2007年08月17日 (金) | Edit |
五木寛之・帯津良一 著「健康問答」平凡社より(19)


五木 長風呂って、どうでしょうか。

帯津 長風呂は、どうでしょうかね……。

五木 長く浴槽に浸かっていると、血圧が上るでしょう。

帯津 ええ、熱いのにはいっていれば。温いのだったら
そうでもないかもしれませんね。


五木 三十八度から四十度の温い湯で、半身浴というのを、
よくすすめますね。そのときは寒くないように、
肩にバスタオルをかけろといわれています。

帯津 これも人によって、好き嫌いがありますからね。
私はほとんど、熱い湯にざぶっとはいって、ざぶっと
でてきちゃうほうですけどね。

五木 温い風呂には、あんまり長くはいるな、という説も
あるんですよね。野口整体の野口晴哉さんの「風邪の効用」
を読むと、温いお湯にゆっくりはいるのは、よくないと
書いてあります。

寝際にはいるとかえって体を冷やす。また温い湯に長くはいると、
血管が膨張して脳溢血を起こしやすくなる。熱いシャワーだけの
ほうが良いと。サッと体をひきしめ、ドッと汗を流せと。

ただ、なんとなく体を温めてね、ああ、いい気持ちって、
頭に手ぬぐいを乗せてやっていると、すごいリラックス
しますけど。

帯津 ええ、そうですよ。

五木 下半身が温まって、気持ちがリラックスする。
湿度が高いから、のども調子がいい。こうなれば、
悪くないんじゃないですか。

帯津 なんともいえませんが、私は、回数多くはいりますね。
ただ、家ではそんなにできませんね。講演とか出張の旅先で
ホテルに泊まって、なにか仕事をしているときは、とりわけ
頻繁にはいりますね。

五木 はいるって、実際に湯船に浸かるんですか?

帯津 浸かるんですけど、すぐ出ちゃいますね。
ほんとうにカラスの行水です(笑)。

五木 お風呂で、体はあんまり洗わない?

帯津 あんまりというか、まったく洗わないですね。ざぶっと
はいって、ざぶっと出て、髭を剃って出てくるだけです(笑)。

五木 うれしいなあ。同志ですね。私は、皮膚の脂や細菌も、
体の表面を保護するという、それなりの役目があるから、
やたらに洗わないほうがいいという考えなんです(笑)。

帯津 だから、髪の毛もあまり洗わないんですね。

五木 ええ。

帯津 それで、髪の毛がいっぱいあるんですよ。
私も頭はあんまり洗わないけれど、髪の毛は少なく
なっています。なんだか不公平だな(笑)。

五木 それは……(笑)。頭を洗わないから、髪の毛が多い
ということにはならないんじゃないのかしら。
でも、これは大問題だ(笑)。

帯津 そうですね。ただ頭や体を洗わないからといって、
うんと汚くなっているという感じは、しませんね。

五木 それは、自分で気がつかないだけなのかも
しれないかも(笑)。



次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
成功は自分の力 失敗は人のせい
私達のうちには、いつでも成功したい
という気持ちが隠れております。

学校でいい成績をおさめたい
先生の質問に適切な答えをしたい
競技で敵を破りたい
いいところへ就職したい
好きな人に愛されたい
職場でも、交友関係でも、家庭でも、
無くてはならぬ人になりたい

つまり一口にいえば、どこでもかしこでも
「いい子」になりたいということであり、
どんな小さい行為でも、
やろうと思って手をつけたことは、
上手くやり通したいということであります。

そして、自分のやることが上手くいっている間は、
それらがすべて自分の力でなしえた物であり、
自分の力以外に何の理由も原因もない。
誰しもそう思いたがるものです。

しかし、それがひとたび失敗すると、どうなるか。
今度は急にうろうろと周囲を見回しはじめる。
どこかに失敗の原因はないものだろうかと、
自分以外の場所に、その理由を捜しはじめるのです。

成績が悪くなったのは、
落ちついて勉強する自分の部屋がないためだとか、
弟が生まれて泣き声に邪魔されるからだとか、
両親の仲が悪くて始終その喧嘩ばかり見せられるからだとか、
友達が自分を裏切ったからだとか、
捜せば、理由はいくらでも見つかるでしょう。

さらに、それらの理由は、いくらでも拡大できます。
その拡大工作が行き着く最後の地点が、
宿命というやつです。遺伝と環境という二つの武器です。


成功したい、失敗したくないという気持ちは確かに在ります。
同時に、たとえ失敗しても、それが宿命的なものであり、
必然の理由にもとづくものなら、
諦めがつくという気持ちも、私達のうちにあるのです。

この二つの気持ちの関わりあいは、じつに微妙なもので、
そのどちらのほうがより根本的なものであり、
より強いものであるか、
ときに判断がつきかねることがあります。

皆さんは、こんなふうに思うときはないでしょうか。
どうせ失敗してしまったのなら、
それが宿命的なものであって、
自分の力でどう取り返しのつくものではないと考えたほうが、
諦めがつきやすい、つまり気が楽というような時が。

なぜ気楽かといえば、自分の力でどうにもならない以上、
皆さんは何もしなくていいからであります。

これは怠情と無気力の証拠でありますが、これが徹底しますと、
いっそのこと早く失敗してしまったほうがいいと望みだすのです。

失敗してから、そのあとで宿命の理由づけを求めるわけではなく、
まだ失敗しないうちに、
早く失敗と破滅にみずから急ごうとするのです。

そして、この失敗と破滅とに急ぐ自分の気持ちを
理由づけするために、宿命を、あるいはそれに似たものを、
あらかじめ用意しておこうとするのです。


福田恒在著『私の幸福論』より ろくろくメモ⑤


2007/08/17(Fri) 19:59 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
あなたのお肉鑑定します占い
http://omaru.cside.tv/pc/meat.html

あなたのお肉は100グラムあたりおいくらなのでしょう。
簡単な質問に答えていただければ、たちどころに鑑定いたします。

私のは
<あなたの肉の鑑定結果>

品質:養殖ブロイラークラス
100グラムあたり300円
あなたまるごとで210000円です。


これもいちご牛乳を探している時
みつけたものです。^^

2007/08/17(Fri) 18:53 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
いちご牛乳
いちご牛乳を探しているうちに
みつかったのがこれ

いちご牛乳コーヒー
http://vietkomachi.blog15.fc2.com/blog-entry-339.html

いちごオレ
http://salmone.jugem.jp/?eid=48

いちご牛乳プリン
http://cookpad.com/mykitchen/recipe/330631/

いちご牛乳
http://gray.ap.teacup.com/901238/27.html

地域限定いちご牛乳
http://plaza.rakuten.co.jp/koitea/diary/200703110000/


マリアさんの定番いちご牛乳はどんなのでしょう?


2007/08/17(Fri) 18:48 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
五 自由について☆
私達のうちには、いつでも成功したいという気持ちが隠れております。
このばあい成功というのは、なにも大政治家になったりすることを意味しません。
勿論そういうことも含めていいのですが、もっと小さなこと、たとえば、皆さんが学校でいい成績をおさめたいと思うこと、先生の質問に適切な答えをしたいと思うこと、競技で敵を破りたいと思うこと、さらに学校を出て、いいところへ就職したいと思い、好きな人に愛されたいと思い、職場でも、交友関係でも、家庭でも、無くてはならぬ人になりたいと思う。

つまり一口にいえば、どこでもかしこでも「いい子」になりたいということであり、どんな小さい行為でも、やろうと思って手をつけたことは、上手くやり通したいということであります。それは人間の自然で、誰にもあることです。
そして、自分のやることが上手くいっている間は、それらがすべて自分の力でなしえた物であり、自分の力以外に何の理由も原因もない。誰しもそう思いたがるものです。

しかし、それがひとたび失敗すると、どうなるか。それまで成功している間は、すべては自分から出たものだという顔をし、それを口に出していいもした人たちが、今度は急にうろうろと周囲を見回しはじめる。
どこかに失敗の原因はないものだろうかと、自分以外の場所に、その理由を捜しはじめるのです。
一度や二度の失敗ならともかく、あまりそれが続くと、どうしてもそうせずにいられなくなりましょう。勿論、理由は、かならず発見される。

このごろ成績が悪くなったのは、落ちついて勉強する自分の部屋がないためだとか、弟が生まれて泣き声に邪魔されるからだとか、両親の仲が悪くて始終その喧嘩ばかり見せられるからだとか、友達が自分を裏切ったからだとか、捜せば、理由はいくらでも見つかるでしょう。
さらに、それらの理由は、その気になりさえすれば、いくらでも拡大できます。
その拡大工作が行き着く最後の地点が、宿命というやつです。遺伝と環境という二つの武器です。

成功したい、失敗したくないという気持ちは確かに在ります。同時に、たとえ失敗しても、それが宿命的なものであり、必然の理由にもとづくものなら、諦めがつくという気持ちも、私達のうちにあるのです。この二つの気持ちの関わりあいは、じつに微妙なもので、そのどちらのほうがより根本的なものであり、より強いものであるか、ときに判断がつきかねることがあります。

皆さんは、こんなふうに思うときはないでしょうか。
どうせ失敗してしまったのなら、それが宿命的なものであって、自分の力でどう取り返しのつくものではないと考えたほうが、諦めがつきやすい、つまり気が楽というような時が。なぜ気楽かといえば、自分の力でどうにもならない以上、皆さんは何もしなくていいからであります。これは怠情と無気力の証拠でありますが、これが徹底しますと、いっそのこと早く失敗してしまったほうがいいと望みだすのです。
失敗してから、そのあとで宿命の理由づけを求めるわけではなく、まだ失敗しないうちに、早く失敗と破滅にみずから急ごうとするのです。そして、この失敗と破滅とに急ぐ自分の気持ちを理由づけするために、宿命を、あるいはそれに似たものを、あらかじめ用意しておこうとするのです。

その話を、私は戦争中にたびたび見聴きし、そのたびに不快感を禁じ得ませんでした。
皆さんは覚えているかどうかわかりませんが、もし知らなかったら御両親や先輩に尋ねてご覧なさい。
その例というのはこういうことです。戦争末期、私達の家はいつ焼かれるかもしれぬ危機にさらされていました。昨夜家を焼かれた親兄弟が、早朝、鍋釜をぶらさげて、自分の家に避難してくる。その自分の家が焼かれるという始末でした。
そんな時、よく人々が口にした言葉は、「家が焼けて、ほっとした」という言葉であります。
そういった後で、彼らはその「奇妙な心理」をみずから分析して、こう考える。なぜほっとしたかというと、同胞の家が片端から焼かれているのに、自分の家だけ残っていた、それが重荷だったが、今度で、みんなと同じ「無一物」になって「さばさばした」というのです。

それは事実です。ただ私が不快を感じたのは、こんな時にも、「無一物」だの「さばさばした」だのいう、一種の「同胞感」あるいは「ヒューマニズム」を理由づけに利用する心理であります。
今から考えれば、この理由づけの嘘であることは明らかです。「無一物」になって「さばさばした」のは、同胞に対してではありません。自分に対してであります。当時は、殆ど全ての国民が破滅への道を急いだのです。

敗けたくないという気持ちと同時に、恐らくそれ以上に、無意識のうちでは敗けてしまいたいという気持ちを抱いていたといえましょう。敗けて重荷をおろしてしまいたかったのです。
勝とうという努力を放棄し、なにもかも投げ出してしまった後の、何もしなくていい気楽な状態を私達は望んでいたのです。いわば、責任からの逃避であり、自由からの逃避であります。

自由とは、責任の事であり、重荷であります。自由である為には、私達の精神はたえず緊張していなければなりません。

ある作品の中に、こんな例え話があります。
いま階下で宴会が行われている。男は衣服を整えて階段を降りています。なにか考え事をしていたのでしょう。もうこれが最後のステップだと思った瞬間、案に相違して、その下にもう一段あった。男はおもわずよろめいて倒れる。
ところで、この男は考えごとをしながらも、無意識のうちに、それまで一段一段、間違いなく階段を降りてきたので、その間中、彼の精神は自由だったのです。彼は自分の肉体の主人として、自由に自分を操り、自分の歩みを階段に適合せしめてきたわけです。が、最後の段だけが、彼の予想の外に在り、彼を裏切ったのであります。
その瞬間、彼は自分の肉体の主人ではなくなり、精神は自由を失って、たんなる物質に転落してしまうのです。

このたとえ話で分るとおり、自由であるということは、たえず精神を緊張させていることを意味します。
ちょっとでも油断すれば、どんな不測の事態が起こって、この階段のステップのように、私達の足をすくいにくるか知れたものではありません。

戦争ばかりでなく、事業にしろ、恋愛にしろ、夫婦愛、友情、その他どんな事柄にせよ、よほど順調に帆をあげて進むとき以外、そしてそんな時はめったにあるものではなく、事が少しでも長引けば、必ず到るところに、この意地の悪い最後のステップが私達を待ち構えているものなのです。

それにひっかからぬために精神を緊張させているよりは、むしろ自由を放棄したほうがいいと考えるのも、無理は無い話です。勿論、私は皆さんに自由の放棄を勧めているのではありません。

ただ今日、自由という言葉が、あまりに安っぽく用いられているので、自由とは大変面倒なものだということ、皆さんも、いざとなれば、自由など要らないといいだしかねないこと、私はそれを注意しておきたかったのです。(続く。。。)

『私の幸福論』 福田恒在 ちくま文庫 ¥640
2007/08/17(Fri) 15:30 | URL  | マリア #-[ 編集]
今日は私の誕生日☆
生年月日を入力する妖怪占いのほう

私「世渡り上手な一つ目小僧」でしたわ(笑)
2007/08/17(Fri) 13:37 | URL  | マリア #-[ 編集]
お風呂☆
おはようございます☆

パパイヤ酵素のお風呂、いいみたいですね。
肌に負担をかけずに汚れやたんぱく、余分な皮脂を分解してくれるので。

お風呂といえば、子供の頃、父が銭湯好きだったこともあって、よくお風呂屋さんに一緒に連れて行ってもらっていたんですね。

無邪気にも小学校4年生くらいまで、男湯に父と大喜びで入っていたのですから我ながら驚き!

今から思うと冷や汗もので怖いですわ(汗)・・・

姉や妹は、母と一緒に女湯に入っていたのですけれど、私は断然、男風呂派☆

女湯って長い髪の毛が浮いていたり流れてきたり落ちていたりで、気持ち悪くって・・・

そして、またそれをご丁寧にも目ざとくみつけちゃうんですよねぇ、私。。。

で、たまに母や姉なんかと一緒に女湯に入ると、また始まった!といわんばかりに面倒臭そうに「どれ?」とか「どこに?」とか「えっ、そんなのあった?」とか全然、意に介さず無頓着で平然としているのが不思議で不思議で!(というか、それが普通なのですが・・・)

そんなわけで、男風呂だと(髪の毛に悩まされる事もなく)のびのびと気持ちよ~くリラックスして入っていられたので(笑)

お風呂上りに、いちご牛乳を飲むのも定番で、その前に一応、コーヒー牛乳にするか

やっぱりいつも通りいちご牛乳にするか迷うのもいつもの恒例で♪

結局、最後はいちご牛乳に落ち着くのですが☆




2007/08/17(Fri) 13:28 | URL  | マリア #-[ 編集]
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