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2007年10月07日 (日) | Edit |
河合隼雄著「老いのみち」読売新聞社より (2)


「老い」はなかなか難しい問題で、
一筋縄のことで解答が出てくるものではない。

思い切った発想の転換と言う点で、
次に示す昔話は示唆するところが大きい

昔々、ある殿様が老人は働かず、
無駄だから山に捨てるように、
というお触れを出した。



ある男が自分の父親の老人を捨てるのにしのびず、
そっとかくまっておいた。

殿様はあるとき、
灰でつくった縄が欲しいと言い出した。

皆がわれもわれもと灰で縄をなおうとするが、
どうしてもつくれない。

例の男が父親に相談すると、
わらで固く固く縄をない、
それを燃やすといいと教えてくれた。

なるほど、やってみると
灰の縄ができたので殿様に献上した。
殿様は喜んでだれの考案かと言う。

実はかくまっていた老人の知恵で、
と白状すると、殿様は、老人は知恵があるので、
以後捨てずに大切にするようにとお触れを出した。

この話で面白いところは、
縄をつくってから灰にするという逆転思考である。
そこで、われわれもこの逆転思考を老人のことに
当てはめてみよう。

「老人は何もしないから駄目」と言うが、
「老人は何もしないから素晴らしい」と
言えないだろうか。

青年や中年があれもするこれもすると
走り回っているのは、それによって、
生きることに内在する不安をごまかすためでは
なかろうか。

何もせずに「そこにいる」という老人の姿が、
働きまわる人々の姿を照射して、
不思議な影を見せてくれるのである。



次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
何?可愛いおばあちゃん?チェッ!
可愛いおばあちゃんとはどんなおばあさんのことか

一、「昔はこうだった、ああだった」と苦労話をしないこと。

ニ、勿体ないからといって、残り物を無理やり食べろ食べろと
いわないこと。食べないからと怒って、
まるで面当てのように自分で食べ、
気分が悪くなったのを、食べなかった人達のせいにしないこと。

三、テレビのドラマを見て泣かれるとシラケるんだよね!

四、ニュースを見ながら、
いちいちいわでもの意見を述べられるのもねェ。

五、若いものが楽しく談笑している中に割り込んできて、
笑っている訳を根ホリ葉ホリ質問しないこと。
どうせ説明してもわかりっこないんだからさァ。

六、ボーイフレンドの品定めはやめてほしい。
もうヤッタかどうかに、異常な関心を持つのもやめてほしい。

七、年をとったら枯れるべきなのに、
いつまでも枯れまいとして若ぶるのは醜い。

八、エロ話になると乗り出すのはいやらしい。

九、出かけたいけど、おカネがないから・・・
という口癖はやめてほしい。


要するに、何もしゃべらず、
黙ってニコニコしていればいい、
ということらしい。


だいたいが六十年も七十年も
苦労に苦労を重ねて生きてきて、
今更何で若い連中から「可愛いおばあちゃん」と
いわれるようにならなければならないのか。

舌切り雀の物語を持ち出すまでもなく、
ばあさんというものはイジワルな現実主義者と
昔から相場が決まっているのだ。

のりをなめてしまった雀の舌をチョン切るのは
じいさんではなく、ばあさんでなければならない。
そのばあさんの伝統を、
なぜここで破らねばならないのか!


佐藤愛子『上機嫌の本』ろくろくメモ①


それにしても
「可愛いおばあちゃんになるのには?」
というアンケートがよく送られてくる家とは
どんな家なんでしょう・・・



2007/10/07(Sun) 20:25 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
理想のばあさん像とは☆
この頃「可愛いおばあちゃんになろう」というのがはやっている。
「可愛いおばあちゃんになるのには?」というアンケートが私のところにもよく送られてくる。

何?可愛いおばあちゃん?チェッ!

私はアンケートを丸めて投げ捨て、それから思い直して拾って皺を伸ばして書いた。
「可愛いばあさん?そんなものにはなりたくもないし、なれっこもない」
投函したがウンともスンとも返事がない。

だいたいが六十年も七十年も苦労に苦労を重ねて生きてきて、今更何で若い連中から「可愛いおばあちゃん」といわれるようにならなければならないのか。舌切り雀の物語を持ち出すまでもなく、ばあさんというものはイジワルな現実主義者と昔から相場が決まっているのだ。
のりをなめてしまった雀の舌をチョン切るのはじいさんではなく、ばあさんでなければならない。
そのばあさんの伝統を、なぜここで破らねばならないのか!

「可愛いおばあちゃんとはどんなおばあさんのこと?理想のばあさんをいってみてよ」
と私は知り合いの女子学生に質問した。すると彼女達は次のように答えた。

一、「昔はこうだった、ああだった」と苦労話をしないこと。
ニ、勿体ないからといって、残り物を無理やり食べろ食べろといわないこと。食べないからと怒って、まるで面当てのように自分で食べ、気分が悪くなったのを、食べなかった人達のせいにしないこと。
三、テレビのドラマを見て泣かれるとシラケるんだよね!
四、ニュースを見ながら、いちいちいわでもの意見を述べられるのもねェ。
五、若いものが楽しく談笑している中に割り込んできて、笑っている訳を根ホリ葉ホリ質問しないこと。
どうせ説明してもわかりっこないんだからさァ。
六、ボーイフレンドの品定めはやめてほしい。もうヤッタかどうかに、異常な関心を持つのもやめてほしい。
七、年をとったら枯れるべきなのに、いつまでも枯れまいとして若ぶるのは醜い。
八、エロ話になると乗り出すのはいやらしい。
九、出かけたいけど、おカネがないから・・・という口癖はやめてほしい。

要するに、何もしゃべらず、黙ってニコニコしていればいい、ということらしい。
ということは私なんぞはボケる以外に方法なしだ。
幸せな老後は何といっても若い人達と仲良くすることにあります、とある老人の集まりで偉い先生がいわれた。
自我を捨て、協調性を心がけ、他の者を理解しようという心がけを持って批判したい気持ちを堪え、全てに一歩も二歩も譲るという気持ちでいれば、波風は立ちませんー。

当たり前だ。それでは波風が立つわけがない。だがその胸の中は暴風雨が荒れ狂っている。

考えてみれば、そういう台詞は私などの娘時代は、これから嫁に行くという若い女が言い聞かされたことである。だが今は、ばあさんが言い聞かされる。

「いいですか。可愛いヨメだといわれるように寝、皆から可愛がってもらうんですよ」
と娘を送り出す親はいった。だが今は
「可愛いおばあちゃんになりましょう!」
だ。チェッ!
「ニコニコして、火鉢でかき餅焼いているようなおばあちゃんがいいわ」
と女子学生の奴めがいった。
「そうか、よしわかった。そんならニコニコしてかき餅焼いてやる。焼いてやるから、きっと食うな?
えっ?食うな?もし食べなければ、ひどいからねっ!」
そういって食いしばった歯を無理やり見せて、ニッタリ笑いつつかき餅焼きはじめたとしたらどうなるか。
驚き恐れて、ごめんなさい、勝手放題いって・・・と誤るか?さにあらず、ここではじめて
「カワイイ!」
といってもらえるだろう。

『上機嫌の本』 佐藤愛子 PHP文庫 429(税別)

☆ふふふ・・・この七の「年をとったら枯れるべき・・」というのが、何とも可笑しい(笑)・・・・
ここまで「言い切っちゃう」のが、若い証拠であり、また残酷なところで、私も前は(今でもかも)よく「もう、さっさと枯れちゃえばいいのに!見苦しい!」なんて残酷なことを口走っていましたもの(笑)
2007/10/07(Sun) 13:04 | URL  | マリア #-[ 編集]
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