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2007年04月03日 (火) | Edit |
和尚OSHO講話 「MOJUDモジュッド」説明できない生を生きた人 
和尚エンタープライズジャパンより (13)


さあ、この物語だ。それは、ゆっくり、
ゆっくりと香りをかぎ、味わい、消化すべきものだ。

物語のタイトルーー「説明できない生を生きた人」


生はつねに説明できない。
もし、あなたに生があればだがーー。

もしあなたがほんとうに生きていたら、
生にはあまりにも神秘的ななにかがあるために、
それはどのような意味でも説明できない。

それには説明がない。


もし自分の生を説明できたら、
それは、あなたは死んでいて、
生きてはいないということにすぎない。

もし自分の生を端から端まで理論的に、
系統だてて説明できる人がいたら、
その人は一台のコンピューター、

機械であるかもしれないが、
生きてはいないと確信してかまわない。
端から端まで説明できるのは死物だけだ。


生はまさに神秘だ。だから、人は、
生きているときにはつねに神秘的だ。
生きている人物のまわりに在るたびに、

あなたはかならずなにか神秘を、
なにか説明のつかない現象を感じるだろう。

いったいどういうことなのか、
思いも及ばないなにかに心を打たれる。

生の数学を身につけることはできない。
生は本質的に詩的なままにとどまる。
それは見るべき美しさだ。が、説明すべき事実ではない。

あるとき、モジュッドという名の男がいた……。

「モジュッド」という言葉はすばらしい。
それには二つの意味がある。

ことばの上では、それは〈現に在る者〉という意味だ。
モジュッドとは、内なる現存がある者、醒めている者、
油断のない者、意識している者という意味だ。

そして、二番目の意味は、最初の意味から来ているのだが、
現在を生きる者、現在に在る者という意味だ。

このふたつのことは、同じ現象のふたつの局面だ。
もし、あなたが内側に在れば、あなたに意識の現在があれば、
二番目のことはおのずと起こる。あなたは現在に在る。

あなたにはどんな過去もない。どんな未来もない。
あるのはこの瞬間だけだ。そしてこの瞬間は広大だ、
この瞬間はとてつもない、この瞬間には永遠がある。


次回につづく


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テーマ:哲学/倫理学
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
瞬間は永遠である
永遠の過去から、永遠の未来までを含んで
この瞬間がある。

だけども360度選ぶ自由があるかどうかは
わからない。
というより自由はないのかもしれません。
捉え方は自由ですが・・・

選べないで生じてくる現実をうけとめて
じたばたせずに、自分に出来ることをやっていく。

といったところでしょうか


2007/04/03(Tue) 16:12 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
この瞬間には永遠がある
この言葉に勇気付けられました。
この世のことは計算なんてできません。
だって、刻々と予想をはるかに超えて全てが
おこってくるからです。私にできることは、
なるたけ、(ここ)に焦点をあてて出来ることを
やっていくことだけです。この瞬間、360度選ぶ自由がある。
どの方向にいくか?どこが明るく見えるか?過去や未来に縛られていたら、(ここ)に集中できない。自分が一番自然体でいられる、楽しい宇宙の座標軸の交差点を見つけ続けよう。
2007/04/03(Tue) 10:36 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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