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2007年11月06日 (火) | Edit |
河合隼雄著「老いのみち」読売新聞社より (12)


スイスに留学中、私の分析家だった、
リリアン・フレイ先生が最近おなくなりになった。
享年九十歳。

先生のごめい福を祈る気持ちをこめて、
先生の思い出を書かせていただく。

分析家になるためには、
まず自分が分析を受けねばならない。


自分のことを深く知らないで他人の分析など
できるはずがない。これを教育分析というのだが、
フレイ先生は私の教育分析家だったのである。

教育分析は一応終わって1965年に資格を得て帰国
したが、その後、機会があってスイスに行くたびに、
よくお訪ねし、自分の内的なことについて話し合った。
「自分を知る」ことに終わりはないのだ。

二年ほど前、最後にお会いしたときは、
残念ながら大分「ぼけ」ておられた。

ついさっき話したことを忘れて、また繰り返される。
その程度が相当にひどいのである。

ところが、話が内的な深い話になってくると、
それがまったく違ってくる。実に鋭く、的を射た言葉
がでてくるので驚いてしまった。
「ぼけ」などまったく感じさせないのである。

当時、フレイ先生に分析を受けていた人が、フレイ先生
と話し合っているときに、先生がぼけたようなことを
言われたりするときは、こちらの話題が浅いときで、
深くなってゆくと先生は実に的確になられる。

フレイ先生の応答によって、自分の話題の程度が測られる、
と言われて、なるほどと思った。

老人の「ぼけ」という点について実に考えさせられること
だと思った。



次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
There's always anaother way.
「どんな時でも思いこんだものと違うやり方がある、
違う価値観があるって考えることのできる人。
それがプロフェッショナルかな、だと思います。」
自閉症支援・服巻(はらまき) 智子  

さきほど「NHK プロフェッショナル 仕事の流儀 」
第66回10月30日放送の再放送を見ていまして、
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/071030/index.html
大変共鳴した言葉だったのでご紹介させて頂きました。

私たちは、いつの間にか、自分の思いこんだ考え方や
価値観を持ってしまい、それが唯一の正しい解答だと
一人合点してしまっていることがあるように思います。

しかしそれは沢山あるやり方の一つにすぎないんだ。
ということなんですよね。

わたしにも、やまんばさんにもそして多くの読者の
みなさんにも言えることだと思います。m(u_u)m


2007/11/06(Tue) 18:43 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
「自分を知る」ことに終わりはない
この言葉。心の中心に すっぽり はまりました。

こうして毎日コメントすることも、自分を知る良いチャンスだと思えます。以前、ここで教わったのであろうか?  「口は心に満ちたものを語る」と。

フレイ先生のお話はよくわかります。
以前話した「河原の石の友人」「うちのばあちゃん」どちらも今いったことをすぐ忘れられるのに、人生における話になってくると、今さっき話しをしていた人かと???  驚くほどきちんと話されるのです。脳ってどうなってるの?と不思議に思え、どんな認知症の方も、尊厳を傷つけることのないよう接していかねばならないのだと思います。

白隠禅師の健康法は印刷しました。
最初、「禅病」・・??  なっ!んで?
不謹慎ながら、笑ってしまいました。白隠禅師さん、ごめんなさい。
頭はのぼせ上がり、両腕両足が氷雪のように冷えて、心は疲れ切って、夜も眠ることが出来ず、幻覚を生ずるようになった。・・・・猛烈な人だったのですね。
でもまたそういう人でないと、悟れないのかもしれませんね。
最初は笑ってたけど、今はなんか恐ろしいものをみたような寒い思いがよぎりました。

人間ってやっかいな不思議な動物。
2007/11/06(Tue) 07:52 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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