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2007年08月04日 (土) | Edit |
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(26)


信念は必要ありません

理想が必要でないのと同じように……

それらはともに

“あるがまま”の事実があきらかにされるのに必要な

エネルギーをそらしてしまいます

信念は 理想と同じように

事実から逃避することです


そのような逃避のなかで

哀しみがなくなることはありません

事実を一瞬一瞬 理解していくなかで

哀しみはなくなってゆくのです

そのような理解をあたえてくれる方式や方法など

ひとつもありません

ただ なにも選びとることなく

事実に気づいていればよいのです

ある方式に則って瞑想をすることは

あなたの あるがままの事実を

避けていることにほかなりません

神を見いだそうとしたり

感覚に酔いしれたり

そのほかの慰めのために瞑想するよりも

あなた自身を理解し

あなたの 果てしなく変化していく事実を

理解することのほうが

はるかに重要です



そのときおこった瞑想は

自由そのものだった

美と静寂をたたえた未知の世界へと入っていくようだった

イメージも 象徴も 言葉もない世界だった

記憶のさざ波も立っていなかった

愛は

一瞬一瞬の死だった

死がおとずれるたびに

愛が新しく蘇ってきた

それは 愛着ではではなかった

そこには 根をはるものは なにもなかった

愛は 原因もなく花ひらいた

それは 炎だった

その炎は

意識の境界を

たんねんに築かれた意識の垣根を

燃やしつくした

愛は 思考と感情を超えた美だった

それは

キャンバスのうえに描きだされたり

言葉で表現されたり

大理石でかたどられるようなものではなかった

瞑想は 歓喜だった

歓喜とともに

祝福がおとずれた




次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
幸福の上級コース
幸福をみつけるためには、
あるものを学び、
あるものを棄てなければならない。

否定的な思考法を棄てねばならない。
自ら忘れる訓練をしなければならない。

晴天の爽やかな日に自然のなかを歩く時に
幸福を感じるというだけでは訓練にならない。

どんな時でも、とりわけ自分に不利な
状況になったときでも、
幸福を感じるようにする訓練である。


自分の行動のパターンをみつけてほしい。
どんな行動をとっている時に幸福を感じるか、
どんな行動が不幸をもたらすか、
自分に問いかけるのだ。

そして、自分の内面にも
外面にも変化をおこすのだ。

嫉妬を感じた時に幸福になれるか?
相手をどなったり痛烈に批判したりした時に
幸福になれるか?

感謝をした時はどうか?
親切な振りをした時、幸福を感じるか?

交通渋滞に巻き込まれた時は、
いらいらして舌打ちするかわりに、
廻りを見回して、
みんなが同じ船の乗客であると考えよう。

他のドライバーの気もちを察しよう。
優しい気持ちでいる訓練をしよう。

幸福の上級コースを学びたいと思ったら、
知らない人に親切にする訓練をしよう。
誰にも告げることなく、
誰かに慈悲の行いをしよう。



キューブラー・ロス『ライフ・レッスン』ろくろくメモ⑦


2007/08/04(Sat) 19:13 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
バランスのとれた人生
私達は、問題が除去できたら、
過去の不快な記憶が除去できたら
幸福になれると思っている。


私達は、バランスのとれた人生を
送りたいと望んでいる

しかし、私達が考えているバランスは
バランスとは似て非なるものである。

悪のない善はなく、
闇のない光はなく、
夜のない昼はなく、
夕暮れのない夜明けはなく、
不完全のない完全はない。

そして私達は、その両極、その矛盾、
その逆説の真ん中に生きている。


私達は、多いものと少ないもの、
優れたものと劣ったもの、
足りないものと豊かなもの、
大きなものと小さなもの
に満ちた世界に住んでいる。

その両極性に気づいた時、
私達は以前よりも幸福になる。

宇宙のなかの私達という部分は、
常に、そうはみえないかもしれないが、
見事にバランスを保っているのだ。


朝がこない夜がないように、
我々は人生という振り子に乗って、
行ったりきたりしている。

善と悪、夜と朝、
陰と陽を経験している。

そしてしばしば、
自分が学ぶ必要のあることを
他人に教えている。

押したり引いたりを繰り返しながら、
我々は逆説の中で生きている。

幸福が外部の状況に左右されるものではない
という真実とこの世の現実とを調和させながら、
我々は生きている。


悲劇は必ずそれを克服することができ、
前進して幸福をみつけることができる。

夜は必ず明け、太陽が昇ってくる。
そして、死の最中にも、時には生がみつかる。


キューブラー・ロス『ライフ・レッスン』ろくろくメモ⑥


2007/08/04(Sat) 19:11 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
最期の一行。。。
誰にも告げることなく、誰かに慈悲の行いをしよう。

ですので。あしからず☆





2007/08/04(Sat) 08:53 | URL  | マリア #-[ 編集]
幸福のレッスン☆
問題が除去できたら、過去の不快な記憶が除去できたら幸福になれると、私達は思っている。
そして、バランスのとれた人生を送りたいと望んでいる。
しかし、私達が考えているバランスはバランスとは似て非なるものである。
実のところ、バランスとはほど遠いものである。
悪のない善はなく、闇のない光はなく、夜のない昼はなく、夕暮れのない夜明けはなく、不完全のない完全はない。そして私達は、その両極、その矛盾、その逆説の真ん中に生きている。

人は矛盾のかたまりである。常に「もっと」を望みながら、一方では、あるがままの自分をうけ入れ、愛想としている。自分が霊的な存在でもあることを死っていながら、世俗的な経験が織り成す現実をうけ入れようとしている。
苦しむ一方で、苦しみを乗り越えようとしている。喪失を経験しながら、永遠の愛を感じることもある。
人生に慣れきっていながら、それが永久に続くものではないことも知っている。
私達は、多いものと少ないもの、優れたものと劣ったもの、足りないものと豊かなもの、大きなものと小さなものに満ちた世界に住んでいる。その両極性に気づいた時、私達は以前よりも幸福になる。宇宙のなかの私達という部分は、常に、そうはみえないかもしれないが、見事にバランスを保っているのだ。

宇宙のバランスに対抗するためには、人生が更進、結婚、退職、病気の回復といった大きな節目をめぐって回転しているのではないということを理解しておく必要がある。
人生は大きな節目と節目のあいだでも回転している。
むしろ、学ぶ必要のあることの殆どは、人生の小さなことの中にみいだされるものである。

  ・・・・・中略・・・・・

我々が悩まされる逆説のうちでいちばんの難物は、自分の暗い側面、影の側面である。
我々はそれを追い払おうとするが、そもそも「暗い側面」を追い払えると考えること自体が非現実的であり、幻想である。
必要なのは、自分の中で対立するふたつの力の間に調和をみつけることなのだ。

調和をみつけるのは難しいが、それも人生の一部である。夜のあとに朝が来るように、それを自然の経験としてみることができれば、朝は決してこないといいはろうとするよりも、はるかにたやすく安心の境地が得られる。人生にも嵐がある。嵐は必ず去っていく。
朝がこない夜がないように、我々は人生という振り子に乗って、行ったりきたりしている。善と悪、夜と朝、陰と陽を経験している。
そしてしばしば、自分が学ぶ必要のあることを他人に教えている。

押したり引いたりを繰り返しながら、我々は逆説の中で生きている。
幸福が外部の状況に左右されるものではないという真実とこの世の現実とを調和させながら、我々は生きている。
我々は周囲で起こるものごとに、確かに影響は受ける。
悲劇の最中にある人に向かって『こんなことであなたは何の影響も受けやしない」というのは非現実的である。なにがしかの影響は受ける。しかし、それと同時に、最悪の事態のなかに最良のものがみつかることがあるのも事実である。
悲劇は必ずそれを克服することができ、前進して幸福をみつけることができる。
夜は必ず明け、太陽が昇ってくる。そして、死の最中にも、時には生がみつかる。

幸福をみつけるためには、あるものを学び、あるものを棄てなければならない。
これまで身につけてきた方法とは180度ちがう方法で考えるように頭を訓練しなければならない。
否定的な思考法を棄てねばならない。自ら忘れる訓練をしなければならない。
晴天の爽やかな日に自然のなかを歩く時に幸福を感じるというだけでは訓練にならない。
どんな時でも、とりわけ自分に不利な状況になったときでも、幸福を感じるようにする訓練である。

今度誰かに対して怒りを感じそうに成った時、幸福を感じる訓練をしよう。
その人のもとから立ち去らずに、その人の言い分に耳を傾け、その話の中に価値のある情報が含まれていないかどうか吟味しよう。ただし、その作業にあなたの心の状態を邪魔させないようにしよう。

自分の行動のパターンをみつけてほしい。どんな行動をとっている時に幸福を感じるか、どんな行動が不幸をもたらすか、自分に問いかけるのだ。そして、自分の内面にも外面にも変化をおこすのだ。
嫉妬を感じた時に幸福になれるか?相手をどなったり痛烈に批判したりした時に幸福になれるか?
感謝をした時はどうか?親切な振りをした時、幸福を感じるか?

交通渋滞に巻き込まれた時は、いらいらして舌打ちするかわりに、廻りを見回して、みんなが同じ船の乗客であると考えよう。他のドライバーの気もちを察しよう。優しい気持ちでいる訓練をしよう。幸福の上級コースを学びたいと思ったら、知らない人に親切にする訓練をしよう。誰にも告げること、誰かに慈悲のおこないをしよう。

『ライフ・レッスン』 エリザベス・キューブラー・ロス 角川文庫 ¥705(税別)
2007/08/04(Sat) 08:43 | URL  | マリア #-[ 編集]
おはようございます☆
ろくろくさん、お気遣いありがとうございます☆

本当、ペース落としてその分、誤字脱字をなくすことに心を砕いたほうがいいのですけれど。本来(笑)

無理をしている訳ではないので、別に大変ではないのですが、でもそうですね。

少し、ペースを落としていきますわ。

今日も雨。。。ここ3日程、ムシムシしてるわ、天気は悪いわ、で滅入ってしまいますわ。。

朝っぱらから、辛気臭くて御免なさいまし。
2007/08/04(Sat) 07:16 | URL  | マリア #-[ 編集]
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