2007年05月16日 (水) | Edit |
玄侑宗久著「禅的生活」ちくま新書より(24)


「応に住する所無くして其の心を生ずべし」は、
『金剛般若経』にあるのだが、

この言葉によって達磨さんから六代目の
六祖慧能禅師はお悟りを開いたとされる。

日本に伝わった禅宗は全てこの
慧能禅師の流れ(南宗禅)だから、
ことに大事にされる言葉である。


ここでは、先入主のこだわりが「住する」という
一言で表現されている。是非善悪の判断も、
好き嫌いもなく、あらゆる先入主がいないという
状況で初めて本来の心が生ずるというのである。

「生じて有せず(生而不有)」という言葉が『老子』
に出てくるが、生み出しながらも所有しない、という
「不有」も、「無所住」と同じことではないだろうか。

解りにくいと思うので、一つ現実にあった話をしよう。

マーチンというアメリカ人の友人がいたのだが、
彼は父親を亡くし、禅が学びたくて十七歳で
日本にやってきた。

むろん道場に入りたいわけだがまだ正座もできないし
日本食も食べたことがない。そんな状況なので神戸の
お寺でしばらく日本の生活に慣れてから道場に入っては、
ということになった。そのお寺での出来事である。

毎朝の食事はお粥だった。
彼はオートミ-ルなら食べなれているが、お粥みたいに
味のない不甲斐ない食べ物はないと思ったらしい。

それでも牛乳を加えれば美味しくなるのでは、と思い、
なれない着物の袂に紙パックの牛乳をしのばせて
食卓についたのだった。

しかし運悪く牛乳を入れようとするとお寺の住職さんに
見つかってしまった。ところがその和尚さん、呵々大笑
という感じで笑ったらしい。

笑われればなんとなく赦された気分になるのが人情。
彼は次の日もその、次の日も毎日牛乳を入れつづけた
という。

そしてここからが不思議なのだが、毎朝牛乳を入れる
マーチンを、和尚さんは毎日同じように大声で笑った
というのだ。来る日も来る日も、雨の日も風の日も、
である。

通常我々の理性というのは、すぐに「これで何日目だ」
と数えはじめたり、あるいは「一人だけこんな勝手な
ことをさせるのは如何なものか」なんて考えはじめる。

そして「なんだか可笑しい」という初心の反応を失って
いくものだ。歴史認識ともいえるし価値判断ということ
でもあるだろう。

すぐに先入観で見るようになるのが我々なのである。
この神戸の和尚さんのような対応はなかなかできるもの
ではない。

この和尚さんが「アホ」でないことは確かだから、
我々はこれを「大愚」と呼ぶ。和尚さんは「住する」
所がない、つまり記憶を蓄積していないのである。

ちなみにマーチンは、去年四十四歳で突然死んで
しまったが、彼が口癖のように話してくれたのが
その和尚さんの不思議な笑いのことだった。

彼は、どんなに辛いときでも、その笑いを憶いだす
だけでなんとかやってこれたと、流暢な日本語で語って
くれたものだった。

すべての先入主のいない心、お解かりいただけたろうか。
それこそ「慈悲」溢れる心なのだと思う。


次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
マーティンさん
は この和尚に会うために
日本に来たのかもしれませんです。^^

そして和尚の日々の呵々大笑で
救われていったのでした。

2007/05/16(Wed) 22:15 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
呵々大笑
むかし禅画で「呵々大笑」の絵を見たことが
ありました。とても不思議な印象だったのを
思い出しました。

仙さんも呵々大笑という題名の絵を描いて
おられるようですね。ネットではみつからなんだ


木彫の呵々大笑
http://www.aikido-yawatahama.jp/newpage64.htm

中国の観光地?
http://album.sina.com.cn/pic/4b17f30502000g1o

本多豊國の呵々大笑 わたしの好みです
http://www.nekomachi.com/pict/sumi/pict_sumi001.jpg

本多豊國の世界
http://www.nekomachi.com/profile.html


2007/05/16(Wed) 21:59 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
愛は理屈じゃない
おはようございます☆

本当に。。。

愛は理屈を超えたもの。

愛そうと思ってできるものでもないし

また、理屈をこね回したところで消えていくような柔な感情ではないし。。

マーティンさんにとって、和尚さんは<貴人>だったのね。
2007/05/16(Wed) 11:04 | URL  | マリア #-[ 編集]
愛とは何か?
 真事に良いお話を聞かせていただいたでごんす。愛とは知識や理屈ではないこと確かだと思いますじゃ。
 とにかく、傍にいて、その人の気持ちをみてやるということかな?とも思います。「常にみていますよ」という安心感ですかね?
 ワシにも、このような和尚さんのような人がいました。とにかくその笑顔で、何度、仕事でめげた時、助けられたか知れませんじゃ。その笑顔はまるで太陽のようじゃね。
 太陽は常に、我々の身近にいて、我々をみながら、照らし、生きることを手助けしてくれるじゃ。真事にお天道様は、偉大な存在じゃね?
2007/05/16(Wed) 08:54 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
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