「自燈明 法燈明」
玄侑宗久著「禅的生活」ちくま新書より(35)
唐代の高僧馬祖道一禅師にあるとき弟子の法常が
「いかなるか、是れ仏」と問いかけると、
「即心即仏」と答え、
それによって法常は悟ったとされているが、
また別な機会にある僧が馬祖に同じ質問をすると、
「非心非仏」と答えたという。
仏教の基本は「対機説法」。
殊に禅僧の臨機応変ぶりは全くマニュアル化できない。
もともとマニュアルなどという過去の集積は、
生身の人間に向き合う場においては累々たる死骸に
すぎない。だからこんな正反対の対応もあり得るわけだが、
つまり法常と違って、この僧の心にまだ払拭されていない
ものがあったということなのだろう。
馬祖は、僧が有難そうに思っている仏とその心とを、
ばっさりと否定したのである。
『臨済録』には「金屑貴しと雖も、眼に入れば翳となる」
とある。貴重で高価な黄金の屑でも、眼に入れば翳になる、
つまり眼がかすんでしまうということだ。
どんなに尊いものでも、自己と一体化しなければ
禅では邪魔にされるだけなのである。
それにしても「無聖」といい「非仏」といい
「仏を殺せ」とまで言う。こんな仏教、
いや宗教がほかにあるだろうか。
中村元先生はその著『釈尊の生涯』のなかで、
釈尊が説きつづけたのはあくまでも全ての人の歩むべき
道についてであり、仏教という特定の宗教のことでは
なかったとおっしゃる。
仏教という特定の宗教に仕立てたのは後世の経典作者
たちだというのだ。そこに至って仏教以外の人々に
対する「外道」という言い方もでてくる。
しかし釈尊自身はそうではなかった。
臨終に、最後まで悟れなかった十大弟子のひとり、
アーナンダに告げた「自燈明 法燈明」。
すなわち自らと法とを燈明とし拠り所にし、
それ以外に拠所にしてはならないという釈尊の言葉も、
中村先生は「自分が教団の指導者であるということを
みずから否定している」と見るのである。
あくまでも尊重すべきは自己と法、それも仏法ではなく
世界を通貫する法則としての法であるから、それ以外の
ものを有難がって奉ることは釈尊の心にも反することに
なる。
そうなのかもしれない。我々は釈尊と同じ可能性を
もっている。その自分をとことん信じなければならない
のだろう。そして禅の開祖といわれる達磨さんだって、
べつに禅宗という別宗を開こうとしたのではなく、
釈尊から数えて二十八代目の仏教継承者として、
仏教よ、根本に帰れと言いたかっただけなのだと思う。
根本とは即ち、
仏も聖なる存在も
いなかった状態である。
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唐代の高僧馬祖道一禅師にあるとき弟子の法常が
「いかなるか、是れ仏」と問いかけると、
「即心即仏」と答え、
それによって法常は悟ったとされているが、
また別な機会にある僧が馬祖に同じ質問をすると、
「非心非仏」と答えたという。
仏教の基本は「対機説法」。
殊に禅僧の臨機応変ぶりは全くマニュアル化できない。
もともとマニュアルなどという過去の集積は、
生身の人間に向き合う場においては累々たる死骸に
すぎない。だからこんな正反対の対応もあり得るわけだが、
つまり法常と違って、この僧の心にまだ払拭されていない
ものがあったということなのだろう。
馬祖は、僧が有難そうに思っている仏とその心とを、
ばっさりと否定したのである。
『臨済録』には「金屑貴しと雖も、眼に入れば翳となる」
とある。貴重で高価な黄金の屑でも、眼に入れば翳になる、
つまり眼がかすんでしまうということだ。
どんなに尊いものでも、自己と一体化しなければ
禅では邪魔にされるだけなのである。
それにしても「無聖」といい「非仏」といい
「仏を殺せ」とまで言う。こんな仏教、
いや宗教がほかにあるだろうか。
中村元先生はその著『釈尊の生涯』のなかで、
釈尊が説きつづけたのはあくまでも全ての人の歩むべき
道についてであり、仏教という特定の宗教のことでは
なかったとおっしゃる。
仏教という特定の宗教に仕立てたのは後世の経典作者
たちだというのだ。そこに至って仏教以外の人々に
対する「外道」という言い方もでてくる。
しかし釈尊自身はそうではなかった。
臨終に、最後まで悟れなかった十大弟子のひとり、
アーナンダに告げた「自燈明 法燈明」。
すなわち自らと法とを燈明とし拠り所にし、
それ以外に拠所にしてはならないという釈尊の言葉も、
中村先生は「自分が教団の指導者であるということを
みずから否定している」と見るのである。
あくまでも尊重すべきは自己と法、それも仏法ではなく
世界を通貫する法則としての法であるから、それ以外の
ものを有難がって奉ることは釈尊の心にも反することに
なる。
そうなのかもしれない。我々は釈尊と同じ可能性を
もっている。その自分をとことん信じなければならない
のだろう。そして禅の開祖といわれる達磨さんだって、
べつに禅宗という別宗を開こうとしたのではなく、
釈尊から数えて二十八代目の仏教継承者として、
仏教よ、根本に帰れと言いたかっただけなのだと思う。
根本とは即ち、
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2007-06-16 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める | コメント : 0 | tb : 0
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