が悪い場所には用心じゃね。ちなみに、穢れは、気枯れからきているというじゃ。国会という国民の日、光にあたる場所での、議論をせずに、闇で、こそこそと決めるのは、悪党の手口そのものだね。

 神様は寛大だから、大目にみて、自由に泳がせておくが、全ては筒抜けで、最後には、厳格に審判するじゃね。神様を畏れる心を忘れてしまっては、元も子もないじゃね。

 だから、病院にいくには、まず、自分で病気を克服するぞという気合いをもって、意志をはっきりしていくべきじゃね。病気に罹るということは、ある意味、魔物に付け込まれている隙があるということなんじゃね。ちなみに、咳をするのは、魔物を追い払う自己防御なのだというじゃ。 

2007-11-21 | 錬金術者 #- | URL|[ 編集 ]

病院に近づきたくない・・なるほど

やまんばがかかりつけの病院に選んだところは、先生は名医かどうかはわからないけど、穏やかな顔をされてるし、小児科も一緒で賑やかだし、御夫婦二人で開業されてるのですけど、お子さんがおられないせいか、病院に花や、可愛い置物、熱帯魚、絵などが所狭しと飾られ、待ってる間が楽しいし、患者も少なく、陰気でないのが気に入って決めました。確かに総合病院に行くと心の芯が冷えてくるようで、さみしい〜気持ちになるから、不思議です。
「病院は人々の怒りと恨みが渦巻いている」・・なるほど、そうかもしれませんね。
ろくろくさん・・携帯小説「恋空」読ませてもらいましたよ。高校時代をなつかしく思い出しました。続きを楽しみにしています。しかし、やまんば、「レイプ」ほど頭にくることはありません!錬金術者さんの昨日のコメントの中の動物霊に取り付かれている野獣を感じて、被害にあった女性が可哀想にどんなに怖かっただろうと、体が震える思いがします!
それから、「世間は生きている 理屈は死んでいる」は勝海舟の言葉なんですね。なんとなく、錬金術者さんのお人柄を感じられ、ほほえましかったですよ^^。

2007-11-21 | やまんばさん #- | URL|[ 編集 ]

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

http://lokulog.blog43.fc2.com/tb.php/696-a12ea843

 | HOME | 

Powered by FC2 Blog ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー,FC2ブログ 専門学校
©2005ろくろくAll Rights Reserved.
Template, CG by 暁の野に咲く夜明けの花(Himatsuri YUYU)