二十年たてば別の人間?
川北義則著「こころが軽くなる「ひと言」処方箋」宙出版より(1)
「二十年たてば、人間の体の物質はすべて入れ替わる。
してみると、二十年前の自分は赤の他人じゃなかろうか。
だったら二十年を一つの区切りとし、それぞれ別の人生と
考えて生きてみてはどうか」
元京都大学教授にして、今はフリーターを
自称しておられる森毅さんの提案である。
森さんがこう思うようになったのには訳がある。
定年前後の年代になると、人生をそれなりに充実して
生きていく人と、暗く重苦しい生き方をする人に、
くっきり分かれてしまう例をたくさん見てきたからだという。
暗くなる人の理由を探っていくと、
過去へのこだわりが捨てられない人、
過ぎ去りし日への執着が強い人がそうなっていることが
わかった。
そういう人は人生を一本道で考えている。
そこで人間の細胞が入れ替わる二十年を単位に
「別人になったと考えればいい」というわけ。
人生一回二十年なら、四回も生きられる。
なんだかトクした気分になれそうだ。
「人生の質」に差をつける
一度目の事故では顔に大火傷の傷跡を残し、
二度目の事故では下半身マヒに陥った男がいた。
彼には十分な自殺の理由もあったし、
世をはかなんで暮らすこともできた。
だが彼はビジネスで大成功し億万長者になったのだ。
どうしてなれたか。
「彼が入院している間、友人たちは、つらい困難を
克服した人物の話を読み聞かせ続けた。
それによって彼は、可能性の手本を得た。
その手本にしたがって生きることで、
悲劇を乗り越え、手本になった人々と同じように
実りある人生を手に入れたのだ」
アンソニー・ロビンス著「あなたはいまの自分と握手
できるか」(邱永漢訳、三笠書房)に出てくる話である。
人生を困難とともに生きていると、
他人が楽に生きているように見えて仕方がないものだ。
だが、困難を抱えていることでは成功者も失敗者も
みな同じである。
その困難のとらえ方と処し方によって
人生に差がつくのである。
次回につづく
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「二十年たてば、人間の体の物質はすべて入れ替わる。
してみると、二十年前の自分は赤の他人じゃなかろうか。
だったら二十年を一つの区切りとし、それぞれ別の人生と
考えて生きてみてはどうか」
元京都大学教授にして、今はフリーターを
自称しておられる森毅さんの提案である。
森さんがこう思うようになったのには訳がある。
定年前後の年代になると、人生をそれなりに充実して
生きていく人と、暗く重苦しい生き方をする人に、
くっきり分かれてしまう例をたくさん見てきたからだという。
暗くなる人の理由を探っていくと、
過去へのこだわりが捨てられない人、
過ぎ去りし日への執着が強い人がそうなっていることが
わかった。
そういう人は人生を一本道で考えている。
そこで人間の細胞が入れ替わる二十年を単位に
「別人になったと考えればいい」というわけ。
人生一回二十年なら、四回も生きられる。
なんだかトクした気分になれそうだ。
「人生の質」に差をつける
一度目の事故では顔に大火傷の傷跡を残し、
二度目の事故では下半身マヒに陥った男がいた。
彼には十分な自殺の理由もあったし、
世をはかなんで暮らすこともできた。
だが彼はビジネスで大成功し億万長者になったのだ。
どうしてなれたか。
「彼が入院している間、友人たちは、つらい困難を
克服した人物の話を読み聞かせ続けた。
それによって彼は、可能性の手本を得た。
その手本にしたがって生きることで、
悲劇を乗り越え、手本になった人々と同じように
実りある人生を手に入れたのだ」
アンソニー・ロビンス著「あなたはいまの自分と握手
できるか」(邱永漢訳、三笠書房)に出てくる話である。
人生を困難とともに生きていると、
他人が楽に生きているように見えて仕方がないものだ。
だが、困難を抱えていることでは成功者も失敗者も
みな同じである。
その困難のとらえ方と処し方によって
人生に差がつくのである。
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Comment
二十年前
2007-02-20 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]
四柱推命
では十年周期説を説いています。六十年経ったら
干支が還暦して赤子にもどるのだそうですね。
シュタイナーの神秘学では七年周期説ですか?
私の場合は、四年くらいで変わっているような気が
しますです。
干支が還暦して赤子にもどるのだそうですね。
シュタイナーの神秘学では七年周期説ですか?
私の場合は、四年くらいで変わっているような気が
しますです。
2007-02-20 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]
悩みとは贅沢なもんじゃ
まさに至言。
生死をさまよっていたら
それどころではないですから・・・
だははっ
「人間は悩む度に、全てのものに感謝せねばならんじゃ。
悩ませて、生きさせていただき、全く贅沢なお話じゃて」
ほんとうにその通りだと思います。じゃに〜
しかしそのつど感謝できたら
悩まなくなるでしょうな。
生死をさまよっていたら
それどころではないですから・・・
だははっ
「人間は悩む度に、全てのものに感謝せねばならんじゃ。
悩ませて、生きさせていただき、全く贅沢なお話じゃて」
ほんとうにその通りだと思います。じゃに〜
しかしそのつど感謝できたら
悩まなくなるでしょうな。
2007-02-20 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]
やまんばは三回目の後半を生きているのですね^^。
よくがんばってきたなあ^^。千里の道も一歩から〜なんていいながらきたような気がします。節目節目に大切な人や、恩人に出会っているようです。自分も変るけど、相手も変っているから、人間関係は新鮮そのもの。錬金術者さんのコメントの「悩みとは贅沢なもの。・・人間は悩む度に全てのものに感謝せねばならんじゃ・・」なるほどなあ〜と納得しました。今後そうしますね。ありがとうございます。
2007-02-20 | やまんばさん #- | URL|[ 編集 ]
先を思うなかれ、ただ今生きると噛みしめるべし
どうも、ろくろくさま、エリクサー=童話=7つの学芸ということでご理解くださいませ。
童話には、7つの学芸からなる、魂に平衡感覚と運動感覚をもたらすハーモニーが隠されているという話でありんす。
人間の人生を深く考察すれば、20歳どころか、7歳毎に、微妙に変わっているという話です。
7歳×3期で、21年なんで、20歳毎というのは、より大きな変化といえるでしょう。細胞が20年ごとに淘汰されるのは、健全なことなのです。ある細胞が20年を超えて生きようとすれば、必ず癌化します。つまり、細胞の淘汰は外見上の出来事にすぎません。
細かいことをいえば、時間毎に変わっているのが本来の姿です。肉体は魂の存在がなければ、時間と共に崩壊していくものです。だから、肉体は日々死んでいるのです。日々執着から、色々な個性的細胞が誕生し、お互い切磋琢磨しながら、バランスを保っているわけです。社会も肉体も同じです。
本来、分裂し、崩壊しようとする肉体を、結集させ、統合しているのが、魂の働きです。魂は、日々、肉体の崩壊による死と戦って、生を生み出しているのです。肉体に対して、魂が劣勢になると、病等の状態になり、逆に魂が優勢であると、死を克服する叡智が獲得されているのです。
死を生に転換し、悪を善に変えているのが魂の愛の働きです。それはただ生きていることのなかに営なわれていることなのです。
童話には、7つの学芸からなる、魂に平衡感覚と運動感覚をもたらすハーモニーが隠されているという話でありんす。
人間の人生を深く考察すれば、20歳どころか、7歳毎に、微妙に変わっているという話です。
7歳×3期で、21年なんで、20歳毎というのは、より大きな変化といえるでしょう。細胞が20年ごとに淘汰されるのは、健全なことなのです。ある細胞が20年を超えて生きようとすれば、必ず癌化します。つまり、細胞の淘汰は外見上の出来事にすぎません。
細かいことをいえば、時間毎に変わっているのが本来の姿です。肉体は魂の存在がなければ、時間と共に崩壊していくものです。だから、肉体は日々死んでいるのです。日々執着から、色々な個性的細胞が誕生し、お互い切磋琢磨しながら、バランスを保っているわけです。社会も肉体も同じです。
本来、分裂し、崩壊しようとする肉体を、結集させ、統合しているのが、魂の働きです。魂は、日々、肉体の崩壊による死と戦って、生を生み出しているのです。肉体に対して、魂が劣勢になると、病等の状態になり、逆に魂が優勢であると、死を克服する叡智が獲得されているのです。
死を生に転換し、悪を善に変えているのが魂の愛の働きです。それはただ生きていることのなかに営なわれていることなのです。
2007-02-20 | 錬金術者 #- | URL|[ 編集 ]
皆、重荷を背負っていきている
徳川家康は、人生とは、重荷を背負って歩くようなもんじゃといったらしいじょ。天下人になった家康とても、徳川の世が何年続くか不安と悩みを抱えていたようぞな。人間は、どんな立場にいても、悩む存在ぞな。
金がなければ、金があったらと悩むし、金があっても、盗られないよう悩んだり、金を益々増やそうとして何に使うかに悩むわけぞな。
皆、立場に応じて、悩んでおるぞな。是、人間が欲をもって生きている証でもあるじゃ。この欲、執着心が重荷になるじゃ。
キリスト教徒は、キリストのように、二度と生まれてこないように願う欲があるから、悩むし、仏教徒は、何度も生まれ変わって、行をなそうとする欲があるから、悩むし。人間は、宗派に応じて、教義にあれこれと悩むじゃ。
とどのつまりは、皆、生きているからそれなりの重荷を背負っていきているじょ。
悩みは生きることからくる。つまり、悩みとは贅沢なもんじゃ。贅沢をさせていただいているのだから、ただ、生きているだけで、感謝せねばならんじゃ。
親が、自らが犠牲になって、生活費、教育費を稼ぎ、子供を学校に行かせるように、神々や、精霊たち、動物や植物、自然が人間のために、食や教育の犠牲になって、人間は悩んでいるじゃ。人間は悩む度に、全てのものに感謝せねばならんじゃ。悩ませて、生きさせていただき、全く贅沢なお話じゃて!
人間足るを知ることぞな。
金がなければ、金があったらと悩むし、金があっても、盗られないよう悩んだり、金を益々増やそうとして何に使うかに悩むわけぞな。
皆、立場に応じて、悩んでおるぞな。是、人間が欲をもって生きている証でもあるじゃ。この欲、執着心が重荷になるじゃ。
キリスト教徒は、キリストのように、二度と生まれてこないように願う欲があるから、悩むし、仏教徒は、何度も生まれ変わって、行をなそうとする欲があるから、悩むし。人間は、宗派に応じて、教義にあれこれと悩むじゃ。
とどのつまりは、皆、生きているからそれなりの重荷を背負っていきているじょ。
悩みは生きることからくる。つまり、悩みとは贅沢なもんじゃ。贅沢をさせていただいているのだから、ただ、生きているだけで、感謝せねばならんじゃ。
親が、自らが犠牲になって、生活費、教育費を稼ぎ、子供を学校に行かせるように、神々や、精霊たち、動物や植物、自然が人間のために、食や教育の犠牲になって、人間は悩んでいるじゃ。人間は悩む度に、全てのものに感謝せねばならんじゃ。悩ませて、生きさせていただき、全く贅沢なお話じゃて!
人間足るを知ることぞな。
2007-02-20 | 錬金術者 #- | URL|[ 編集 ]
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別の世界にいましたね〜
これからどんな人生になるのか楽しみです。
飽きないですね〜ハラハラドキドキ(^.^ ;