--年--月--日 (--) | Edit |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2007年09月06日 (木) | Edit |
五木寛之・帯津良一 著「健康問答」平凡社より(21)


五木 最近、メタボリック症候群が騒がれていますが、
どうなんですか。

帯津 あれは私、よけいなお世話だといっているんですよ(笑)。
なにか、健康に関して不安を煽っているような気がしますね。

五木 絶対そうですよ。

帯津 胴回りなんセンチ以上は予備軍だとか、汗をだらだらかく
のは良くない、とか並べ立てて。要するに、「健康のハードルを
上げる」あるいは「健康のハードルを下げる」かの、どちらか
ではないでしょうか。


五木 そうです。

帯津 すると、それにはいってくる人が、いっぱいいるでしょう。
そのためには、こういう薬を……とすすめるようになる。

五木 最高血圧だってそうですよ。最初は160まで、次に140で、
それをまだ下げようとしているんですからね。

帯津 コレステロールも、そうですよね。250だったのが、220でしょう。
220から250のあいだの人は、みんな薬の対象になってくるわけです。

五木 私は、『養生の実技』(角川書店)という本のなかで、「シベリアに
生きるロシア婦人たちを見れば、肥満イコール不健康とは考えられない」
と書いたんですけれど、ゆったりとロシアの大地に根をはやしたお腹と、

腰の大きい女性たちの生命エネルギーは、おおらがで元気そのものですか
ら。とくに、年を取ったらある程度、脂肪で包まれていたほうが元気だし、
病気をしない。風邪を引いても、すぐ治る傾向にあると思うんですよ。

帯津 そうなんですよ。私も、ロシア婦人のところは大賛成でしたね。
メタボリック・シンドロームというのは、コレステロールの数値がどうと
か、血圧値がどうとかいいますが、簡単にいえば、腹がでかいということ
ですからね。

健康というのは数字では表わせない、もっとなかにこもったもの、目に見
えない「命の場」のエネルギーのようなところにあるものなんだと思うん
ですよ。

五木 そういう力を、数字にして、どうするつもりなのか。

帯津 ええ、とんでもないところへ人びとを連れて行っちゃう危険性があ
ります。だからメタボリック・シンドロームなんて、知らん顔していたら
いい、と私は思いますよ。


次回につづく


↓↓↓あなたの応援↓↓↓(1日1クリック)お願いします。

にほんブログ村 哲学ブログへ人気blogランキング精神世界 ランキング



スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
「死後の世界」というフリーソフト
があるんですね。
無料で利用できますのであなたもいかがですか?

死後の世界(Windows95/98/Me / ユーティリティ)
あなたの死後に機密書類を自動削除、遺言を自動表示 ...
死後の世界 詳細. 死後の世界 コメント・評価. 死後の世界 ...
死後残しておきたくない機密書類を自動で削除したり、
あなたの大切な人にメッセージ(遺言)を残しておく事が出来ます。 ...
http://www.vector.co.jp/soft/win95/util/se281094.html


2007/09/06(Thu) 20:16 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
死後の世界をお釈迦さまは・・・
死後の世界と霊魂について結論から申し上げますと、
お釈迦さまはこの事について「有る」とか「無い」とかと
いうような答えはなさっておられません。

したがって、死後の世界はあるともいえないし、ないとも言えない。
巷に、霊障や浄霊によるタタリとして人々の恐怖心をあおる宗教もありますが、
仏教で説く仏性とはちがいます。

お釈迦さまは、他の思想家から「死後に地獄、極楽があるのか、
あの世はあるのかないのか」といった観念的な質問に対しては答えずに、
ただ沈黙されたといい、これを仏教語では「無記答」といいます。
無記とは答えない、無回答ということですが、
悪事を為しながら知らんふりすることとはちがいます。
また、仏教以外の思想家が「釈尊は回答できないのだ」と非難すると、
釈尊は「もっと大切なことを問うがよい」と正されたそうです。
ここの教示にポイントを置いておけば死後の世界の有無など心配無用です。
なぜならば、死後の世界があるならば今の生き方である「業」によって定まるからです。



死後の世界や霊魂はあるのか
http://www3.ic-net.or.jp/~yaguchi/houwa/sigonosekai.htm


2007/09/06(Thu) 20:14 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
死後の世界や霊魂はあるのか
ろくろくブログを長期にごらんになっている方には
ある程度ご理解頂いていると思いますが、
わたくし(ろくろく)は死後の世界や霊魂の存在について
懐疑的であります。

ここ最近コメント欄においてマリアさんのお勧めの本を
マリアさんのタイピングにより、ご紹介頂いておりますが、

なかでもキューブラー・ロス『死ぬ瞬間と死後の生』とか
ブライアン・L・ワイス『前世療法』とかは
死後の世界や霊魂の存在を在るものと前提しておりますが
わたくし(ろくろく)がそれを是認しているものではありません。

ただ、たとえ死後の世界や霊魂の存在が無くても、私たちの
これからの人生に大いに参考になる内容のものだと考えます。

特にキューブラー・ロス『ライフ・レッスン』はぜひとも
お読みになることをお勧めします。


2007/09/06(Thu) 20:00 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
今日の今、あなたの幸福を見つけてほしい
もし、私達が今やっているように、森林を伐採し続け、
酸素の供給源を破壊し続けてゆけば、
子供達は、2・30年後に何を吸って生きてゆくのだろうか?

もし、私達が何も考えずにフロンや他の有機廃棄物を生産し続けて、
オゾンホールを拡大し続けるならば、
彼らは一体、どこに住むのだろうか?


自分たちの子孫の為の世界が存在しなくなるかもしれないという時に、
大学入試共通一次試験のことや、
大学入試のことをどうしてそんなに心配できるのだろうか?

それに何故、みんなそんなにも長生きしたいのだろうか?
どうして老いて弱った状態で、
不幸な数年を余計に何とか生き延びようとするのだろう?

何故、コレステロール値や、玄米食や、
エアロビクスなどに夢中になるのだろうか?

もっと今を楽しく生きて、
毎日を充実させ、愛し愛されるほうが、
どうなるか分らない将来の自分の健康の心配ばかりしているよりも、
ずっと意味があるのではなかろうか?将来などないとしたら?

死ぬ事も、ただあちら側の世界へ旅することだと分ったら???


私が言っているのは、自分の健康を疎かにしてもいいとか、
たばこやお酒をいくら飲んでもいいとか、
薬物を使ってもいいとか、
異常に太っていても構わないということではない。

こうした状態は人生に苦痛と悲しみと無力感をもたらす。
ただ、将来についてあまり心配するな、と言っているのだ。
今日の今、あなたの幸福を見つけてほしいと思う。


皮肉なことに、瞬間瞬間を健康的に生きていれば、
恐らくあなたはもっと長生きできるだろう。

私達の体と魂は、自動車とそれを運転している人の関係に似ている。
あなたは運転する人であって、車ではない。
自分が車だと思ってはならないのだ。

百歳以上までも命を何とか長引かせようという今日の風潮は、
間違っていると言わざるを得ない。

それはまるで、30万キロ以上走ったオンボロのフォードを
40万キロまでもたせようとするみたいなものだ。
車体はさび、トランスミッションは5回も修理し、
エンジンの部品はバラバラになっているのに、
それでも廃車にするのは嫌だと言い張っているのと同じである。

すぐ先の道を曲がったところには、
真新しいコルベットがあなたを待っているのにも拘わらず、である。

あなたがすべき事はただ、古いフォードから素直に降りて、
ピカピカのコルベットに滑り込む事だけなのだ。

運転する人、つまり魂は決して変わらない。
ついでに言っておこうか、その先には、
フェラーリがあなたを待っているかもしれないのだ



ブライアン・L・ワイス『魂の伴侶』ろくろくメモ②


2007/09/06(Thu) 19:51 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
続き☆
>子供の為とはいいながら、実は、親のエゴを押し付けている誤った行動が多い・・・

愛情と厳しさのバランスって、当然、その子供の「性質」によって大きく違ってきますでしょ?

子供でも自立心の発達した子もいれば、依存心の強い子供もいますものね。
同じ、たっぷりの愛情を注いでも、自立心のある(育まれた)子供は、ある年齢に達すれば上手に精神的に自立、いわゆる「大人」になるけれど、依存心の強い子供は逆に、仇になりかねなくなる場合も、実際にありますからね。

親が「愛情」と信じて疑わなかったものが、実は子供によっては「甘やかし」であり、本人の自立心を大いに損なっているケースって、多々ありますよね~客観的に見ていると。他人だから、第三者だからこそはっきり見えることがありますでしょう?親が近視眼的に過ぎて「可愛い、可愛い」で盲目的になりすぎて、本来、親だからこそ分るような、その子の本質を見損なってしまう事がままありますから。。

私、子育てに限らず、愛すればこそ身びいきに陥らないような「理性」って大事だなってつくづく思の。
でなければ愛情と厳しさの、その微妙なバランスを取るのは至難の業だな、と。
福田先生の言い草ではないけれど、それこそ「教養」のある親であり、人であると・・・

>自分で試しもしないうちに、人に聞いたり、すぐに援助を求める風潮も、独立を阻むものです。
>そして、何か権威者が発言したことを、自ら確かめもしないで、そのまま鵜呑みにし、失敗したら、その発言のせいにしたりという無責任な傾向も現代の特徴といえるでしょう。

異議なし!(笑)その通り!わが意を得たりですわよ、錬金術者さん☆
要するに「大人」じゃないんですね。精神的な「大人」になるのを拒否しているんですよ。子供のように「誰か」の言うとおりにしていれば責任を取らずに済むと錯覚しているか、一種の現実逃避で、責任回避のそういう柔な人間が異常に増えたのは、今の時代の特徴で、一昨日の錬金術社さんのコメントの「廻ってくるお皿のたとえ話」通り「分」を忘れてしまったのよ。子供の方が楽でいい、責任取るの嫌、この楽なポジション譲りたくな~い、って大の大人までもが。

例え「誰か」や「何か」に従ったところで、最終的には「自分がそれを選んだ」という責任は免れやしないし、結局、最後の最後、尻拭いは自分自身でしなければならないという事を「自己責任」の意味を理解していないんだと思うの。

ところで、やはり錬金術社さんもお持ちでいらしたんですね!(笑)
2年ちょっと前になるからしら・・私が初めて買った精神世界系?の本でして、久々に読んでみると、本当にそうね・・・と頷けることばかり!

で、今、坂本正道さんという方の本を、これも前に買って一度読んだきりだったのを何気に読んでいると、実に簡潔に「守護霊」「ガイド」の役割、役目を書いているんですね。
錬金術者さんのコメントを読んで、それを転載しようと思ったのですが、長くなったので明日にしますわ☆
2007/09/06(Thu) 18:08 | URL  | マリア #-[ 編集]
錬金術者さんのコメント通りよ☆
こんにちは☆

もう全部が全部、仰るとおりですよ。私も全く同感ですわ☆

本当、自分を知らない人が、いえ、知らなさ過ぎる人が多すぎて異常に思うんですね。巷に溢れる情報に踊らされ、振り回されている人がこんなに多い時代も珍しいんじゃないかと思います。それが年々ひどくなっていきますでしょ?

>昨今では、特に科学的といいながら、ただ商品を売りたいが為の宣伝文句に使う功利主義・・危機感を煽り・・・

流行?に惑わされ流され、情報に踊らされ振り回され、己を見失っている人が多すぎ!マスコミを使って、或いは口コミやらサクラを使って「ブーム」なんていくらでも作れるし、コントロールもできる。
「科学信仰」「活字信仰」で、本に書いてあったから、TVでやっていたから、新聞に書いてあったからで「誰か任せ」に判断していると、自分で考える理性を失い、とんでもないことになると思いますわ。

>個別的な視野にしか過ぎず全体をみていない

勿論、人間ですから全体を見ているつもりでも「限界」はありますけれど、それにしても「木を見て森をみず」的な、目の前の現象面ばかりに気を取られて、長い目で物事を見るような、余裕がありませんでしょ?
健康然り、愛情然り、オールマイティな「絶対確実」な方法なんてある筈もない、人は一人一人違うんですから。。。
2007/09/06(Thu) 16:01 | URL  | マリア #-[ 編集]
「前世」からのメッセージ
 マリアさまの感化をうけて、ブライアンワイスの前世療法を、再び読み直している次第です。実は、以前に前世療法に興味があり、何冊か読んだのですが、しばらく、本棚に積読して忘れていました。真事にいいことをおっしゃっておりますね。

 子供のためとはいいながら、実は、親のエゴを押し付けている誤まった行動が多いといえるでしょうね。また、自分で試しもしないうちに、人に聞いたり、すぐに援助を求める風潮も、独立を阻むものです。

 そして、何か権威者が発言したことを、自ら確かめないで、そのまま鵜呑みにし、失敗したら、その発言のせいにしたりという無責任な傾向も現代の特徴といえるでしょう。

 これは現代の詐欺風潮が蔓延している要因ともいえます。全体をみれば、自分だけが、得になったり、有利になったりといったことは有り得ないことがすぐにわかるはずです。また、逆に、損や、不利になるのも同様です。これは自らの立ち位置が曖昧な証拠といえるでしょう。

 正しく、現代人は、より有利な未来を生きたいがために(エゴの塊)、生き急ぎ、貴重な現在を、幸福に生きるという観点を失っておりますね。

 現在をよく生きることができない者に、過去はともかく、未来をよく生きることなどできるわけがないのです。未来を思うばかり、貴重な現在を失ってしまっている。これでは、何を体験しようが、同じことの繰り返しです。つまり、死んでいるといえるでしょう。

 現代人は「生きている」といいながら、魂は堅く閉ざされ、凍り付いて、実は死んでいるのです。

 そのような人には、ワイス著「前世」からのメッセージという本をお薦めしたいですね。

 明日を思うなかれ、明日を思えば、忽ち、恐怖や不安が足元に忍び寄るだろう。

 自らのなかに、平和や安らぎ、ゆとりがなくて、何を外にもたらせ得るだろうか?

 まずは、自ら身をもって見本を示しなさい!
2007/09/06(Thu) 13:01 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
できるだけ判断しない
 日頃から人間は未熟な経験を基に、判断し、あれこれがいけないとか、あれこれが悪いとか、あれこれが正しいとか、あれこれが良いとか、自分の趣向を模索しているじゃ。

 そして、あまりに癖が進むと、自分好みの趣向を周囲に押し付けるようなことを行うじゃ。

 昨今では、特に、科学的といいながら、ただ商品を売りたいが為の宣伝文句に使う功利主義、いわばエゴに溢れているぞな。勝手に本人が望まない病名をつけて、危機感を煽り、差別したり、商品を売りつけたりするじゃ。

 是こそ、直すべき癖といえるじゃね。

 人間は皆、神の下に平等じゃ。誰それが優れてとか、誰それが愚かだとか、そんなことは仮の表れにしかすぎないじゃ。全ては二元論に帰してしまう。

 お互いが足りない部分が支えあっていて、それが表面的に差異となっているにすぎないじゃ。ある種、演劇の配役というか、役割に近いもんぞ。

 人間は瞬間瞬間でも、宇宙の大舞台のある配役を演じなければならず、一人じゃ一時も生きられない。お互いの違いがあってこそ、自分という存在を演じられ、その経験を積み、学ぶことができるじゃ。

 自分だけが主人公でいたいとか、自分が中心になりたいとかは、大舞台を台無しにするどころか、せっかく与えられた自分の配役ですら無に帰すようなもんじゃね。

 確かに、健康という観点は、バランス感覚を身に着ける上で非常に重要じゃが。あくまで、個別的な視野にしかすぎず。全体をみていないといえるじゃね。

 ある人の体質には良いものも、他の人の体質には悪となるのは当たり前のことだに。だから、まず、自分を知るということが何とも必然といえるじゃろうね。
2007/09/06(Thu) 12:02 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
近視眼的思考☆
私は近視眼的なものの見方しか出来ない人達があまりにも多いので、いつも呆れてしまう。

私の知り合いには、日夜、子供の教育のことを心配している人がたくさんいる。
どの幼稚園が一番いいか、私立がいいかどの予備校が一番役に立つか、成績を良くするにはどうすればいいか。
あの大学、この大学院に入学するために有利な課外活動は何が良いか等々まったく切りがない。
そして、同じサイクルが孫の時代にも繰り返されていくのだ。

こうした人達は、世界とは時と共に変化せず、全く凍りついたままであって、将来も現在そのままの引き写しだと思い込んでいる。

もし、私達が今やっているように、森林を伐採し続け、酸素の供給源を破壊し続けてゆけば、こうした子供達は、2・30年後に何を吸って生きてゆくのだろうか?もし、私達が何も考えずにフロンや他の有機廃棄物を生産し続けて、オゾンホールを拡大し続けるならば、彼らは一体、どこに住むのだろうか?
そして、もう1つの事も考えなければならない。あなたが次に生まれて来る時、あなたはこうした子供達の一人なのだ。

自分たちの子孫の為の世界が存在しなくなるかもしれないという時に、大学入試共通一次試験のことや、大学入試のことをどうしてそんなに心配できるのだろうか?

それに何故、みんなそんなにも長生きしたいのだろうか?
どうして老いて弱った状態で、不幸な数年を余計に何とか生き延びようとするのだろう?
何故、コレステロール値や、玄米食や、エアロビクスなどに夢中になるなだろうか?
もっと今を楽しく生きて、毎日を充実させ、愛し愛されるほうが、どうなるか分らない将来の自分の健康の心配ばかりしているよりも、ずっと意味があるのではなかろうか?将来などないとしたら?
死ぬ事も、ただあちら側の世界へ旅することだと分ったら?

私が言っているのは、自分の健康を疎かにしてもいいとか、たばこやお酒をいくら飲んでもいいとか、薬物を使ってもいいとか、異常に太っていても構わないということではない。こうした状態は人生に苦痛と悲しみと無力感をもたらす。
ただ、将来についてあまり心配するな、と言っているのだ。今日の今、あなたの幸福を見つけてほしいと思う。

皮肉なことに、瞬間瞬間を健康的に生きていれば、恐らくあなたはもっと長生きできるだろう。
私達の体と魂は、自動車とそれを運転している人の関係に似ている。
あなたは運転する人であって、車ではない。自分が車だと思ってはならないのだ。
百歳以上までも命を何とか長引かせようという今日の風潮は、間違っていると言わざるを得ない。

それはまるで、30万キロ以上走ったオンボロのフォードを40万キロまでもたせようとするみたいなものだ。
車体はさび、トランスミッションは5回も修理し、エンジンの部品はバラバラになっているのに、それでも廃車にするのは嫌だと言い張っているのと同じである。
すぐ先の道を曲がったところには、真新しいコルベットがあなたを待っているのにも拘わらず、である。
あなたがすべき事はただ、古いフォードから素直に降りて、ピカピカのコルベットに滑り込む事だけなのだ。

運転する人、つまり魂は決して変わらない。
ついでに言っておこうか、その先には、フェラーリがあなたを待っているかもしれないのだ☆

『魂の伴侶』 ブライアン・L・ワイス PHP文庫 ¥619(税別)
2007/09/06(Thu) 11:55 | URL  | マリア #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。