2007年05月20日 (日) | Edit |
玄侑宗久著「禅的生活」ちくま新書より(28)


悟った心を人格化した表現もある。

唐末の厳頭禅師は「主人公」といい、
臨済禅師は「無位の真人」とか
「無依の道人」と呼んだ。

臨済禅師の「無事是貴人」の「貴人」も当然
悟った人格として数えるべきだろう。

また『荘子』の神人や真人、至人、真君などは、
同じ意味というよりむしろ原型と云えるのかも
しれない。


唐代の永嘉玄覚禅師は「絶学無位の閑道人」
と言うが、これも明らかに同じ趣旨の表現だろう。

なんだか凄いシャワーになってしまった。
あまりにも列挙してしまったなあと、
ちょっと反省もしている。

しかしこんなふうに並べたものが、じつは一つの事態の
さまざまな表現なのだということをマノアタリにして
いただきたかったのである。

まったくいろんんな表現があって、これが禅を難解に見せて
しまうのかもしれない。しかし私には、これこそ禅の奔放さ
だと思える。奔放なこのシャワーを、何度も浴びて欲しいものだ。


ついでに申しあげておくけれど、かつての老師方は今
「一つの事態」と申しあげた本質的心を弟子たちに見せるため、
じつに大変な苦労をしている。

羅列してしてしまった言葉たちも、本当はそれぞれに深い物語を
抱えていることを承知しておいてほしい。また弟子の養成に
ついても、それぞれ独自の方法を永年かけて編みだし、

一世一代の方法として採用しているわけだが、
臨済はなにかにつけて一喝し、
臨済の師匠である黄檗は棒で叩いた。

倶胝和尚は謎かけのように指を竪てたし
馬祖道一禅師はむやみに払子で虚空を払った。

白隠の「隻手(片手)の音を聞いてこい」というのも
そのための端的な表現だった。考えてみればこれも、もとを辿れば
釈尊の「拈華微笑(ねんげみしょう)」行きつくのかもしれない。

釈尊は跡継ぎを決めようとされるとき、
コンパラゲという華を
手に持ち、弟子大衆に示した。

すると皆が不思議そうに見守るなか、
ただ摩訶迦葉のみが微笑み、
そのため彼にすべてを任せたとされるのだが、

これはあらゆる言葉や論理を仲立ちとせず、
悟った心どうしが感応し共振したということだろう。
それは「以心伝心」と言われる事態だが、

だからこそ全的心・仏心そのものは言葉や論理で伝える
ことは難しいとされる。それが「不立文字」とか「教外別伝」
と云われる所以である。

同じことを達磨さんは、なにものをも介さずに心を直接示す
という意味から「直指人心」と言った。


次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
死語の世界・・・
こんばんは☆

>効果があって、症状が現れたら、それはもう事実でしょう?

勿論、厳然たる「事実」です。フィリピンの心霊治療が<偽者>だったのも、紛れも無い「事実」です。

>「死語の世界」は思い込んだり自己暗示したりするのとはわけが違います。

前世のことを覚えていたり、あるいは突然思い出したり、臨死体験をしたりとかの経験者がいますよね?
こういう体験は、ひょっとしたら幻覚、思い込みなのかもしれないし、本当なのかもしれないし、真実は誰にも分らない。

(前例のプラシーボ効果のような一目瞭然の目にみえる現象とは違い)

それらを立証できない以上「死語の世界」「前世」があるかないかを「理解できる」のもできないのも、個人的な問題になりませんか?

「神を信じるか」と同じで。




2007/05/20(Sun) 23:42 | URL  | マリア #-[ 編集]
プラシーボ効果
で本当に病気が治る人はいると思います。
治らない人もいるが治る人もいる。

効果があって、症状が現れたら、
それはもう事実でしょう?

事実は信じるかどうかの問題ではなく
理解することが出来るわけです。

「思い込む」「自己暗示」の力も効果的な場合が多々
あるとおもいます。

しかし、「死後の世界」は思い込んだり
自己暗示したりするのとはわけが違います。






2007/05/20(Sun) 20:32 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
価値判断の世界
おはようございます☆

>・・・本当に前世があることにはならないのです。

確かに・・ただ、無いとも言い切れませんので、そうなるともう、証明できるものでないだけに、それぞれ<何をどう信じるか>の価値判断の世界なのでしょうね。

ろくろくさんの言わんとすることはよく分りますわ。

プラシーボ効果?そういう例は枚挙にいとまが無いくらい、身の回りにもよくありますものね。

お酒や十円玉と同じ例で、薬といって小麦粉を飲ませても効きめがあったり、フィリピンの心霊治療でメスを使わずに体の中から異物を取り出す手術?なんて怪しいのがあって、その取り出した異物を検査したところー豚だか鳥だかの内臓でーインチキだったと科学的に実証?されたにも関わらず、長年の悩みであったひどく苦しい生理痛がピタリと止んだ日本人女性もいたのはまさに「思い込み」「自己暗示」の力の最たるもので、生理痛が治った、薬が効いた=本物だった、と、ならないことは紛れも無い厳然たる事実ですし

効果があったから、症状が現れたから、リアルだったから・・・だけでは真実とはいえないし、何よりその人物がいくら正直で善良な人物であれ、どんなに優秀で立派な信頼に値する「師」であれ、間違いや勘違い、単なる思い込みである可能性は「人間」である以上否めませんので、尚更。

私も正直、猜疑心の強~いタイプ(笑)で、こと「目に見えない精神的な世界」に対しては、信じているだけにその傾向が強いです。それは、前述のように思い違いや勘違いも多いでしょうし「目に見えない世界」だけに(どこの世界でもどの分野でもそうですが)実証や立証ができない分、インチキや詐欺、偽者も多いですので、かなり。。。

私も、何事も鵜呑みにせず人任せにせず、理性的に見極める<目>を持つ事はとても重要と思います☆
2007/05/20(Sun) 11:49 | URL  | マリア #-[ 編集]
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