--年--月--日 (--) | Edit |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2007年05月07日 (月) | Edit |
和尚OSHO講話 「MOJUDモジュッド」説明できない生を生きた人 
和尚エンタープライズジャパンより (27)


モスルで彼は革商人として知られるようになったが
商いに精を出した三年の間
ヒドゥルには一度も会わなかった。

彼はすでにかなりの金を貯えていて
家を一軒買うことを考えていた。
するとそこに、ヒドゥルが現われて言った。

「お前の金を寄こしなさい。
この町を出て、遠くサマルカンドまで歩いていき
そこにいる、ある雑貨商のために働くがいい」

モジュッドはそうした。


それがあなたにも起こる、何度もーー。


この物語はまさにあなたの物語だ。
あなたはスーフィーの世界に生きている。

だからこそ私は、この物語をできるだけ深く聴きなさい、
と言ったのだ。それを沈み込ませなさい!

いまや、彼は多額の金を蓄えている。
そして、当然、家を一軒買おうと考えていた。
それに、三年の間、ヒドゥルからなんの知らせもなかった。

あなたが家を一軒買おうと考え始めるやいなやーーそれは、
あなたが安定することを考え始めるやいなやという意味だがーー
マスターがやって来て、あなたを安定させなくする。

もし彼が家のことを考えなかったら、
ヒドゥルはまだ現れなかったにちがいない。

だが、金を手にするやいなや、家長になり、家を一軒買い、
永遠に安定してしまうことはありうる……。

マスターとともにいると、あなたはどんなことにも永久に
安定できない。マスターはあなたを変えつづけなければならない。

あなたが、今や自分の根は土壌のなかに深く根づきつつあると
感じるやいなや、あなたは根こそぎにされる。

あなたが、「もう私はこの仕事は習得したし、能率よくやって
いる」と感じるやいなや、あなたの仕事は変えられる。

ブッタフィールドで生きているときは、
それが目的ではないからだ。
目的は、絶えずあなたを不安定なままにしておくことにある。

そうすれば、いつの日かあなたは不確実さの美を学ぶーー。
そうすれば、いつの日かあなたは安定することを忘れて、
巡礼そのものがあなたのゴールになる。

旅そのものがゴールであるとき、そのときこそ、
あなたの生はサニヤシンの生だ。


ヒドゥルが現われて言った。
「お前の金を寄こしなさい……」

さあ、彼は稼いだ。三年にわたって絶え間なく働いた。
そして、すべての望みが絶たれた。それに、
金を取られてしまったばかりでなく、

「遠くサマルカンドまで歩いて行き、そこにいる、
ある雑貨商のために働くがいい」と命じられた。
「モジュッドはそうした」

ほどなく彼は光明の疑いようのない兆しを見せ始めた。

それは自然だ。この上もなく信頼していたら、
どれほど長く暗闇にとどまれるかね?

これほどの信頼が、これほどの途方もない信頼があったら、
いつまであなたは普通でいられるかね?
並はずれたことが彼のまわりで起こり始めた。


次回につづく


↓↓↓あなたの応援↓↓↓(1日1クリック)お願いします。

にほんブログ村 哲学ブログへ人気blogランキング精神世界 ランキング



スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
フリーダ・カーロって
亡命中のトロッキーと一時期、愛人関係にありましたよね。波乱万丈な人生は「芸術家」そのもので。(作品は好みではありませんが)

フェルメール、私も好きです☆

レンブランドとは違い、彼は謎に包まれていますね。

映画『真珠の耳飾りの少女』(フィクションですが)もフリーダ・カーロの伝記映画もとてもよかったです♪
2007/05/08(Tue) 01:36 | URL  | マリア #-[ 編集]
フリーダ・カーロ
2007/05/07(Mon) 21:21 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
遠近法ですぐ思い出されたのは
フェルメールの作品
http://www2u.biglobe.ne.jp/~masayama/vermeer.htm

「牛乳を注ぐ女中」の牛乳を注いでいるところに
吸い込まれてしまう。

「ターバンの娘」の瞳に恋してしまうし
「レースを編む女」の針先に釘付けにされ
「地理学者」コンパスから目が離せなくなる。

そうしているうちに誰もがフェルメールの
虜になってしまいます。

ヨハネス・フェルメール - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB

2007/05/07(Mon) 21:00 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
日本のアンディ・ウォホール
とはかなり違うと思います。

横尾忠則さんとは同世代?というか
大変大きな影響を受けたです。
とくに彼のコラージュの作品を真似て
わたくしもコラージュの作品が幾つかあります。

でもお部屋に飾ってもいいかなぁ~というのとは
違うようにおもいます。自己主張するからウルサク
感じるようになるのでは・・・

それでも最近の「Y字路」シリーズなら
http://www.1101.com/yokoo_tamori/y_joro.html
お部屋に飾ってもいいかなぁ~

「Y字路」シリーズは結構気に入っています。




2007/05/07(Mon) 20:31 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
錬金術者さん☆
こんにちは☆お元気ですか?

錬金術者さんの久々の、相も変らぬ知識豊かなコメント、とても面白くって興味惹かれる内容でしたわ☆

私、太古人だったんですね?!未だに感覚は(笑)・・でも、頷けるの!「どうりでねぇ」って

>今のような自然の法則など仮のもの・・それは現在というわずかな時間の中でしか成立しないもん、なかば一時安定的なもん
>色々な神々の意志からなる配慮が、均衡をとって、束の間の自然法則として現れると思っていた

の部分は特に特に、深~く共鳴共感することしきりで、私の人生観、宇宙観にピタリと重なりますし♪

「遠近法」と次元のお話、凄~く面白いですわ。『信仰と知識が分離して遠近法が生まれ、知識としての三次元が生まれた』なんて、好奇心、思いっきりそそられましたわ(笑)

確かに私の絵って、古代の壁画のように平面的で、その反動なのか、絵画というとレンブランドや宗教画、神話をモチーフにした正統派的?な作品に憧れますし心惹かれるんですね。

逆に、何か奇をてらったような「前衛」と称した「へたうま」的なのは(面白い作品も中にはあって例外もあるものの)基本的に「?」で、好き嫌いが極端にはっきりしています(笑)
2007/05/07(Mon) 17:08 | URL  | マリア #-[ 編集]
信仰と知識の分離
 太古では、信仰と知識は一緒のものだったというじゃ。なぜなら、「この世が全てではない」という知識をいわば信じていたからじゃ。とくに古代インド人は、この世は幻と感じていたというじゃ。幻、つまり無常といういう感じじゃね。
 この世は、うつりかわる、まるで川の流れのようにじゃね。
 だから、いまのような自然法則など仮のものだとしていたじゃ。それは現在というわずかな時間のなかでしか、成立しないもん、なかば一時安定的なもんだと解釈されたじゃ。自然法則の奥には、神々の意志が働いていると感じたじゃね。
 色々な神々の意志からなる配慮が、均衡をとって、束の間の自然法則として現れると思っていたようじゃ。つまり、神々の意志=自然法則というようなもんじゃ。だから、信仰=知識だったというじゃね。
 太古人は、この認識によるイメージをもっていたので、彼らが描く絵画は、信仰=知識そのものだったという。
 やがて、信仰と知識が分離し、遠近法が生まれ、知識としての3次元空間が生まれたじゃ。3次元は上下、左右、そして奥行き、これは両眼の焦点の一致から捉えられるじゃ。
 これに無理やり時間を加えると、奥行きとキャンセルするような負の値を取るというじゃ。だから、4次元空間を抽象的に表すと、時間は負となるというじゃ。
 しかし、あの世の4次元空間に実際にいくと、両眼の焦点の感覚を失うので、2次元的に感じるというじゃ。
 恐らくマリアさまが遠近法で描けないのは、ある意味、太古人の感覚に近いんじゃないでしょうかね?
2007/05/07(Mon) 11:21 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
絵画といえば・・・
印象派好きが高じて、一時期、浮世絵にはまりまして<ミイラ取りがミイラ>状態で、永谷園の『名画』のカード、北斎、広重、写楽、歌麿と応募して、先に取り揃えたの。いよいよ「本命」の印象派のシリーズをコレクションしようと思った矢先、殺生なことにキャンペーンが終了してしまって(涙)。。

そうと解っていれば、何を差し置いても「本命」からゲットしていたものを☆

あれって、私が物心ついた時から、もう既に始まっていましたので、相当なが~い期間やっていましたでしょ?なので、これからもず~っと続くものだと高をくくっていたんですね。

ーいつまでも あると思うな 時とキャンペーンー

この世に永遠はなく、何事にも終わりがくると、改めて思い知らされた瞬間でしたわ。。
2007/05/07(Mon) 10:37 | URL  | マリア #-[ 編集]
おはようございます☆

変化を恐れることなかれ、泣こうがわめこうが変化を阻止することは出来ない。
むしろ愉しめ、経験せよ。無駄に悩むな。ありのまま受容せよ。。。というところでしょうか。。

ところでろくろくさん、絵画を模写するって書いてらしたけど、どなたの作品なんでしょう?

昔、ルノワール(大好き☆)の絵を模写する絵画教室に習いに行こうとしたことがあって(結局、行きませんでしたけれど)

私、絵画は子供の頃から大好き♪にも拘わらず、もっぱら鑑賞専門で描くほうは全然ダメ!何より致命的なのは「遠近法」で描けないんで、奥行きの全く感じられない平面的で、まるで園児が書いたような(実際、動物の絵は5歳のときから、感心?するくらい進歩がなくて、当時大好きだった手塚治虫さんの『リボンの騎士』や『ジャングル大帝』の特に動物には多大な影響を受けていたのがありありと感じさせる)絵、イラストしか描けないのが寂しいですけれど。。

「作品はその人なり」で、絵画もさることながら、何よりその画家の「人生」にとても興味があって、伝記を読むのもとても好きですわ☆
2007/05/07(Mon) 09:30 | URL  | マリア #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。