碌々(ろくろく)ブログ

先哲の教え、言葉などを通して  心身の健康、真の幸福  そして人生成功の秘訣を  共に探求していきましょう

条件をつけるな

川北義則著「こころが軽くなる「ひと言」処方箋」宙出版より(47)


ヒマになったら、
お金ができたら、
認めてくれたら、
その気になったら、

何かをするときに
条件をつける人がいる。


これはすべてを先送りするもので、
やればすぐでもできることを、

いっこうにしようとしない怠け者の
常套句である。



忙しがる人のタイプ

忙しがる人には二つのタイプがある。
一つは本当はヒマな人である。

ヒマと思われたくないために忙しがってみせる。
手帳にスケジュールをびっしり書いて
見せびらかすタイプ。

もう一つは本当に時間がない人である。
時間の使い方が下手でいつもキリキリ舞い
しているタイプ。

下手な理由は「できることを先に延ばす」
「優先順位をつけない」「やることがのろい」
の三つ。

いわゆる愚図の大忙しーー
本当に忙しい人は決して忙しがっていない。


次回につづく


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2007-06-26 | 癒し・ヒーリング |  コメント : 9  |  tb : 0

Comment

家族に気使う

マザーテレサの言葉?
「自分の家族や身近な人には気を使わない、
というのは『偽善者』です。」

これは
偽善者というよりも孤独な人生になりますです。

もしやイタリア人男性?のマリアさんみたいに
「好き♪」「愛してる♪」をシャワーのように
次々あびせかけるのはとてもよいことです。



2007-06-26 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]

佐賀のがばいばあちゃんの語録

をみつけた

■笑顔で生きんしゃい。
■少しのお金とたくさんの友だちがいたら人生、勝ちかもね。
■コツコツやってもなあ、と思う前に、コツコツやれ
                  コツコツの先に成功があると思うよ
■人は死ぬまで夢をもて!たとえ叶わなくても、しょせん夢だから。
■人に気づかれないのが本当の優しさ、本当の親切。
■あんまり勉強するな勉強すると癖になるぞ!
■嫌われているということは、目立っているということや。
■ごめんと思ったら、すぐあやまる。あとからはあやまりにくいから。
■子供が泣いても怒るなよ。子供はあんたを頼ってるからね。
■拾う愛はあっても、捨てる愛はないよ。
■通知表は、0じゃなければええ。1とか2を足していけば5になる。


「嫌われているということは、目立っているということや」
この言葉はもっと早く知りたかったですね〜
わたくし目立ちすぎましたです。



2007-06-26 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]

イナカッぺ(井中蛙)

父の仕事の関係で大分の田舎から
(三歳のころ)東京に引っ越して
ザリガニ狩りや凧揚げ、ベーゴマ回し
などして遊びました。

母はど田舎の山寺の末娘でしたが
父は東京育ちで、
わたしの気短でさっぱりした性格?は
父譲りなのかもしれません。

親切なんだけども、べたべたしない感じが
江戸っ子気質にはあって、田舎ではまったく
理解されなかったですね。



2007-06-26 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]

愛という名のもとに

心の深みに立ち入ったり・・・
されるのは困ります。

家族だから大切な人だから
「秘密を持ってはいけない」とか
決め付けられるのも迷惑です。

家族関係や大切な人間関係であればこそ
それぞれの「心の深みに立ち入らない」で
距離を置くことの大切さを痛感します。

そしてたとえ戯れでもよいから「ありがとう」
とか「愛しているよ」という言葉をかけましょう。

言葉には魔法の力があります。


2007-06-26 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]

マザーテレサの言葉に・・・

「愛は家族や身近な人に気使うところから始まります。」

「他人に対して気使うよりも、家族に気使うほうが難しいもの」

「自分の家族や身近な人には気を使わない、というのは『偽善者』です。」

というニュアンスのことを、日本に来日した時に聞いた覚えがありますわ。

私なんか、こと彼に関しては、身近な人だけに普段から「ありがとう」「ごめんなさい」はもとより「好き♪」とか「愛してる♪」は当たり前

私って、もしやイタリア人男性?もしくはラテン系のプレイボーイだった過去生でもあったのかと、思わず訝りたくなる程、ここに書くのも憚れるような言葉(愛の表現)が、口をついて次から次と溢れ出てきますし(笑)

学生時代、生まれて初めてアルバイトした時「いらっしゃいませ!」「ありがとうございます!」と、最初は皆恥ずかしがってなかなかいえないものだ、と聞かされたものだけれど

思えば、その時も恥ずかしいとか照れくさいとか、抵抗感が全っ然なく、むしろ、子供の頃の「店員さんごっこ」「ウェートレスさんごっこ」のノリで、セリフ?を言いたくて言いたくてうずうずしていたくらいで、生き生きとその「役」になりきっていましたっけ♪

何も今に始まったことではなく、昔っからお調子ものでしたわ♪私(笑)


2007-06-26 | マリア #- | URL|[ 編集 ]

「イキ」は呼吸で自然が一番!

 マリアさまのいう、がばいばあさんは、江戸の庶民なら、皆共有していた感覚だったと思うだに。江戸っ子は、皆人間仏様で、お互い様という気風が遭ったというだに。
 だから、一番、差別というのが嫌われたというだに。人によって態度を変えたり、権力に取り入ったり、他人のためと言いながら、自分が褒められたいから押し付けるような親切というよりも、いわば自分を特別視する差別やあつかましさは、皆、野暮といって嫌われたというだに。
 野暮とは逆に、生まれながらの天性の素のままの素が最も尊ばれたというだに。だから江戸期は、子供の名には、素が多く、素(す)っちゃんだらけだったと。
 そして、あまり他人様のプライベートには介入せず、道端で出会っても、余計な口、例えば、「これから何処へ」等の野暮は、きかなかったというだに。
 観察してわかることは口に出さず、無駄口は稚児の証拠とされ、例えば、相手が汗を流しているのをみて、「暑いですね」とはいわず(一目瞭然のこと)、手拭や、冷たい水を出してあげたりといったような先読みの心配りが重要とされたというだに。
 例えば、家の庭にケヤキが植えてあったら、将来の成長を先読みし、葉が落ちても迷惑にならないように、囲いをしたり、成育を整えたり、雨が降っても、雨の水を流す口が詰まらないような工夫も凝らしたという。それは日頃の生活、まず朝起きて、隣近所までの掃除からの観察から養ったというだに。
 江戸では、遠くにいる親戚よりも、垢の他人の隣人の方が重要だったというだに。
 だから、日頃から近所付き合いのできないものは、「イナカッペイ」と呼ばれたというだに。
 そして、なにより生命を大切にし、成長に任せ、植物を切ることは避けたという。いま、このような江戸の感覚が、必要とされていると思うだに。なにより、予見力と想像力、思いやりが重要だとされたという。だから、江戸っ子の老人の知恵は、予見力の達人のような「ロク」と呼ばれる第六感をもち、尊ばれたという。
 このような「ロク」が、日頃の生活から呼吸のようになり、「イキ」と呼ばれたように思うじゃ。だから、「イキ」とは人類の知恵の集大成といえるだに。

2007-06-26 | 錬金術者 #- | URL|[ 編集 ]

時間は自分で作る物☆

こんにちは☆

「忙しい」から出来ないは理由にならないですよねぇ〜。単に時間の使い方が下手なだけか・・と。

勝手なもので、好きな事や遊びならば睡眠時間を削ってまでも時間を作りますもの、誰でも。

>「分らない」という言葉は、稚児だけに許された言葉・・大人が使うと馬鹿にされた
>自分勝手な振る舞いは「稚児もどり」といわれ、「井の中の蛙」からイナカッペ(井中蛙)と呼ばれ、子供扱いされた・・・

アハハッ・・そうなの?!田舎っぺの語源てそこからきていたんですね!上手いこというわあ、昔の人は(笑)

『佐賀のがいばばぁちゃん』も、田舎の人なんだけれど、江戸っ子というか下町っ子的雰囲気を感じさせる「粋な人」と思います☆

人情があるのだけれど、さっぱりしていて押し付けがましくない、べたべたと如何にも
「皆さ〜ん、見て見て!気づいて!ほら、私、こんなに親切にしてあげています!」
と、いわんばかりに、いちいち恩着せがましく(相手だけに留まらず)廻りにアピールせずにいられないー「親切」を認めて貰わないと気が済まないーおばさん連中の多い中にあって、これみよがしな野暮さがないところなんて、実にお洒落で下町的!

がいばばあちゃん語録の中で「親切と気付かれないようにするのが本当の親切(優しさ)」というのを読んで、大変感銘を受けました。さすが人の心の機微を知り尽くしている人の言葉だな、と。

小粋なユーモアがあって(その、的を得た当意即妙の「切り返し」には思わず笑ってしまう)無理や慾や見栄がないぶん明るく「自然体」でいられるのでしょうが、そういう点でも、まさに「江戸っ子」的、思い切りの良さとこだわりの無いからっとしたところがあって、粋で素敵なこういう「本物」?に出会うと自然と謙虚な気持ちになリ、我が身を振り返り反省させられたり、共鳴したり、感心したりで、得るところが多かったです☆

それと「人生は暇つぶし」も深〜く共鳴した言葉のひとつで、このおばあさんも、気働きがあって時間の使い方、作り方の非常に上手な方であったと思いますね♪

2007-06-26 | マリア #- | URL|[ 編集 ]

主婦業(昨日の続きです)

長い間主婦をやってきて、一番大切なことは・・・家族という名のもとに集まってきた人びとの、体と心を休ませてあげること・・(掃除や料理はあくまでその手段にしかすぎない)それに尽きると理解しました。そのために主婦はしなければならないことが一つだけあると確信しました。
主婦は自分の楽しみをみつけ、常に自己コントロールしておくことだと気づきました。自分の機嫌が悪かったら、人どころではありません。自分の楽しむ世界があれば、たとえ身内であっても、愛という名のもとに心の深みに立ち入ったり、見返りがないと嘆くこともないように思えます。みんな自分のことで精一杯で妻や、母の心を本当に労うことが出来るのは、本人に時間のゆとりや、生活の安定、はたまた、相手が病気したり、亡くして初めて出来るものだと思うからです。

それから、ブログをみておられる男性の方にもお願いがあります。
時々,母さんや、奥様にたとえ、ぶっきらぼうでもいいから、心から「ありがとう」「愛してるよ」と伝えてください。たとえ般若のような顔をして怒ってる女性も、その言葉は心の奥まで染みわたり、魔法のように彼女の心をいつかは解していくことでしょう^^。一回でダメでも、あきらめずに何度も何度も呪文のように言葉で表現しつづけることです。年俸1600万円も、魅力的ですが、身近な人の心からの感謝や愛の表現は多くの女性にとって価値あることだと思えます。わかっているけどできないなんて言わずに、今日のブログのようにすぐにはじめましょうね^^。ちょっとおしゃべりが過ぎたようです。えらそうなことを言ってごめんなさい。(やまんばの幾度かの失敗から得た知恵なのです)

2007-06-26 | やまんばさん #- | URL|[ 編集 ]

江戸では「忙しい」は禁句

 江戸っ子には「忙しい」は禁句だったそうな。「忙」は、「りっしんべん」つまり心に、亡きと書くから、心が亡きもの、死んでいるというようなことで、縁起が悪いとされたというだに。
 江戸時代、縁起が悪いことは、口に出すな!と教育されたというだに。口に出すだけで、悪事を呼び寄せるもんと考えられたようですじゃ。
 逆に、縁起が善いこと、活力を高めることは、進んで口に出したようであるだに。おそらく、気の利いた掛け声なんかもそんな類なんだろうに。
 また、「わからない」という言葉は、稚児だけに赦された言葉だというだに。大人が使うと馬鹿にされたというだに。
 理屈屋も、嫌われ、つべこべ言う前に、実行にうつせが基本だったというだに。はじめはなんでも失敗して当然で、失敗からいかに学び改善したかが問われたというだに。これは陽明学の教えに近いぞな。
 最も嫌われたのは、自分勝手な者だったというだに。自分勝手は振舞いは「稚児もどり」といわれ、「井の中の蛙」からイナカッぺ(井中蛙)と呼ばれ、子供扱いされたというだに。
 ろくろくさまのブログに書かれていることは、真っこと、江戸っ子の「イキ」に通じるものに思われるだに。

2007-06-26 | 錬金術者 #- | URL|[ 編集 ]

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