2007年11月19日 (月) | Edit |
五木寛之・帯津良一 著「健康問答」平凡社より(45)


五木 安保徹さんの理論によると、ガン=ストレス説が、
大きく見られていますでしょう。

帯津 ええ。

五木 でも戦争中、空襲警報が鳴って、防空壕の中で震えて
いたときは、もうストレスの塊で生きていたけれども、
みんながガンになったとはかぎらない(笑)。

だからストレスのなかにも、悪いストレスのほかに、
「さあ今日は、これ、がんばらなきゃいけない」みたいな、
前向きに生命を活性化させる、善いストレスもあるのでは
ないでしょうか。

休日性頭痛というのがあって、今日は何もしなくてもいい、
一日休んでいられると思うと、頭痛になる人がいるんです。


これはストレスが、ポンとなくなるから出てくるものなので、
日曜日も計画を立てて、今日は映画なら映画に行こうと決め
たほうがいいという。

頭痛の専門書を読むと、そういう風に書いてありますね。
弛緩性頭痛、休日性頭痛。

帯津 五木さんが『養生の実技』に書いてらしたけれど、
ストレスは人間が背負わなければならない運命であると。
私もそう思うんですね。これなしの生活は、ありえないです。

五木 ええ。あり得ないと思いますね。ストレスは。
 
帯津 だから、私もストレスをなくせとか、はね返せというのは、
まちがいだと思うんです。うまくつき合うというか、そういう
ものだと思うんです。

五木 政治家たちは、ストレスを楽しんで生きている(笑)。
ストレスのなかで生きている永田町の連中が、長生きするわけない
と思うけれど、中曽根さんにしても、塩じいさんにしても、

なぜか、あの人たちは長生き。ストレスをエンジョイしながら、
生きがいとして生きているみたいですよね。闘う、闘争するという
ことで体中のエネルギーが、パーッと爆発するんだと思いますが、
それが、政治家的人間ということなんでしょう。

帯津 私は、こう思うんですよ。安保理論はたしかにいいのだけれど、
リラックスだけしていたら、人生面白くない。ストレスだの、困難な
状況なんかにあったとき、かえって命が爆発する。

その爆発も人生に必要だし、かえって、病気を治す起爆剤になる場合
もあると思うんです。

五木 同感です。
 
帯津 安保さんは、最近あまりいわなくなったけれど、ガンの患者
さんは、あるいはガンを予防するためには、会社に行ってもあんまり
働くなと、五時になったらサッと帰れと、初期のころはいっていたん
です。

でも私は、それに反対していたことがあるんです。働かないで、
五時になったらサッと帰って、果たしてビールが旨いかというと、
旨くないでしょう(笑)。だからやはり、苦労したほうがいいんです。

汗かいて。交換神経が一回はたらいて、それから副交換神経の活動を
上げるから、自律神経のはたらきの両方のバランスが保たれるので、
副交換神経だけで朝から晩までやっていたら、良くないと思うんです
ね。

五木 それは、絶対良くないでしょう。交換神経というくらいだから、
相互、代わりばんこに出てくれないと。あるときは緊張する、緊張の
あとに弛緩がある。その繰り返し。弛緩だけでもだめ、緊張だけでも
だめという。

帯津 ええ。



次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
錬金術者さんのコメント
とてもおもしろく、勉強になりました。
以前に比べて、慣れたせいもあるのか 分かりやすくなりました。
錬金術者さんて、どんな方なんでしょう?
ミイラ学なんて聞いたこともありませんでした。
本当にこのブログはたくさんのことを知ったり、心の体験もさせてもらったり、学びが多くて感謝です。
ろくろくさんのコメントも笑いました^^。なんか似てるので、吹き出しました^^。
2007/11/20(Tue) 07:49 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
あの世には時間がない
時間はこの世だけの存在であるなら
あの世には時間が無いということに
なりますな・・・

あの世に時間がないということは、
思考が存在できませぬから
悩みもなくなりますね。

自ずから悟った状態になって
しまうのでありんす。というか

悟りとか迷いとかが無い状態ということに
なります。もちろん極楽も無ければ
地獄も無いわけですね。


2007/11/19(Mon) 21:03 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
糞で働きものか、怠け者かがわかる
丸っこい固まった糞なら、
よく身体を動かした証拠で、
ドロっとしたビチャビチャした糞なら、
身体を動かさず怠けさせた証拠だというじゃね。


わたくしいつのころからか、
つぶさに自分の糞を
観察する習慣がありまして、

で、私の場合は、丸っこい固まった糞と、
ドロビチャ糞が、適当に案配よく混ざっている
というか、ここ2,3日は丸固糞、その後4,5日は
ドロビチャ糞という風なんです。

まあ2,3日働いて、4,5日怠けとる
ということでしょうね。(^。^;)



2007/11/19(Mon) 20:50 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
このテレビはもう寿命だ
というふうに、寿命がきたら突然死んで
しまうものなのでしょうか。

機械に寿命が来たり、電池の寿命と同じ様に
人間も死んでしまうものなのでしょうか。

「寿命が延びる」とか「生きながらえる」とかの
表現もあります。

寿命が来たんだけども、健康に留意したおかげで、
生きながらえることができた、というのと、

「あれほど健康に留意していたのに、
寿命だったんだね」

二つのタイプがあるのでしょうか・・・




2007/11/19(Mon) 20:32 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
時間はこの世だけの存在
 この世に生きているときは、寿命を気にするが、寿命よりも、人生をいかに深く学んだか、モラルに沿って、よりよく生きたかを気にするべしじゃね。

 時間というのは、仮想にすぎないじゃ。何らかの運動を基準に時間を定義するが、運動の目的は、別にあるじゃ。つまり、運動は派生的なもので、時間も副次的なものじゃね。

 例えば、ある運動をするのに、ある人は、すぐにコツを掴んで到達するが、ある人は、なかなかコツをつかめずに右往左往することがある。この事は、ダンスなんかでよくわかるじゃね。

 この運動に対して、時間を議論してもはじまらないじゃね。しかし、われわれは、この副次的な時間の方を問題とするじゃね。

 確かに、時間は、生きている間の年齢、つまり、幼児、子供、若者、成人、老人の、いわゆる肉体や外見の尺度にはなるじゃ。しかし、年齢の意味するものは、特定の状態、いわば春夏秋冬のような季節の相違でしかないわけじゃね。

 その人を見るには、一時期の状態だけをみて、判断することはできないわけじゃ。人生全てをみないといけないわけじゃね。
 
 秘教では、人間は、いま4つの体からなるわけじゃが、進化すれば、更に3つの体を手に入れ、7つの体になるといわれておるじゃ。時間よりも、こちらの、7つの体を獲得する方が、生きる目的に近いといえるじゃ。

 なぜなら、老人と、子供の違いは、4つの体の関係の相違で示され、誰にも共通のものであるからじゃね。このまま、4つの体に留まると、次のステージには、いけないまま、いわば獣として留まることになるじゃ。

 この事は時間や寿命とは全く関係ないじゃ。同じ人生を生きても、百知る人もいれば、1つをも知ることができずに、長生きする人もいるじゃ。
2007/11/19(Mon) 16:52 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
ミイラ学
 尿飲はあまりお薦めできない代物ですじゃ。恐らくプラセボで、効いているのと錯覚しているのじゃろうね。尿飲に限らす、「信じる力」というのは、果てしない力を秘めておるだに。

 なぜなら、病気を生み出したのも自分なのだから、病気を発生させる力がそのまま、病気を治癒させる力に転じればよいからじゃね。病気に感謝し、治癒を信じる力ほど無限なものはないじゃ。

 病気に感謝することで、エネルギーを自己から取り出す、それには、結束し1つにならないといけないじゃね。愛の力じゃね。そして、そのエネルギーを良い方向に向けないとダメじゃね。信じる力じゃね。罪を告白する勇気といえるじゃね。

 身体全てが治すという目的と1つになることで、身体のなかのバランス、調整能力が再び発揮させるじゃね。日頃は、自らの意志から、身体を動かすことで、この1つになる調整能力が高められるじゃ。

 心臓は、自らの意志に沿って、エネルギーを汲み出し集め、行為を行う準備を整えるわけじゃ。自らの意志に沿って身体を動かすことで、満遍なくエネルギーが行き渡り、健康が保たれるじゃね。

 だから、自らの意志を他に委ねたり、他に依存して楽をしていると、エネルギーが余り、たちまち心臓の調整能力が鈍くなるじゃ。この顕著な例がエコノミー症候群や、血がドロドロになる血栓症じゃね。だから、労働的には、自ら耕し自ら育て、農作物をつくる農村生活が、健康を保つのに最も適しているというじゃ。しかし、あまり乗り物に乗ってはいかんじゃ。

 ストレスというのは、自らの意志が、どれだけ実現下かで決まるわけじゃ。他人に世話になれば、エネルギーが余り、意志薄弱になるし、抵抗を受け、実現できなければ、エネルギーが足りなくなり、また意志薄弱になるじゃ。

 つまり過ぎたるは及ばざるが如しじゃね。だから、どのような意志を持つかが非常に大事だね。自らに合った適度な意志が必要じゃね。この経験の蓄積がつまり、自分を知ることになるじゃ。

 さて、尿だが、尿や汗は、秘教では、「気」から発するもので、「気」が思考や感情、意志行為を行ったときの、いわば排泄物じゃね。「気」の記録物というってもよいじゃ。

 ちなみに、糞の場合は、大まかに、働きものか、怠け者かがわかる。丸っこい固まった糞なら、よく身体を動かした証拠で、ドロっとしたビチャビチャした糞なら、身体を動かさず怠けさせた証拠だというじゃね。

 だから、太古の霊能者は、尿や、汗、涙をみて、その人の「気」の流れの特徴を知ることができたじゃ。このようなことをミイラ学と呼んでいたというじゃ。

 だから、尿は「気」の流れを知るには、よいが、治療となると、また話は別じゃね。あくまで、診断だからね。太古の霊能者なら、気を操ることに自由自在だから、尿からそのまま気の流れを治したわけじゃ。恐らく、この事が、誤まって伝わり尿飲など根拠のない治療法が出来たのじゃろうね。
 
 気の流れを変えるには鉱物や植物を薬剤として服用せねばならんじゃ。この原理は、現代の医学と少しも変わらないじゃ。ただ、霊能があった方が、どの植物やどの鉱物が、気の流れを変えるのに適しているか、実際に実験せずともわかるという違いでしかない。これが直観だね。現代人は直観を失ったので、間接的に分析して、調べないとわからないわけじゃ。

 その代わり、分析力や論理力が磨かれたわけじゃね。一見すると、誰が真の霊能者で、誰が偽者かの区別がつかんわけじゃ。この事は、霊能者でもわからない。霊能は非常に個性的なものなので、つまり、偽者を見破るには、やはり、分析力が必要なんじゃね。 
2007/11/19(Mon) 12:35 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
寿命
これだけは誕生したときに決まっているのではないでしょうか。カハカハ。長生きするだけがいいのではない。健康で楽しく生きたいものです。

ストレスを楽しむ・・・長嶋さんもそういっておられましたね^^。
天国だけでは退屈かも・・なんて思う人もいっぱいおられることでしょう。天国 地獄は己の心次第。ただし死んでいく天国は今の次元ではといてい想像できないものだと思うから、やまんばはやはり天国にいきたいです^^。

交換神経はマリアさんがおられたとき、たくさん働かせました^^。毎日泣き笑い、楽しかったなあ。

国会討論会の中継は変なお笑い番組をみているよりははるかにおもしろいです。きつねと狸の騙し合い。キリンやうさぎ、米搗きバッタ・・いろいろ登場して、とても本気ではみられません。国民をバカにしてるのですか!といいながら、思わず引き込まれているやまんばです。
2007/11/19(Mon) 09:43 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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