マルクス・アウレリウスの名言
川北義則著「こころが軽くなる「ひと言」処方箋」宙出版より(15)
ローマの哲人皇帝マルクス・アウレリウスの
以下の言葉は現代人に語ってもけっして色あせない
名言である。
何かするとき、
いやいやながらするな。
利己的な気持ちからするな。
無思慮にするな。
心に逆らってするな。
君の考えを美辞麗句で飾り立てるな。
よけいな言葉や行いを慎め。
順序を重んじよ
「得意先よりも、仕入先を大切にしなさい」
商売をしていた私の母の口癖だった言葉だ。
要は「順序を重んじよ」ということだ。
人の大切さは基本的には変わらないが、
順序というものを飛び越えると摩擦が生じるだけでなく、
ドミノ倒しのように人間関係が崩れていく。
「なにを志すにしても、順序正しく進むことが一番である。
野心的な青年は、順序正しい処世法など遠回りと思いやすいが、
順序を踏まずに何事も達成できるものではない。
これを無視すると、大言壮語をこととして日常の些事を
顧みなくなる。日常の些事を大切にしないでどうして
成功が勝ち得られよう」
ーーこれは明治期の実業家・安田善次郎の言葉である。
競争時代の終わり
学校から市場まで競争原理で貫かれてきた社会。
競争による切磋琢磨が「より良いものを生む」
という信仰はあいかわらず根強いものがあるが、
これに真っ向から異を唱える意見もある。
「いや、ぼくはまったくそれを認めない。
この社会は、うまくシステムにのっかって試験に
勝ち抜いてきた人に都合のいいものになってしまっている。
そうでなかった人たちに対しては鈍感で、
ぼくはそういう鈍感さで成り立っている社会に優れたものが
あるとは思わない」(野田正彰京都造形芸術大学教授)
次回につづく
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ローマの哲人皇帝マルクス・アウレリウスの
以下の言葉は現代人に語ってもけっして色あせない
名言である。
何かするとき、
いやいやながらするな。
利己的な気持ちからするな。
無思慮にするな。
心に逆らってするな。
君の考えを美辞麗句で飾り立てるな。
よけいな言葉や行いを慎め。
順序を重んじよ
「得意先よりも、仕入先を大切にしなさい」
商売をしていた私の母の口癖だった言葉だ。
要は「順序を重んじよ」ということだ。
人の大切さは基本的には変わらないが、
順序というものを飛び越えると摩擦が生じるだけでなく、
ドミノ倒しのように人間関係が崩れていく。
「なにを志すにしても、順序正しく進むことが一番である。
野心的な青年は、順序正しい処世法など遠回りと思いやすいが、
順序を踏まずに何事も達成できるものではない。
これを無視すると、大言壮語をこととして日常の些事を
顧みなくなる。日常の些事を大切にしないでどうして
成功が勝ち得られよう」
ーーこれは明治期の実業家・安田善次郎の言葉である。
競争時代の終わり
学校から市場まで競争原理で貫かれてきた社会。
競争による切磋琢磨が「より良いものを生む」
という信仰はあいかわらず根強いものがあるが、
これに真っ向から異を唱える意見もある。
「いや、ぼくはまったくそれを認めない。
この社会は、うまくシステムにのっかって試験に
勝ち抜いてきた人に都合のいいものになってしまっている。
そうでなかった人たちに対しては鈍感で、
ぼくはそういう鈍感さで成り立っている社会に優れたものが
あるとは思わない」(野田正彰京都造形芸術大学教授)
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Comment
マリアさんへ
いま、朝の五時過ぎです。私がブログに出ないのはまたまた、ご自分のせいかとマリアさんが思っておられるのではないかと心配になり、ここにきました。重ねてそうではないことを伝えます。あくまでもやまんばは自分の内部の声に従っているだけです。その声の理由が少しわかってきつつあります。まぎらわしいことで申し訳ありません。このブログに毎日きて学び、みなさんのコメントにふれることが、今のやまんばの何よりの楽しみです。3月26日のマリアさんのコメント{この厄介極まる「愛憎」を乗り越えて昇華し、その「執着心」から、(いつかは)卒業していくのが、(究極的には)魂の修業のように思えます。}やまんばも、心からそう思います。だから、学んだことはかならず実行していくようにしています。
2007-03-29 | やまんばさん #- | URL|[ 編集 ]
不妊治療の特効薬はなにか?
弱者は多くの卵を産み、強者はわずかしか産まない
というのはホントですね。
小さな車に定員オーバーなほど乗っているのに、
かたや大きな車に子供がひとり
なんてのが割とありますよね。
金持ちで子沢山というのはあまり見かけないが、
貧乏人には子供がやたらと多いです。
また、不妊治療の特効薬とはなにか?
母体の栄養状態を悪化させることだといいます。
すると受胎率が上るのだそうです。
人口爆発は必ず貧困国で起こっていますものね。
「競争原理は、人間の思い込み」ですかぁ〜
なるほど・・・・・
「植物の成長(時間)の法則を探求したのが易経」
というのはよく分かります。
いつも貴重なおはなしありがとうございます^^
というのはホントですね。
小さな車に定員オーバーなほど乗っているのに、
かたや大きな車に子供がひとり
なんてのが割とありますよね。
金持ちで子沢山というのはあまり見かけないが、
貧乏人には子供がやたらと多いです。
また、不妊治療の特効薬とはなにか?
母体の栄養状態を悪化させることだといいます。
すると受胎率が上るのだそうです。
人口爆発は必ず貧困国で起こっていますものね。
「競争原理は、人間の思い込み」ですかぁ〜
なるほど・・・・・
「植物の成長(時間)の法則を探求したのが易経」
というのはよく分かります。
いつも貴重なおはなしありがとうございます^^
2007-03-28 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]
3次元の世界
現代人は、3次元の物質世界が全てだと思って生きているじょ。3次元の世界では、常に同じ土俵での比較が行われるので、競争社会で、勝ち抜いた者が、全てを占有する感覚に囚われるじゃ。
しかし、仏教では、無常を説いておるぞな。
無常とは、3次元世界は、幻であって、時間を忘れていることに他ならないじゃ。時間とはなんぞな?
子供が成長すれば大人になる。植物の種は、植物となり花や実を生じる。つまり、この差異を表すものといえるじょ。そこに競争原理などないはずじゃ。
ダーウインの進化論者は、では弱肉強食とはなんだと問うじゃろう?
それは弱者は多くの卵を産み、強者はわずかしか産まないことにあるじょ。つまり、多くの卵を産むのは、強者に食われても、残るためにあるだけではない。それは強者の論理でしかないじゃ。自然の摂理によれば、腐った卵も、土壌や環境の堆肥となるじゃ。
植物連鎖において、弱者な植物は何も、食べられるだけにあるのではないじょ。それは人間の勝手な思い込みにすぎんじゃ。最近になってようやく温室効果等が取り沙汰されてきて、植物が環境を支えておることに気がついてきたじゃ。
植物は生命理解の基本ぞな。植物を理解するには、3次元の思考じゃ無理じゃ。なぜなら、成長、つまり時間の法則が隠されておるじゃ。植物の成長(時間)の法則を探求したのが易経じゃね。現代では、アインシュタインが4次元時空を提唱したにも関わらず、相変わらず3次元思考ぞな。つまり、競争原理は、人間の思い込みによるわけぞな。少なくとも時間を同一の基準、つまり光の速度において、4次元時空で比較せなならんじゃ。
我々は時間を忘れておるぞ、時間とは順序を重んじることぞな。時間を度外視し、大人と子供、花と種を比較しても、それは幻想にすぎず、意味なしで愚かなことじゃ。少なくとも、同じ年齢や環境で比較せなならんじゃ。
植物の場合は、成長度合い、4次元時空でなんとか同じ種のなかで比較できるが、動物の場合、成長の他に更に感情があるじゃ、人間の場合は、更に個人個人自我をもち、異なるので、本質的には6次元空間で比較せなならんじゃ。
6次元空間といったら、数学者でもその存在を体験することはできんじゃ。だから、せめてもの、4次元の順序を重んじるということが肝要になるじゃね。
しかし、仏教では、無常を説いておるぞな。
無常とは、3次元世界は、幻であって、時間を忘れていることに他ならないじゃ。時間とはなんぞな?
子供が成長すれば大人になる。植物の種は、植物となり花や実を生じる。つまり、この差異を表すものといえるじょ。そこに競争原理などないはずじゃ。
ダーウインの進化論者は、では弱肉強食とはなんだと問うじゃろう?
それは弱者は多くの卵を産み、強者はわずかしか産まないことにあるじょ。つまり、多くの卵を産むのは、強者に食われても、残るためにあるだけではない。それは強者の論理でしかないじゃ。自然の摂理によれば、腐った卵も、土壌や環境の堆肥となるじゃ。
植物連鎖において、弱者な植物は何も、食べられるだけにあるのではないじょ。それは人間の勝手な思い込みにすぎんじゃ。最近になってようやく温室効果等が取り沙汰されてきて、植物が環境を支えておることに気がついてきたじゃ。
植物は生命理解の基本ぞな。植物を理解するには、3次元の思考じゃ無理じゃ。なぜなら、成長、つまり時間の法則が隠されておるじゃ。植物の成長(時間)の法則を探求したのが易経じゃね。現代では、アインシュタインが4次元時空を提唱したにも関わらず、相変わらず3次元思考ぞな。つまり、競争原理は、人間の思い込みによるわけぞな。少なくとも時間を同一の基準、つまり光の速度において、4次元時空で比較せなならんじゃ。
我々は時間を忘れておるぞ、時間とは順序を重んじることぞな。時間を度外視し、大人と子供、花と種を比較しても、それは幻想にすぎず、意味なしで愚かなことじゃ。少なくとも、同じ年齢や環境で比較せなならんじゃ。
植物の場合は、成長度合い、4次元時空でなんとか同じ種のなかで比較できるが、動物の場合、成長の他に更に感情があるじゃ、人間の場合は、更に個人個人自我をもち、異なるので、本質的には6次元空間で比較せなならんじゃ。
6次元空間といったら、数学者でもその存在を体験することはできんじゃ。だから、せめてもの、4次元の順序を重んじるということが肝要になるじゃね。
2007-03-28 | 錬金術者 #- | URL|[ 編集 ]
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