--年--月--日 (--) | Edit |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2007年05月21日 (月) | Edit |
玄侑宗久著「禅的生活」ちくま新書より(29)


それにしても、言葉で表現できない事柄に関して
これだけ多くの表現があるというのが可笑しい。

それはおそらく、無意識の世界をも意識が射程に
いれるしかないように、

言葉の届かない世界にも
なんとか言葉で近づこうとする生き物だという
証左ではないだろうか。

そしてまた、我々がすぐに言葉で切り取って所有
してしまうという特性も、ここに露見している。


しかし言葉で近づくとは言っても、
最後の最後のところは実際に体験するしかない。
それは「冷暖自知」と云われる。

だからこの本を読み終えたら、
実際に座禅してみていただけたら嬉しい。

教えてくれる人がいないというなら、
とりあえずまえに申しあげた意識を両手の掌に
分散して集中してみてほしい。
そこはすでに、言葉の届かない世界だ。


……
いよいよそうして辿り着いた本来の心には、
世界がどんなふうに見えるのかを見てみよう。

むろん私も皆さんも恐らくは悟ってはいないわけだが、
祖師たちの見た世界を追体験することでその気に
なるのも大切だと思う。目指すべき世界がはっきりする
だけで事態はまったく変わってくるだろう。

標題の「柳は緑 花は紅 真面目(しんめんぼく)」
を見てみよう。これは宋代の詩人文人であり、

また東林禅師に参じて印可を得た(悟ったという証明書を
もらうこと)とされる蘇軾(蘇東坡居士そとうばこじ)の詩
にでてくる言葉である。これこそが、まさに価値判断を
やめた人の眼に映った世界の代表と云えるだろう。

余談だが、この場合の「花」とはおそらく桃の花である
ことを申し添えておく。柳は柳として青々と勢いよく新芽
を吹き、桃は桃でその真面目である無邪気な紅の花を
咲かせているというのだ。

いったいなんのこっちゃ、と思われるかもしれないが、
本来柳と花は比較のしようがない。比較しないままに
なんの判断もせずに世界を受け入れた結果がこの風景なの
である。

まだ解りにくいだろうから、人間に喩えてみよう。
たとえば山田君は優しくて田中君は仕事ができるとする。

「優しさ」と「仕事のでき具合」は本来全く別の価値基準
なのだが、二人は一緒に仕事をすることが多いから事ある
ごとに比較される。

その結果、さまざまな「場」によって田中君の敏捷さが
誉められたり山田君の心配りが誉められたりする。
誉める場合はともかくも、なんらかの基準で見比べる限り
優劣が判定される。

もちろん片方がけなされることにもなる。
あらゆる「場」には価値基準がつきものだからである。
しかし人間のもつ本来的な価値は「場」のもつ価値基準
とは関係ない。

そのことが心底分かると、「山田君は優しくて田中君は
仕事ができる」という認識がすらっとできるのである。

要するに住することのない心には、対象の佳さがそのまま
ストンと飛び込んでくるということだ。

柳は緑で花は紅。ともに素晴らしい。
別に比較はしないけど、なんか文句あるか、
ということなのだ。


次回につづく


↓↓↓あなたの応援↓↓↓(1日1クリック)お願いします。

にほんブログ村 哲学ブログへ人気blogランキング精神世界 ランキング



スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
誰が決めるの?
こんばんは☆

「死語の世界」があるないは、化学的に立証されなければ分らないといいたいのか

あるいは「お釈迦様が言っていたから」そう思うのか。。。

誰が決めるの?お釈迦様が決めるの?

「全ての価値判断をなくす」のは、口でいうほど生易しくないのでは。。。
2007/05/21(Mon) 20:19 | URL  | マリア #-[ 編集]
やまんばさん
おかえりなさい。ご苦労様でした。


「柳は緑 花は紅 真面目」

花は紅柳は緑という常識を一回全部捨て去って
花紅に非ず、柳緑に非ずという心境を経過して、
はじめてありのままの姿で花は紅柳は緑であり得る

柳は柳、桃は桃らしさを発散して
それぞれがありのままの姿で十分におもしろい
ということなんでしょうね。

真面目=しんめんもく(ありのままの姿)




2007/05/21(Mon) 19:35 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
死語の世界
は個人的な問題?であるとは思いませんが・・・


「個人的な問題になりませんか?」
といった表現方法をとることでしか
「死語の世界」をとらえられないとしたら
これはもう宗教の世界のなかで語るしか
ないことなのでしょう。

お釈迦さんも「死語の世界」はあるとも
ないともおっしゃいませなんだ。




2007/05/21(Mon) 18:19 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
おはようございます。
昨夜、無事に家に帰ってまいりました^^。
今、休みの間の掲載内容と、コメントを拝見させていただき、楽しませていただきました。
柳は緑 花は紅・・・この意味は誤解していました。{ともに素晴らしい。別に比較はしないけど、なんか文句あるか}・・・ということなのですか^^。
やまんばは価値判断を持てば持つほど心が曇り、ものごとがクリアに心にうつらないのかと思いました。全ての価値判断がなくなったとき、

    柳はミ ド リ

    花はク レ ナ イ

に初めて目にうつる・・そういう意味かと思いました。
2007/05/21(Mon) 10:09 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。