2007年06月29日 (金) | Edit |
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(11)



幸せや快楽は

それなりの支払いをすれば

どんな場所でも買うことができます

しかし

至福を買いもとめることはできません

自分自身のためにも

ほかの誰かのためにも……


幸せや快楽は

時間に縛られています

至福は

完全な自由のなかにのみ存在します

快楽は 幸せとおなじように

いろいろなしかたで

さがしもとめたり

見つけたりすることができます

しかし それらは

おとずれては 去っていきます

至福というのは

ふしぎな歓びを感じることです

そこでは どんな渇望もおこりません

至福をさがしもとめることはできないのです

あなたの心の質にもとずいて

ひとたび至福がおとずれるなら

そのままとどまります

時間もなく

原因もありません

それは 時間によって測れるものではないのです

瞑想とは

快楽を追いもとめることではありません

幸せをさがしもとめることでもありません

瞑想とは

概念や固定観念が なにひとつない心の状態です

心が完全に自由になった状態です

そのような心にだけ

至福がおとずれます

さがしもとめられてもいないし

招きよせられてもいないのに……

ひとたび至福がおとずれると

葛藤はなくなります

ただし葛藤がないというだけで

完全に自由になっているというわけではありません

瞑想とは

完全に自由のなかで

心がはたらくことです

至福が炸裂するなかで

瞳は無垢になります

そのとき

愛は祝福になります



あなたがたは

はたしてわかっているでしょうか

あなたが すべてに注意をはらえば

完全な静けさがおとずれるのです

その注意のなかには

どんな境界もありません

中心となるものもありません

気づいている“わたし”とか

注意をはらっている“わたし”のようなものはありません

この注意

この静けさ

それが 瞑想の状態です



次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
ウルトラマンの滑り台
のようなことはけっこうありますね

わたしの友人が小学生のとき描いた絵が
特選なったことがありました。

画面いっぱいに真っ赤なバスの絵を描いたのだそうですが
それが審査員の目に留まって特等入選になった。
こんな情熱的な真っ赤なバスを描く子はめったにいない
という。
なんのことはない、友人曰く
「そのとき赤いクレヨンしかなかった」


2007/06/29(Fri) 20:24 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
天まで響き渡る
神社などによく「奉納」と書いてあって
縁起絵とか龍や馬の絵か架かっています。

舞踏や音楽や能を神前で実際に演奏したり
演じたりして奉納されることもよくありますね。

昔はお坊さんはじぶんで本尊さんを彫ったり、
描いたりしてそれに供え物をして信仰の対象とした
といいます。お坊さんはアーチストでもあったのです。






2007/06/29(Fri) 20:05 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
自分の「趣味」じゃない贈り物
をもらうことはけっこうありますよね
「努力」と石に書いた置物とか、
「仲良きことは美しき哉」と書いた色紙とか
昔はそういうものをもらったらガッカリというか
ゲンナリしたものでした。

ところが最近そういったものをもらうのが苦に
ならなくなりました。
そうか~「努力」の石の置物を私にプレゼント
したかったんだな~と思うと「有難う重かっただろう」
と自然に言えるし・・・

絵画とか染物や陶芸の作品を創った方から頂くこと
はよくあるのですが、幸いなことにどの作品も
作者の人となりが現れていてとても気に入っている
ものばかりです。

いつだったか
友人がワイシャツに墨でカラスの絵を
描いてくれまして、それをとても気に入って
いつものように散歩に着て出かけましたら、
見知らぬ方に呼び止められて、
ぜひそのシャツを譲ってくれというのです。

丁重におことわりしましたけど・・・


2007/06/29(Fri) 19:33 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
ぐったりする
やまんばさんが創作活動のあと
「ぐったりする」とコメントしておられることで
気になったのでひとこと・・・

「他では味あえない不思議な気持ちの良さがある」
ともおっしゃっていますので
余計なお世話になるかもしれませんが、

天女が降りてきて絵を描いているときは
おそらくまったく疲れないと思うんです。
それは何時間でも徹夜しても大丈夫です。

ところが時間を意識したり、魔法が解けたと
感じたとき、常識的な意識で当たり前のように
「こんなに長くやっていたから疲れたのでは?」
と無意識的に思ってしまうのです。

そこで「ぐったりする」ことになります。

次回以降「創造の天女」がお帰りになった後
もし、「ぐったりしないぞ」と思うことができたら
さほど疲れることもなく、ぐったりすることもなく
「他では味えない不思議な気持ちの良さがあるのみ」
になるとおもます。


2007/06/29(Fri) 18:53 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
時間とは命なりき
 我々人間は、天から、地に芸術をもたらしなさいという命を与えられてくるとするだに。地に溢れる雑色、雑音を融合し、統合し、総合し、真善美溢れる芸術を奏でる役目を与えられてくるだに。
 多種多様の命が、それぞれの個性を奏でようとするだに。命は、音や色彩、つまり波が合わさったものと考えられるだに。いわば、実際の芸術を表現する前の素、イメージのようなもんじゃろう。
 地で真善美が融合した芸術になると、天まで響き渡るじゃね。
2007/06/29(Fri) 17:09 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
趣味の問題
こんにちは☆

絵で思い出したのだけれど、自分の「趣味」じゃない飾り物、絵、焼き物、置物、インテリア用品etc・・をプレゼントされるとホトホト困りますねぇ。それが「自作」であれば尚の事。

皆、それぞれ好みや趣味、センスが違いますから。。

先日、遠くに住む友人から電話があり、さして親しくもない知人の、趣味で描いている絵を(褒めたばっかりに)誕生日にプレゼントされ、彼女も絵や美術品は大好きなのだけれど、いかんせん、趣味じゃないんで部屋に飾りたくないそう(痛いほどよく分るの、その気持ちで)で、さりとて押入れに仕まい込んでいるのも気が引けるわで、始末?に困り私に「誰か欲しい人いない?」と、泣きついて?きたんですね。

「そんな心にもないお世辞いうからよぉ(笑)どうして褒めたの?」という私の素朴な疑問に対し友人の話はこう

家へお邪魔した時、描きかけの作品をたまたま見せられて(それまで絵をかくのが趣味と聞いてはいたのだけれど)思ったより上手かったので、素直に「わぁ、上手いね~」と感想を述べ、その後、好きな画家や好みの絵について尽きることなく、夜遅くまで話が盛り上がったのだそう。彼女いわく、その褒めた絵をくれたのならまだ分るけど、彼女の趣味を全く無視した(普通~に冷静に考えれば、絵画談義で彼女の好みは分りそうなものを)自分の趣味炸裂!「これぞ、私です!」全開モードの、強~烈な自己顕示欲、自己主張の絵に、みた瞬間、目まいを覚えたというのだから(笑)・・いったいどんな絵なんだろう?って、もう、可笑しいやら、好奇心そそられるやらで1度、見せてもらう約束をしたのですが。。。

最愛の人、大好きな人からなら、何を貰っても嬉しいけれど、他人様に物を送る時は、自分の「趣味」より相手の「趣味」に合わせたものでなければ、本当には喜ばれず、単なる自己満、今回の彼女のような(ありがた迷惑な)結果に終わることを、今更ながら痛感し、私も気をつけなきゃ・・って思いましたわ。
2007/06/29(Fri) 16:35 | URL  | マリア #-[ 編集]
シュワッチ☆チャチャチャチャ~ン♪
おはようございます☆

小学校の頃、毎年恒例の「さっぽろ雪祭り」が終わるとの雪像を描かされていたの。

雪祭りの絵葉書の中から、各自、自由に選んで。

3年生か4年生の時、誕生日が1日違いで、そのせいか何かと気のあった当時の親友(大人は悪友と思っていたみたい♪)が、面倒くさいんでなるべく簡単に描けるよう、選んだ題材が「ウルトラマンの滑り台」
構図は、手を胸元でクロスした上半身をクローズアップで真正面から☆

その「ウルトラマンの滑り台」が、全道の小学生部門?だか何だかに入選、入賞したんでビックリ!

家に帰ってから仕上げるのが面倒なんで、学校の帰り道、雪解けでべちゃべちゃした道端の水溜りの濁った水で、彼女と私、2人でいい加減にやっつけた「あの」絵が?入賞?・・・(笑)・・

だいいち、コンクールの存在も知らなかったし「へ~っ」って感じで、思わず2人して顔を見合わせ、こみ上げてくる笑いを押さえるのに必死!(だって、先生、興奮気味なんだもの)

でも、苦しみ力みながら難産の末に産まれた「入魂の一作」より、突然閃いたり、いとも簡単にスイスイと出来上がった作品のほうが完成度?が高く、よって人の評価も受けますね☆

ちなみに、名曲『神田川』作詞30分、作曲は僅か3分ほどで出来たそうですよ♪

2007/06/29(Fri) 12:33 | URL  | マリア #-[ 編集]
はあ~・・そうなんですか~
それで絵を描くことがやめられないのですねえ。
あと、ぐったりするのですが、他では味あえない不思議な気持ちの良さがあるのです。
そしてそれが訪れたときの自分の絵は「本当に自分が描いたの?え~どうやって?」と本人がびっくりして驚くほど作品に感動します。もう二度と描けない・・そういう畏怖を覚えます。(そう描くとどんなにすばらしい絵かと誤解されそうですが、やまんばの美意識にとっての話ですので、お許しください。まあ、一人で勝手に感動しておきなさい^^と笑って受け止めてくださいね)
2007/06/29(Fri) 09:17 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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