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2007年07月28日 (土) | Edit |
アルフォンス・デーケン 編著「老いと死をみつめて」同文書院より(10)


② 孤独への恐怖ーー
人々に見捨てられて、
独りぼっちで死を迎えなければならないのでは
ないかという恐れは多くの人が抱いています。

死を恐れるのは臆病だとする今までの文化や
教育が、私たちに他人の前では素直に死への
恐怖の大きいことを認めさせない風潮を
つくってしまいました。

人間はだれでもたった独りで、未知の死の世界に
旅立つのですから、孤独への恐怖を完全に
乗り越えることは不可能です。


ただケアに当たる周囲の人びとが、最後の瞬間まで
患者のそばを離れずにいてくれるという信頼感が、
孤独への恐怖を和らげる大きな支えとなるのでは
ないでしょうか。


③ 不愉快な体験への恐れ……尊敬を失うことへの
恐れーー
病院などで、病み衰えた患者たちを目にすると、
自分も死へのプロセスで、同じように、見苦しい
姿をさらすのではないかと心配する人は少なくない
のです。

人生の最後に家族や友人などに自分のやつれ果てた
姿や、苦痛にさいなまれる状態を見られることに
深い恐怖を覚えるという人もいます。

命の終わりまで自己の尊厳を失いたくないと考える
のは、人間として自然な感情ですが、行き過ぎた
恐怖心に駆られるとパニックを起こす危険もあり、
周囲のやさしい心遣いが必要です。


④ 家族や社会の負担になることへの恐れーー
日本のように、他人に迷惑をかけないことが美徳と
される文化の中では、病気や老齢のために役立たず
になり、

家族の負担になることへの恐れは、思いのほか強い
ものです。とりわけ高齢者の間では、この傾向が
著しいと思われます。

私たちは、病人や老人が決して迷惑な存在ではなく、
どんな時でも大切な家族の一員なのだということを、
思いやりのこもった行動で示して、安心させて上げ
たいと思います。


⑤ 未知なるものを前にしての不安ーー
現代人は知的なアプローチによって、自分の置かれ
た状況をある程度まで支配できるようになりました。

しかし、死については、だれも体験的に教えてくれ
る人がいないので、私たちはこの未知なるものに、
一方的に受け身の対応を強いられることになります。

その結果、深刻な不安に陥る人も少なくないのです。
ただこうした不安は、「死への準備教育」によって
かなり和らげることができます。


⑥ 人生に対する不安に結びついた死への不安ーー
社会的な不適応や挫折を重ねると、それからの人生
を素直に肯定できなくなり、自分の環境に恨みや
怖れをもつようになる人があります。

こうした人は死に対しても否定的な感情を抱くこと
が多いようです。このような人生に対する不安と死
に対する不安との相互関係探っていけば、

死への恐怖の本質を解く鍵が見つかるかもしれませ
ん。ユングは死を単なる終わりと考えず、人生の
目標の一つとして捉え直すべきだと言っています。


次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
現実は、つねに残酷なもの
醜く生まれついた女性に生涯つきまとう不幸
という現実を無視するわけにはいかない。

いくら残酷でも、それは動かしがたい現実なのであります。
いや、現実というものは、つねにそうした残酷なものであります。


なるほど、美醜によって、人の値打ちを計るのは
残酷かもしれませんが、美醜によって、
好いたり嫌ったりするという事実は、
さらに残酷であり、しかもどうしようもない現実であります。

それを隠して、美醜など二の次だということの方が、
私にはもっと残酷なことのようにおもわれるのです。


一時期仕事の関係で、ザ・ベストテンの常連の音楽家
やトップモデルの人たちとお付き合いしていたことが
ありました。

モデルさんたちの美しいことといったらありません。
あまりの美しさに呆然として我を忘れたことが
何度もありました。

なんといったらいいのか
もうお話にならないのです。

彼女たちは存在するだけでお布施をしている
ような感じ、といったらいいのでしょうか









2007/07/28(Sat) 21:50 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
そうだ、そうだ、そうなのよ
つね日頃、奥歯にものがはさまってイライラしてたのが
すっきり取れてさわやか~といった感じの福田恒在さん
の文章ですね。


事実を認め乗り越えてこそ、初めて心に平安が訪れる

自分の思い通りに、廻りをコントロールしようと
思うところから、不幸が始まる

究極のポジティブ志向を目指すなら、
完璧なネガティブ志向でいかなければならない時がある



2007/07/28(Sat) 21:29 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
1 美醜について
美醜も、男女の幸福について論じるとき、ひとびとがあまり触れたがらないー正確にいえば、よく知っているのに触れたがらないー根本的な問題のひとつです。

身の上相談などでよく見かけることですが、たとえば、男にだまされて棄てられたとか、夫が浮気をしてしようがないとか、そういう訴えを読むたびに、私はいつも一種のもどかしさを感じます。そのもどかしさというのは、一口にいえば、悩みを訴えるひとの顔がみたいということであります。顔をみなければ、とても答えられないという気がするのです。
そういうとみなさんのうちには、ずいぶん残酷なことをいうやつだと抗議するかたがいるかもしれません。
顔が醜ければ、夫に浮気されてもしかたはない、男に棄てられてもしかたはない、そういうつもりなのかとおっしゃるでしょう。もちろん、それで男側の非が、許されるわけのものではありませんが、そうかといって、醜く生まれついた女性に生涯つきまとう不幸という現実を無視するわけにはいかないのです。

いくら残酷でも、それは動かしがたい現実なのであります。いや、現実というものは、つねにそうした残酷なものであります。
機会均等とか、人間は平等であるとか、その種の空念仏をいくら唱えても、この一片の残酷な現実を動かすことはできないのです。

しかし、身の上相談というものは、つねに人間平等、機会均等の立場からしか答えてくれません。つまり、女性という女性が、みんな同じ魅力をもって生まれ付いているという仮定のもとに答えるのです。私のように意地悪く顔が見たいなどとは申しません。

ここで、私は以前よんだある女流随筆家の文章を想いだしました。そのひとはどこかの盛り場を散歩していた。すると、うしろから足早に歩いてきた若い男が、追いこしざま、ちらっとそのひとの顔をのぞいたというのです。「こういうことは、路上でも、電車のなかでも、なにかの会合でも、つねに経験することだが」とその女流随筆家は書いておりました。「その瞬間、私は、若い男の面上に、軽い失望と軽蔑の色が浮かぶのを認めた」と。

この女性は私も知っているひとですが、御自分がそうおもいこんでいるほど醜い顔の持ち主ではない。その顔はむしろある種の魅力をもっています。真相は、おそらく、こういうことだったのでしょう。つまり、そのひとのうしろ姿が、すでに魅力のある顔にくらべても、あまりによすぎたのだろうとおもいます。

それはともかく、うしろ姿を見て、それを追いこして顔をのぞきたいという心理は、私が身の上相談を読んで、質問者の顔を見たいといった気もちと、だいたい同じようなものであります。
この女流随筆家は、そういう男性の態度を憎むと書いております。ただ、顔をのぞきこむだけでなく、その瞬間、じちに遠慮会釈もなく、「なあんだ!」という軽蔑の色を浮かべ、その女性を、ただちに自分とは生涯かかわりのない女の部類に投げこんでしまう男のつめたさは、いくら憎んでも憎みたりないといっております。
なるほど、私にも、この女性の怒りは理解できます。
このばあいは、路上だから、いくら美人でも、それなりに終わったことでしょうが、たとえば汽車のなかだったら、男の視線は、美しいとおもった顔には何度も執拗にからんでいくでしょうが、『自分とは生涯かかわりのない女の部類」に入れてしまった顔には、二度とふたたびもどっていかないでしょう。

だが、それはどうにもしようがないことなのです。男を憎んでもはじまらぬことなのです。
人間は他の動物とちがって高級なのだから、そういう美醜にわずらわされないで、人格の値打ちそのものを見ぬくべきだ。そういいたいところだが、それこそ無理な注文というべきでしょう。
女性の雑誌を読むと、この種の無理な注文が随所に感じられます。もちろん、直接にはそういうことはいわないかもしれません。しかし、たとえば、女が結婚して幸福になるためには、経済力、知力、いずれの面においても、相手の男と同等の力を維持していかねばならないということがよく書かれております。原理はそうかもしれませんが、事実上は、そういう独立した女性が、かえって不幸になっていることのほうが多いようです。

知力があっても、醜さのゆえに男の心をつなぎとめえぬ女がああり、知力があって、しかも男の心をつなぎとめている女があるとしても、そういうばあいでも、理由は、その知力にはなく、じつは、その美しさにはかならないのです。そういうものではないでしょうか。もっとはっきりいえば、経済的、知力の向上による女性解放を説く当の男自身が実生活では、けっきょく女の美しさに心ひかれ、自説を裏切っているのが通例なのではありますまいか。

ところで、こういうふうに裁かれているのは、女だけではありません。男も同様に裁かれております。
いくら残酷といおうが、男と女とがはじめて出あうとき、電車のなかであろうが、路上であろうが、たがいに見あった瞬間、それぞれに相手を裁いているのです。眼と眼を見交わしたとき、それがいわば「勝負あった』瞬間なのであります。
若いひとたちのあいだでは、見合い結婚はどうのこうのという議論が相変わらずおこなわれているようですが、厳密にいえば、一歩そとに出た男女は、始終見合いをやっているようなものであります。しかも、この街頭における不意の見合いは、いわゆる準備された見合いよりも、ずっと純粋です。おたがいに素性も知らず、財産も学歴も知らず、それでいて、その場その場で、しきりなしに「承諾」か「拒絶」かの返事を与えているのであります。

最近、ある外国の雑誌が、日本の女学生とアメリカの女学生とについて、結婚調査をしたそうでありますが、「どんな男にひかれるか」という問いに、アメリカの女学生は、第一位に「健康な男」(21パセント)第二位に「人格の立派な男」(20パセント)、第三位に「美男子」(10パセント)と答えているのにたいして、日本の女学生は、第一位が同じく「健康な男」(25パセント)、第二位が「人格の立派な男」「教養ある男」(12パセント)、第三位が「筋骨逞しき男」「「頑健な男」(11パセントで、なかなか「美男子」というのはでてこない。ようやく、再開の1パセントに登場という結果だったそうであります。いかにつつましい日本の女性にしても、再開の1パセントというのは、すくなすぎます。この調査によると、日本の若い女性は、健康と人格しか考えてないようです。

かというって、かれらは男の美醜をまったく度外視しているわけではないでしょう。
そんなものは度外視しなければいけないような暗示を、どこかに与えられているのにすぎますまい。
これは女ばかりではない。男のほうもおなじで、美しいということを、恋愛や結婚の理由にすることを、なんとなくはじる傾向があるのです。そして、人柄がいいとか、やさしいとか、そういう人格的な理由を表看板にしたがります。つまり、美醜という外面的なものより、人格という内面的なものに、心を動かされたほうが、通りがいいとおもいこんでいるらしい。

顔の美醜は、生まれつきのものだ。人格は努力でなんとでもなる。立派な人格は、その持ち主が賞賛されるべきだが、美しい顔なんてものは、べつに持主の手柄ではない。反対に、下劣な人格については、その持ち主が責められるべきだが、醜い顔はその持ち主の責任ではない。したがって、美醜について論じるのは心なきことであり、美醜によって、人の値打ちを計るのは残酷である。ひとびとはそう考えているらしい。

なるほど、美醜によって、人の値打ちを計るのは残酷かもしれませんが、美醜によって、好いたり嫌ったりするという事実は、さらに残酷であり、しかもどうしようもない現実であります。それを隠して、美醜など二の次だということの方が、私にはもっと残酷なことのようにおもわれるのです。

もちろん、人格が努力でどうにでもなりうるものなら、その程度に、顔の美醜も持ち主の自由意志に属されるものなのであります。
同時に、美醜が生まれつきのもので、どうにもならないものだというなら、おなじように、人格といわれるものも、どうにもなるものでなく、やはり生まれつきのものだといえましょう。

『私の幸福論』 福田恒在 ちくま文庫 ¥640+税
2007/07/28(Sat) 12:53 | URL  | マリア #-[ 編集]
究極のポジティブ志向を目指すなら、完璧なネガティブ志向でいかなければならない時がある☆
おはようございます☆

フフフ・・・本当「福田先生、よくぞ言ってくだすった」ですよね☆

ないものねだりをする、自分の思い通りに(望むように)廻りをコントロールしようと思うところから不幸が始まり(それが例え苛酷な受け入れ難いことであっても)事実を認め乗り越えてこそ、初めて心に平安が訪れる・・・のはデーケン氏、ロス博士をはじめ(他の過去記事でも)甘口、辛口、味付けは違えど基本的な部分では「全く同じこと」を、皆が繰り返し指摘していますものね。

口当たりよく食べやすいようにと(万人受けするように)甘ったるく砂糖をまぶしていないだけに「辛いのも苦いのも渋いのもいや!」甘いものしか受け付けない、という最近大人にもとみに増えてきた味覚障害気味の方にとっては、味が分らず拒絶反応すら起すかもしれませんけれど、これが加工以前の本来の味(核心、本質)原点ですから。

ありのままみつめ受容すること、が遠廻りなようで一番近い早道だと。

2007/07/28(Sat) 10:33 | URL  | マリア #-[ 編集]
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